第32話 爪痕

「うっ…くぅ…、ガフッ…?! ぐ…ガァ…!」


トーキークソ野郎をぶちのめした私は現在いま…腹部に突き刺さった爪を気合いと根性のみで引き抜いている。


そしてたった今3本目を引き抜いたところだ…、痛みで頭が狂いそう…。口の中はもはや血の味しかしないし…なんか味覚障害になりそうで怖い…。


だがまだ1本残っているという地獄…、「あと1本!」みたいな感じになれない程気分が重い…。でもさっさと抜かないと死んじまうこのジレンマ…つれェ…。


私は塊血かいちを1つ飲み込み…覚悟を決めて残り1本の爪に手を伸ばした。がっちり握り締め…息を止めて爪を引いた。


その瞬間に激痛が増し…口の中に血が溢れる…。口に詰め込んだ肌着の切れ端は…余すことなく真っ赤に染まり…、吸い切れない分の血液が外に漏れている…。


ゆっくりと引き抜かれている爪を体内に感じる度に…得も言えない吐き気がこみ上げてくる…。内蔵を吐き出しそうな…この上ない不快感…。


そんな地獄の時間が少しの間続き…、ようやく最後の1本が抜けた…。爪を適当に放り投げ…すぐに治癒促進薬ポーションを流し込む…。


なんだか大量に血を飲み込んでいるみたいで吐きそうだが…必死に堪えて全て飲み干した。続けて塊血かいちのおかわり…、なんかもう感情が死にそう…。


「ハァ…ハァ…、だが…これで死ぬ危険は脱した筈だ…。やんわり痛み止めも効いてきてるし…皆の所に戻るか…」


衝棍シンフォンを杖代わりにして立ち上がり…飛空艇がある場所へ引き返す…。こんな血まみれな私を見たら…皆どう思うかな…、心配だ…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「クソッ…! 思ったより遠くて時間かかった…! あんな遠ざからなきゃよかった…! 痛み止め効いてても痛いもんは痛い…!」


