第33話 追う〝もの〟

「──えっ…!? どういうこと…?!」


「今言った通りだ…、私達はもうシヌイ山ここを発つ…」


泣き疲れて寝てしまった子供達を抱いて村人達の所まで戻り、手の空いている村人に子供達を託して、私はアクアス達と話をした。


2人もこの惨状にはかなり堪えている様子で…意見はすぐに一致し、私達の話し合いは素早く終わりを迎えた。


色々と気掛かりだが…だからこそ今すぐシヌイ山ここを発って、一刻も早く手に入れた石版を石碑に戻すことが最善策であると…。


その考えをナップ達に伝えると…3人は困惑の表情を浮かべた…。無理もない…、この惨状を前に…足早に元居た場所へ帰ろうとしてるんだから…。


「そんな…、じゃあ俺達も一緒に…─」


「バカ言ってんじゃねえ…!! 周り見てみろ…! 大勢の怪我人に崩れた土壁…! いつあの崩れた部分から危険生物が入ってくるか分からないんだぞ…! 気を失っている奴は恰好の餌だ…! 傷付いた村人と岩族ロゼだけじゃ守り切れないかもしれない…! ユフラ村ここにはオマエ等の力が必要なんだ…! 分かるだろ…!!」


そう言うと3人はうつむき…しょんぼりしてしまった…。厳しい言葉をかけてしまったが…折れる訳にはいかない…、連れては行けない…。


「私達が石版を戻せば…きっと怪物は居なくなる…。異変も終わって…シヌイ山は元の姿を取り戻す…。それぞれ…すべきことを全うするんだ…、分かったな…?」


私の問いに、3人はうつむいたまま頷いた。私はナップを抱きしめ、ルークとメラニも抱きしめた。そして別れの言葉を告げ…ユフラ村を後にした…。








飛空艇に戻り、すぐに王都へ向けて飛空艇を飛ばす。最後に見た3人のしょんぼりとした表情かおが頭にこびりついているが…強引に奥底へ押し込んだ。


「カカ様…大丈夫ですか…?」


「んっ…? ああっ…大丈夫だよ…! 大丈夫大丈夫…」


これで良いんだ…、私達が魔物を封印すれば…アイツ等も他の蟲人族ビクト達も岩族ロゼ達も…皆救われる…。これ以上…誰も怯えずに済む…。


全てが終わったら…その時またユフラ村を訪れよう…。そしてその時改めて…アイツ等に謝ろう…。それで良いんだ…きっと…。


飛空艇内にどんよりと暗い沈黙が充満していく…。もうじき飛空艇は雲下の高さを越えて安全圏に入る…、そしたら少し外の空気でも吸いに行こうかな…。


“──…”


「…ッ? なぁ、何か聞こえないか…?」


「ニ…? …特に何も聞こえないニけど…」


なんだろうこの…耳に残る気持ち悪い音…。耳鳴り…とも少し違うような…、これは…──〝下〟からか…?


どこか補修し忘れてたか…? 念入りに点検はした筈だが…、まあ満身創痍の状態じゃ…見忘れもある…よな…。


「カカ様…? どこへ行かれるのです…?」


「ああ…ちょっとな…、確認したいことがあって甲板に行ってくる」


「ニキも行くニー、気分転換に外の空気目一杯吸うニ~」


まだ雲下の高さだが…ハンドルを固定して甲板へ行く。不備を確かめて、補修のし忘れがあれば直すだけだ。


それなのに…何故か胸のざわつきが収まらない…。未だに音が微かに聞こえる…、今も変わらず…〝下〟から…。


底に小さな穴が空いてて…そこから空気が入り込んで変な音がしている可能性はある。気掛かりなのは…2人にその音が聞こえていないこと…。


小さ過ぎて聞こえてないだけか…私にしか聞こえない〝音〟だからか…。


「ニー…気持ちが良いニー! 風と一緒にもやもやが流されていくような…──カカ何してるニ…? あんまり身乗り出すと危ないニよ…?」


「分かってるよ、ありがと…。ただちょっと確認したいことがあって…」


飛空艇の下に魔獣の姿は…ないな…。ひとまず良かった…ってことはやっぱり底に穴でも空いてるのか…?


「むむ…? あれは…何でしょうか…」


「どうしたアクアス…?」


「いえ…、何か地上に見える気がしまして…」


アクアスの言葉に、私とニキは地上に目をやった。雲下とは言えどかなり高いからか…アクアスがどれを指しているのか分からない…。


んにゅー…どれだ…? 2階建ての屋根の上から1匹の蟻を探している様な気分だ…、アクアスに見えているのなら私にも見える筈なんだがな…。


「ニ…! 見つけたニ…! あれは…何だろニ…? 蟻…?」


「はっ…? 本当に蟻なの…? 比喩だったんだけど…?」


「えっ…何がニ…?」


驚いてつい心の言葉が漏れてしまった…冷静にならなきゃダメだな…。ここは二階建ての屋根の上じゃないんだ…蟻なんざ見えるわけがねえ。


私もしっかり目を凝らしてようやく視認できた。ここからじゃ確かに蟻に見えるが…それって実際はかなり大きいってことだよな…? 身の毛よだつぜ…。


「何かは知らんが…まあ空の上なら心配ないだろ。それより私はずっと聞こえてる異音の方が気掛かりなんだが…」


「…ッ?! 待ってください…! やはり何か変です…!」


その言葉を聞いて、今一度確認してみるが…特に何かおかしな様子は無く見える。大きさも相変わらず蟻並みだし。


「何が変なのニ? 全然分からないニ…」


「試しに〝軌跡〟を見てみたのですが…、あの黒い何かは…シヌイ山から真っ直ぐこの飛空艇と同じ方向に進んでいるんです…!」


「「 はァ…!?

