第36話 六人の戦士

「 “ウァアアアアアアアアアッ!!!” 」


「 “ブオオオオオオオオオオッ!!!” 」


今も魔物と大角鹿ブオジカは激しい争いを続けている。このまま黙って観戦しててもいいが…結果は十中八九魔物が勝つだろう。


現に少しずつ大角鹿ブオジカの体は傷付いている…。この調子で戦いが続けば…いずれ力尽きるのは確実だ。


だからこそ…コイツ等の争いにガッツリ水を差す…! 別に大角鹿ブオジカが可哀想だからじゃない、私達にとっても好都合だからだ。


魔物の懐に潜り込むには…注意を分散させ、そこに生じた隙を突くしかない…! 下手すりゃ大角鹿ブオジカに踏み潰されるが…危険を承知で挑まなきゃ討てない…!


「覚悟は決めたな…! いくぞオマエ等…!!」


「「「「「 オーーッ!! 」」」」」


闘志を燃やし、私達は魔物と大角鹿ブオジカへ接近していく。足が速いニキとナップが先行し、その後ろに私とゴロ’sが続く。


アクアスは付かず離れずの位置から狙撃サポートを行う。可能な限りアクアスが目立たぬよう立ち回るのが、私を除いた4人の仕事だ。


私の役目はと言うと、当然…魔物に止めを刺すこと。アクアス同様、付かず離れずで様子を見つつ、5人が命懸けで作る隙を狙って…水晶体に短剣を突き刺す…!


「姉ちゃんを…村の皆を傷付けた礼を返すぜ…! オラアアアアアッ…!!」


「 “…ッ?!” 」


ナップは力強い踏み込みで高く跳ぶと、大角鹿ブオジカに意識が向いている魔物の頭上に強烈なかかと落としをお見舞いした。


まるでお辞儀の様に魔物の頭が下がり、顎を地面に叩きつけた。なんちゅう威力…流石はバッタの蟲人ビクトだな…、恐ろしいぜ…。


しかし魔物はまるで動じず、頭上のナップを睨み付ける。尻尾がゆらゆらと揺れ出し、空中で身動きが取れないナップに狙いを定めている。


「よそ見厳禁ニよ…! ニキの一撃…受け取れニ…!!〝哭砲こくほう〟…!!」


思いっ切り突き出したニキの拳は、魔物に届いていない。それなのに…魔物の体はほんの少し宙に浮き、豪快に倒れ込んだ。


群盗蜘クモ共の巣でも一度やってたが…何がどうなってんだ…? 何か道具アイテムでも使ってるのか…、それにしたって凄い威力だなありゃ…。


魔物も何が起きたのか分からず…困惑の表情を浮かべている。そんな魔物に追い打ちをかけるように、大角鹿ブオジカは自慢の角で地面を抉りながら近付く。


次の瞬間には…魔物の体は空高く打ち上げられた。だが猫の姿をしてるだけあってか、空中で体勢を整え、器用に脚から着地。


唸り声を上げた魔物は、一直線に大角鹿ブオジカへと向かっていき、真っ正面から跳びかかって頭に噛み付いた。


ニキとナップには目もくれず…ひたすら眼前に立つ一番の脅威を消し去ろうとしている。それならば邪魔をしてやる…! 思い通りにはさせねえ…!


“ギュルルルルッ…!!”


「んっ…? 何やってんだ…オマエ等…?」


聞き慣れない音に視線を向けると、私の横でルークとメラニが高速回転していた。その場から一切動かないまま…土煙を上げている…。


「カカ達が居なくなった後…ゴロ達だけでどうやって戦えばいいかずっと考えてたゴロ…! ゴロ達には何ができるのかなって…!」


「その答えがこれゴロッ…! これが岩族ロゼの戦い方ゴロー!!」


勢いを溜めていた2人は、高速回転したまま物凄い速さで魔物へと突っ込む。地面に跡が残る程転がり、息を合わせてジャンプした2人は魔物の胴にめり込んだ。


大角鹿ブオジカの頭を嚙み砕こうとしていた魔物も、これには流石に怯み…頭部から口を離した。その一瞬の隙に、大角鹿ブオジカは巨大な角で魔物を押し飛ばした。


いい感じに連携して魔物を攻撃できてるが…中々懐に潜り込める好機チャンスはこない…。もう少し…もう少し奴の神経を削れれば…、きっと好機チャンスはくる筈…。


「巨大鹿…! ちょっと頭借りるぜ…!」


ナップは軽快なジャンプで大角鹿ブオジカの頭に乗ると、更にそこから高く上へ跳んだ。あの高さからもう一度かかと落としするつもりか…?!