やっと飛空艇が見えてきたが…遠すぎて道中何回か心折れそうになった…。いっそ迎えに来てくれるの待とうかなって思った…。


よく負けずにここまで戻ってきた…偉すぎるな私…。これで誰か死んでたら許さねえぞ…、息吹き返すまで殴ってやる…。


そんな気持ちで飛空艇に目をやると、その周りにアクアス達が立っているのが見えた。手当の最中かな…? 何はともあれ…皆無事そうで良かった。


ニキの姿だけ見えないのが心配だが…きっとアイツなら大丈夫だろう…。このまま真っ直ぐアクアス達の所に行こ…流石にもうしんどいわ…。


「おーいオマエ等ー、皆無事かー?! 重症人は出てないかー?!」


「あっ! カカだー! おーい! 俺たち皆…大…丈…──うわああっ…!? カカ…! カカ血まみれ…! カカ血まみれ…!」


ヤバい…シヌイ組で案の定プチパニックが起きてる…。まあしょうがないけど…なにせ私今両腕真っ赤だかんね、水無くて洗えなかったからね。


ああ…そして案の定アクアスが半泣きでこっち来る…。一応身構えておこうかな…? 今抱きつかれたら傷開いて死ぬわ私…。


「カカ様…! 大丈夫ですか…!? 怪我の具合は…!? 痛みはどのぐらいですか…!? 指何本に見えます…?!」


「お…落ち着け落ち着け…、治癒促進薬ポーション飲んだから心配すんな…! それにこれほとんど返り血だからさ…!」


嘘、めっちゃ嘘。でも本当のこと話したら…多分ガチ泣きするアクアスは…。このしんどい時にそんな光景は見たくない…。


「…バンザイしてください」


「えっ…?! いやアクアス…ほんと大丈夫だか─」


「バンザイッ…!!」

「ふぁい…?!」


勢いに押されてバンザイしてしまった…、そしてガッツリ服捲られてしまった…。さて…どうやって説明したものか…。


ってか恥ずかしいなこれ…、見られてるの腹だけど…血でベタベタだから恥ずい…。オイ男共見てんじゃねーぞ。


アクアスはしばらく私の腹をジッと見つめ…そして静かに服を戻した。


「カ…カカしゃまぁ…(泣)」


「噓ついて悪かったから…絶対抱きつくなよ…、死ぬぞマジで…。治癒促進薬ポーション飲んだのは本当だから問題ねえよ…」


アクアスを優しく抱き寄せ、背中をぽんぽん叩く。自分だって怪我してるくせに…しょうがない奴だなまったく…。


何故か私がアクアスを支えるようにして男共の所へ戻る。さっき私の腹を見たせいでより一層騒がしくなってやがる…。


心配ラッシュで圧死しちまう前に…男共にもちゃんと説明した。どうやら私がこんなに負傷するとは思ってなかったらしい。するわ…! 人族ヒホだぞ私は…!


「まあともかく、オマエ等も全員無事そうで良かったよ。ナップだけちょっと怪我したくらいか? 結構頑張ったじゃねえか」


「やった! カカに褒められたっ!」

「頑張って良かったゴロッ♪」

「嬉しいゴロ~♪」


なんか知らんが…喜んでるならまあ良いか…。しかし…雑兵とは言え結構な数が居たってのに、全員倒しちまうとは…見違える程にたくましくなったな。


なんだか弟達の成長を見ている気分、目頭が熱くなりそうだ。ナップなんて最初の頃はクソほど役に立たなかったってのに…、なんか感慨深いな…。


「──おーい! 遅くなっちゃってごめんニー! 皆大丈夫ニー?!」


「おっ、ニキも来たか。皆無事だぞっ! オマエも無事そうでなによ…──オマエその指どうした…!?」


「ニ…? ああっこれは、ちょっと爆発の衝撃でべっきりと折れただけニ」


やっぱ爆発はコイツの所だったか…、爆発で指2本折れただけならむしろ軽傷なのか…? なんか感覚がバグっちまうな…。


「ニキ様…治癒促進薬ポーションを飲まれた方が…」


「でも指折れただけで飲むのは勿体なくないニ…? 安くないニよ治癒促進薬ポーションは」


「それはそうだが…、んー…いいよ痛そうだから飲んどけ飲んどけ…」


「ンぐっ…?! ゴクッ…ゴクッ…!」


アクアスが持っていた治癒促進薬ポーションを強引にニキの口に流し込んだ。その後包帯で指をグルグル巻きにして固定した、これで大丈夫な筈。


何はともあれ…これで全員揃った、誰一人欠けることなくだ。各々大小の怪我は負ったが、こうしてまたちゃんと顔を合わせられて本当に良かった。


「さてと…そんじゃあ飛空艇の点検と補修して、さっさとここを離れちまうか。皆疲れてるところ悪いが…手伝ってくれるか…?」


「勿論です…! 皆でやればすぐに終わりますからね…!」


「もうひと頑張りするゴロー!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




皆の協力もあって点検と補修は素早く終わり、私達を乗せた飛空艇は山を下る。思ったより損傷が激しくなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。


爆弾2回ぶち当てられて損傷少なめとは…流石は私の飛空艇だ。何の木で造られてるのか知らんけど…とにかく流石だ。


今は飛空艇のハンドルを固定し、その間に濡れた布で体を拭いている。いつまでも血でベタベタなままは気持ちが悪い…。


血を拭いて包帯を巻き、ついでに新しい服にも着替えて気持ちリフレッシュ。


「よーしそんじゃ、これからの事について話すぞ~。まずこのままオアラーレ行ってゴロ’sを降ろして、次にユフラ村行ってナップを降ろす。そんで私達はそのまま王都に帰還だ、いいな?」