色々心配だが…あれが上手くいけば隙が生まれるかもしれない。魔物に気取られないよう慎重に近付き、好機チャンスを窺う。


自由落下するナップはどんどん速度を上げていき、空中で1回転して構えを取った。だが魔物はそんなナップの存在に気付いて後ろへ跳んだ。


これじゃあ攻撃は失敗だ…、ナップなら問題なく着地できるだろうが…着地隙を狙われたら回避できなくなるぞ…。


「…よっっこいしょー!」


いつの間にか大角鹿ブオジカの背中に登っていたニキが、頭を踏んずけて前方に跳び、落下してきたナップの腕を掴んだ。


「いくニよー! 一撃かましてやれニー!!」


落下の勢いを殺さず、ニキは思いっ切りナップをぶん投げた。どれだけ魔物の反応速度が良かろうと…あれは躱せないだろう。


予想通り、ナップの強力な蹴りは魔物の眉間に当たり、あの巨体がすり足で後方へと下がった。望む隙は生まれなかったが…この調子ならいずれ──


「 “ウァアアアアアアアアアッ!!!” 」


「…ッ?!」


たかる虫に嫌気がさしたか…魔物は大きな咆哮を上げて衝撃波を放った。ニキやゴロ’sは吹き飛ばされ…大角鹿ブオジカすら苦しそうな声を上げた…。


空中にいたナップは…強烈な衝撃波に押されて地面に叩きつけられた。衝撃波が止んだ後も…すぐに立ち上がれずにいた、背中を強く打ったみたいだ…。


苦しそうに咳き込むナップは…自力で動けそうにない状態…、だがそんな状態にあるにも関わらず、魔物はお構いなしに追撃を試みる。


前脚を合わせ、全体重を乗せて一思いに潰そうとする。衝棍シンフォンがあれば〝華天かてん〟で助けられるのに…今の私にはどうすることもできない…。


「うおおーっ! 今助けるゴロー!!」


ゴロ’sが急いでナップのもとへ転がっていくが…助け出すには時間が足りない…。一緒に潰されてしまう…。


岩族ロゼの硬さならあるいは…踏まれても耐えられるのかもしれないが…、どのみちナップがられちまう…! クソ…!


“ズドーーンッ!!!”


無慈悲な踏み付けによって、辺りに低い音と粉塵が広がった。魔物の足元はまだ見えないが…それでも嫌な想像が浮かぶ…。


好機チャンスなんて待たずに…強引に私が攻めていれば…、考えても遅い後悔がずっしりと全身にのしかかる…。


やがて粉塵が晴れていき、恐る恐る魔物の足元に目を向けると…別の意味で衝撃的な光景が飛び込んできた。


窪んだ地面の上で…ニキが魔物の踏み付けを押さえていた。折れた左腕を無理やり動かし…両手で魔物の全体重を受け止めていた。


今にも破裂しそうな程に血管が浮かび上がり…小刻みに震える両手で必死に押さえている。いや…むしろ徐々に押し返してる…?


「ニ…! ニニニニッ…!! ニキの底力…舐めんじゃないニ…!!」


歯を食いしばりながら顔を上げたニキは、鬼気迫る表情をしていたが、同時に今まで見えなかったニキの〝眼〟が見えた。


いつも頭巾の影に隠れていたニキの眼は…まるで輝くビー玉の様に綺麗な洋紅色ようこうしょくの瞳。思わず見惚れてしまった…。


「カカー!! 後は…全部託したニー!!! おっりャアアアアッ…!!!」


雄叫びを上げると同時に、魔物の上半身が勢いよく押し上げられ、2足歩行の様に後ろ脚だけで立っている状態になった。


ニキは全ての力を出し切ってか…その場にパタンッと倒れた。だが意図は汲み取った、アイツが命懸けで繋いだバトンは絶対に無駄にしない…!


よろよろと後ろ脚だけで立つ魔物に、私は全速力で近付いた。あの体勢なら満足に攻撃だって仕掛けてはこれないだろうし、回避だってできない筈…!


今のうちに体の下まで移動して、魔物が前脚を地面につけた瞬間…水晶体にこの短剣を突き刺す…! それしかない…!


右腕はまだ痛み続けているが、全力の力で突き刺す為に…私は右手で短剣を力強く握り込んだ。もうすぐ魔物の体の下に入れる。


しかしそのタイミングで…魔物の首がガクンッとこっちを向いた。視界に入ったつもりはないが…どこまでも化け物だ…。


私の接近に気付いた魔物は、立ったままの姿勢でこちらに体を向けて…ナップにしてみせたように踏み付けを狙っている。


このまま進めば…踏み潰される危険性は高い…、だが退けば皆の努力が水の泡になってしまう…。いや…どっちにしても変わらないか…、私が死ねば同じ結果だ…。


私は魔物の動きに注意するのをやめ、ただひたすらに走り続けた。頭の中に鳴り響く〝音〟はどんどん大きくなっていくが…気にせず前だけを見つめた。


“ボォーンッ!!”


「うおおっ…!?」


頭上近くまできていた魔物の足が…私に注ぐ陽光を遮ったその時──不意の爆風が私の背中を押した。おかげでギリギリ足の下から抜け出せて命拾いした…。


魔物の前脚は地面にめり込んでおり…もしあの爆風がなかったらと思うとゾッとする…。心の中でアクアスに礼を言い、私は上を見上げた。


遂に辿り着いた…水晶体の真下。前脚が地面にめり込んだおかげで、やや前傾姿勢になっているのも非常に追い風。


だがそれでも遠い…、私のジャンプじゃ届かない…。本来ならこのタイミングで、ニキかナップが脚を攻めて体勢を崩す手筈だったのだが…それは望めない…。


衝棍シンフォンがあれば…ここから打ち上げも可能だったろうに…。なんて考えてる暇もない、一か八か…狙いを定めて思いっ切り投げれば──


「 “スゥー…” 」


耳に飛び込む不吉な音…魔物が息を吸い込んでいる音…。私は咄嗟に短剣を口に咥え、右手で腰のナイフを取った。


ナイフを力一杯地面に突き刺すと…そのタイミングで魔物が大きな咆哮を上げた。耳を塞ぎたい程の大声と一緒に…衝撃波が全身に浴びせられる…。


言葉にできない痛みを堪え…吹き飛ばされないよう必死にナイフを握る…。どうなろうとも構わない…絶対にこの両手は離さない…!


しかし衝撃波は容赦なく私の体を痛めつけてくる…。頬や腕の皮膚が亀裂の様に裂け…握り締める手の爪が勢いよく剝がれた…。


痛みが増せば増す程…頭の中を諦めの感情が染めていく…。握り締める両手がぷるぷると震え出したその時…何かが背中に触れた。


「カ…カ…、諦めちゃ…ダメ…ゴロよ…!」


「勝って…皆で…帰るゴロ…!」


いつの間にか私の傍まで寄って来ていたルークとメラニ…、2人の体は所々にひびが入っていて…そこから血が流れていた…。


「そうだな…! 絶対魔物コイツを討って…、皆で帰るぞ…!」


2人のおかげで…私の中の諦めの感情は消え去った。ルークとメラニが背中を押してくれてるんだ…絶対に耐え抜いてやる…!


知ってるぞ…魔物コイツの衝撃波は強力だが…、咆哮が終われば…同時に衝撃波だって止まる…。


じゃなきゃ…わざわざ咆哮前に息を〝吸う〟意味がない…! 魔物オマエは必ず…呼吸の為に咆哮を止める…、衝撃波を止める…!


その瞬間が私達の最大の好機チャンス…! 衝撃波で私を排除したつもりになっているその隙に…必ず短剣を突き刺す…!