「えェー?! もっとカカ達の冒険について行きたいー!」

「もっと一緒に戦いたいゴロー!」

「一緒に行きたいゴロー!」


ぬぅ…わがままな奴等め…、ただでさえこの先も危険な道のりになるってのに…。そりゃ多少強くなってはいるが…この先も同行させるには不安も大きい…。


「わがまま言ってもダメだ…! もうこれは決定事項…! 一切経路を変えずにこのままオアラーレに行きまーす…!」


「「「 ブーブー! 」」」


ブー垂れる男共を無視し、真っ直ぐ飛空艇をオアラーレに向かわせる。悪く思わないでくれ…オマエ等が好きだからこその決断なんだ…。


やや葛藤に苛まれながらも…ようやくオアラーレが見えてきた。名残惜しいが…ルークとメラニとはここでお別れだ。酋長に挨拶したらすぐに──んっ…?


遠くてよく見えないが…何か…何か様子がおかしく感じる…。遠目のせいかも知れないが…前来た時と違って見える…。


「アクアス、望遠鏡でオアラーレを見てくれないか…? 念の為に…」


「…ッ? はい、分かりました…」


よく分かっていないアクアスは、首を傾げながらも望遠鏡を伸ばしてオアラーレにレンズを向けた。


わざわざアクアスに見てもらった理由を挙げるなら…臆したからだ…。胸の中に生じた小さなざわめきを…自分の目で確認することに怖気づいたからだ…。


「…ッ!? 大変です…! オアラーレが…オアラーレが崩壊してます…!」


「「「「 えェ…!? 」」」」


嫌な予感が的中してしまったようだ…。とにかく今は急いで向かうしかない…、住民達が無事であることを祈って…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「誰かー! 誰か居ないゴロー?!」


「居たら返事してゴロー!」


事態が事態な為…飛空艇をオアラーレ内に停め、私達はすぐに住民達の捜索を始めた。と言っても…崩れた家々に声をかけて回ることしかできない…。


全員で散って声をかけるも…今のところ声は返ってこない…。皆避難したのか…声を出せない状態にあるか…、それとも…もう…。


「…ーぃ──…ぉーい──おーい…! 誰か居るゴア…?!」


「…ッ! この声は…!」


どこからか聞こえてきたのは、語尾が分かり易い酋長の声。どこかに隠れているのか、声が若干こもって聞こえる。


耳を頼りに酋長を探すと、崩れた家々の隙間から転がり出てきた。パッと見…怪我はしてなさそうで安心したが…、ちょっとビックリした…。


「無事で良かったゴロ…! でも他の皆はどこゴロ…?」


「うむ、他の皆も無事ゴアが…今ここには居ないゴア」


無事だが居ない…っと言うことは全員避難したってことでいいのかな…? 集落はこんなんだけど…死者が出なかったようで安心した。


だがこの集落の状況については…明らかに良からぬ何かが起きている…。私は無事を喜ぶゴロ’sの間に割って入って、酋長に詳しい説明を求めた。


酋長は一呼吸おいて…その口を開いた…。


「貴方方が飛び立ってしばらく経った頃…、この集落に突如として…恐ろしい〝怪物〟が現れたゴア…。動物か魔獣かも分からない…見たことのない怪物が…」


オアラーレに突如姿を現したその怪物に、住民達は武器を取って立ち向かうも…まるで歯が立たず…、あっという間に集落は崩壊してしまったと言う。


住民達を食べるでもなく…住処を追い出すでもなく…、ただ暴れるだけ暴れて姿を消したらしい。まるで嵐の様な生き物だな…、その行動理由が一切読めない…。


「それでその怪物はどこへ消えたニ? ぼわんっと蒸発したわけじゃないよニ?」


「ええ…むしろ心配なのはそっちの件でして…」


そう言うと、酋長はチラッとナップの方に視線を向けた。それを見た途端…根拠のない不安が再び湧き上がった…。


言いづらそうにしている酋長の様子からして…今回も的中してしまっているのだろう…。胸を刺す様な嫌な予感が…。


「家々を破壊して回った怪物は満足したのか…の方角へ勢いよく山を下って行きましたゴア…」


「えっ…?! あっちは…がある方角じゃないですか…?!」


「ニ…!? それってマズいんじゃないニ…!?」


ニキの言う通り…相当マズい…。オアラーレの住民達が無事で済んだのは…頑丈さに自信のある〝岩族ロゼ〟だからだろう…。


それが〝蟲人族ビクト〟となれば話は大きく変わる…、崩れた家に巻き込まれれば…死ぬことだってあるだろう…。


「ゴアはルーク達の帰りを待つ為に残ったゴアが…他の皆は急いでユフラ村へと向かいましたゴア。…最悪の事態を考えて…」


「こうしちゃいられないな…私達もすぐに向かうぞ…!」








ユフラ村に向けて飛空艇を飛ばしてしばらく…ようやくユフラ村を囲む土壁が見えてきた。だが…上の方が崩れており…サークルは歪な形になっていた…。


酋長が危惧した最悪の事態が起きてしまったのかもしれない…。ひとまず以前停めた場所に飛空艇を停め、私達は駆け足でユフラ村に向かった。


入り口をくぐると…何が起きたのか聞かずでも理解できる光景が飛び込んできた…。家がいくつも倒壊し…崩れた土壁が村に転がっていた…。


村の中央には村人達と、オアラーレの岩族ロゼ達が集まっている。そんな村人達の脚の隙間から…地面に横たわる村人の姿が見えた…。


村人達の所へ急いで駆け寄るナップの後に続いて、私達も中央へと走った。ナップがあれだけ呼んでもお姉さんは出てこない…──その先は考えたくない…。


村人達のもとへ辿り着くと、そこには酷く傷付き…地面に寝かされた村人達の姿が…。包帯を巻かれてはいるが…誰1人として目を開けない…。


眠る様に横たわる怪我人達を眺めていると、その中には見知った顔が…。考えないようにしていた…ナップのお姉さんだ…。


「姉ちゃん…?! 姉ちゃん…!」


「こらこらっ…! ナップちゃん落ち着きなさい…! 皆軽傷ではないけど…全員気を失っているだけよ…!」


必死にお姉さんに声を掛けるナップを、蟲人族ビクトのお婆さんが止めた。かなり深手を負っているようだが…命に別状はないそうだ。


ひとまずそこは良かったが…、気絶している村人の中にも…傷付いた村人の中にも…私達を案内してくれた〝マットさん〟の姿が見当たらない…。


「あのすいません…! その…マットさんは今どこに…?」


「貴方は…旅の方ですね…? マットさんは…残念ながら…」


そう言ってお婆さんは不意に向こうを指差した…。そこには崩れたマットさんの家があり…、お婆さんの反応からして…そういうことだろう…。


ただ呆然と崩れたマットさんの家を見ていると…、誰かが私のズボンを引っ張った。視線を向けると、あの2人の子供達が涙を浮かべて寄って来ていた。


「どうしたの…? 怪我しちゃったの…? お父さんお母さんはどこ…?」


目線を合わせて安否を確認すると、子供達は何も言わずに私の手を引っ張って…どこかへと誘導し始めた。


坂を下って左の道を進んで行くと…その道中崩れた土壁が道を塞いでいた。子供達はそこで止まり…両手で目を覆って泣き出した…。


…その理由を問う必要はなかった…。道を塞ぐ土塊の下から滲み出る血液…、その量からして…1人分ではないだろう…。


全てを理解した私は…ギュッと子供達を抱きしめた。子供達は私の服を掴んで…声をあげて涙を流した…。


とても理解しきれない悲しみを前に…私はただ歯を食いしばることしかできなかった…。子供達の悲痛な泣き声を…ただ黙って聞くことしかできなかった…。



──第32話 爪痕〈終〉

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