初めて鮮明に浮かんだ勝機を糧に、ナイフを握る両手に力を込める。いつまで続くかも分からない地獄の中…闘志だけを燃やし続けた。


そして遂にその時が訪れた。咆哮が止み、私達を苦しめた衝撃波が消えた。しかし魔物はまた息を吸い始めている…もたもたしてられない…。


「うぅ…カカ…! ゴロ達が踏み台になるゴロッ…!」


「ゴロ達を踏んずけて…あの水晶体まで跳ぶゴロッ…!」


「オマエ等…、分かった…任せろ…!」


私は2人から少し離れ、そして全速力で2人のもとへ駆け寄った。その場にたたずむルークの頭に足を置いた瞬間、メラニが全力で上にジャンプ。


そのメラニも踏み付けて、ありったけの力で上へ跳んだ。そして…目の前で怪しく輝く水晶体に、短剣を思いっ切り突き刺した。


“ピシッ…!!”


短剣の刃が根元まで刺さり、水晶体に大きな亀裂が入った。その瞬間…魔物は今までで一番大きな声を上げた。


咆哮…っと言うよりはむしろ〝悲鳴〟…。大気が揺れそうな程の轟きは…それに比例するだけの衝撃波を乗せて辺りに流れる。


衝撃波に押され、ルークとメラニは地面を勢いよく転がり…私は前脚の間から吹き飛ばされてしまった…。


ニキ同様全ての力を使い切ってしまったのか…体に力が入らない…。地面との距離が近付いてきているが…受け身の姿勢を取れない…。


「──ぉぉぉぉおおおお…! キャーーーッチ…!!」


「カカ様…! 大丈夫でございますか…?!」


「オマエ等…、助かったぜ…」


地面に叩きつけられる直前に、アクアスとナップが受け止めてくれて命拾いした…。最後の最後まで皆に助けられた…、持つべきものはやはり仲間だ…。


2人に抱えられながら魔物に目を向けると、既に咆哮は止まっており、ぐったり倒れる魔物の体はまるで灰の様に少しずつ消えていっている。


万が一に備えて一切目を逸らさず魔物を見ていたが、結局何も起こらぬまま…魔物の体は跡形もなく消え去った…。


「消えた…、ってことは…」


「勝ったんですね…わたくし達…、あの怪物に…」


「ああ…間違いなく…私達の勝利だ…、これでシヌイ山を脅かす存在は消えた…」


そう言葉を発した途端、心の中に安堵の感情が流れ込んできた。私を抱えていた2人はペタンッと座り込み、それに合わせて私も仰向けになった。


辛うじて動く首を起こして辺りを見渡すと、ゴロ’sがニキを運びながらこっちに来ているのが見えた。


その時ようやく私の中から、余分な力や心配が消えた気がした。無事ではないし…結果は限りなく辛勝だが…、誰も死ななくて…本当に…良かっ…──


安堵のせいか、まぶたがずっしりと重くなり…そのまま眠りにつくように私の意識は深い底へと沈んでいった…。








──中宵ちゅうしょう -石碑前-


「ふぁ~あ…、こうも退屈だと眠くなるなぁ…」


「ったく…真面目にやれよな…、比較的危険生物が少ない域内とは言え…目撃例はゼロじゃないんだ…。気ィ抜いてると襲われるぞ…?」


辺りを深い闇が包み込む夜の森、その中にポツンと建てられた石碑。そこには交代制で石碑を警備する2人の兵士の姿があった。


されど石碑から魔物が解き放たれたあの日から、この場では一切異常は起きていなかった。何事も無い普段通りの夜、静けさを保ったままの森。


だがこの日は違った──


「ん…? オ…オイ…! 何か起きてるぞ…!」


「何…!? な…なんだこれ…?! 何が起きてる…!?」


夜の森の中、突如深紫こきむらさきの光が闇を照らした。何の前触れもなく光を放った石碑に兵士は戸惑い、何もできずにただ見つめていた…。


その状態が少し続いた後、突然深紫こきむらさきの光はまるで花火の様に空高く昇り、そのまま彼方へと消えていった。


残された石碑は抜け殻の様に光を失い、再び森は深い闇を取り戻した。


「ほ…報告だ…! 今すぐグヌマ兵長に報告するぞ…!」


2人の兵士は急いで王都へと向かう。この時、兵士はもちろん王都の住民達すら、魔物が倒されたことを知らない。


そして、空の彼方へ消えた光の行方を…石碑が光を放った真意を──まだ…誰も知らない…。



──第36話 六人の戦士〈終〉

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