   えェ…!? 」」


どういうことなのか皆目見当もつかないが…これまた明らかに異常事態だな…。何かから逃げてるのか…、それとも…のか…。


私は艇内に戻って、望遠鏡を手に取ってまた甲板へ出た。まずはその〝黒い何か〟がどんな生物なのかを知らないとならない。


万が一戦うことになった場合に備えて…情報は何より大事だ。戦わずに済むのが何より良いんだが…果たして…。


伸ばした望遠鏡を右目に当て、レンズ越しに標的を捜す。流石にこんだけ離れてると…見つけるのも一苦労だな…。


「この辺りだと思うんだが…──…ッ!?」


「カカ…?! どうしたニ…?!」


レンズの先に見えたものは…勢いよく大地を駆けながらこちらを凝視する謎の生物…。真っ黒な体に赤い筋の様な模様が浮かんでおり…、その形姿なりかたちは大型のネコ科動物を思わせる。


あんな生物は見たことないが…妙にがある…。少しの間様子を見ていると…真っ黒な虹彩に深紅の瞳と…レンズ越しに目が合った…。


音の原因は間違いなくアレだろうな…。こんだけ離れてるってのに…向けられた敵意に〝音〟が反応するなんて相当だぞ…!?


「カカ様…何が見えますか…?」


「ああっ、オマエ等も見ておけ…そんで覚悟もしておけ…」


「あれは…──あの見た目…! あれは空の上で見たあの…」


そう…既視感を覚えた理由わけはそれだ。アツジ大陸付近の上空で突如襲ってきた謎の怪物…、それに酷似している。


今私達を追いかけてきてるあの生物が…空で遭遇した怪物と同種なのなら…、恐らくアレも〝魔物〟…。


ただ飛空艇に興味を惹かれて追ってきたか…私達が〝石版〟を持っているのを知ってのことか…。いずれにせよマズい事態だ…。


「ニー…間違いなく空で遭ったアイツの親戚よニー…。どうするニ…? 幸いこの高さならあっちから仕掛けられはしないニけど…」


「そうですね…このまま王都へ向かって石版を戻した方が良いのでは…?」


「いや、場合によってはそうもいかなくなる…」


「どういうことニ…?」


山から今の地点まではかなり距離があるのに…一切速度を変えずに追ってきてる…。もはや生物の域を超えている…体力の底が見えない…。


もし…もし万が一このままずっと追ってこられたら…、再び王都にあの魔物が襲来することになる…。


半壊した王都じゃ逃げ場も少ない…、大量の血が流れるし…多くの命が奪われるだろう…。悲劇の再来だけは…なんとしても阻止しなければならない…。


石碑に石版をはめるだけで本当に封印できるかは半信半疑…、まあぶっちゃけると1割信9割疑なわけだが…。先人達には申し訳ないけども。


そんな不確定要素に…王都の住民を巻き込むわけにはいかない。だがこのまま飛び続けるわけにもいかない…。──選択肢は1つしかない…。


「戦おう…魔物アイツと…。本当の意味で魔物の脅威を払うには…それしかない…。──いいかな…? 2人共…?」


「そんなこと聞かずとも…わたくしはカカ様について行きますよ…!」


「本音はめっっっちゃ戦いたくないニけど…! ここで嫌だなんて言ったら嫌われそうだから…! 空元気で乗り切ってやるニー! やってやるニー!!」


若干怪しいのが1名混ざってるが…皆の決意は固まった。悲劇を繰り返さない為に…今ここで災禍の一端を消し去る…!








[カカ様…! 地上まで大体33ヤード(約30メートル)程まで下がりましたが…それに合わせて魔物の走る速度も上がっています…! このままでは着陸前に追いつかれるかと…!]


私の飛空艇には大砲やらの迎撃設備が備わっていない為…こうもしつこく追われると対処の仕様がない…。


なんとか安全に着陸させたいが…良い案が浮かばない…。日に2度も不時着なんて事態は避けたいが…なんだかそうなりそうな予感さえする…。


しかも魔物の走る速度が上がってるだァ…?! そんだけ速度が出てると…空で遭った魔物に使った目くらまし作戦も多分効果がない…。


襲撃を受けて墜落するくらいなら…やっぱり強引に不時着させた方が安全か…!? 本当に他の手はないのか…!?


思考を巡らせるも…名案は浮かばない…。そうしている間にも魔物はじりじりと接近してきている筈…、どんどん焦りが首を絞める…。


[カカ…! ここはニキに任せるニ…! ニキが先に仕掛けて時間を稼ぐから、カカは無事に飛空艇を停めるニ…!]


「はっ…!? オイちょっと待t…」


[ウオオオオ…!〝纏哭てんこく〟…!!]


連絡筒から聞こえるニキの声が遠ざかっていく…。アイツめ…本当に自分だけでいったのか…?! 相手は未知の魔物だぞ…?!


とてつもなく心配だが…ニキの頑張りを無駄にはできない…。急いで着陸準備を整え、できるだけ離れ過ぎないよう旋回させながら飛空艇を停めた。


ポーチの中に治癒促進薬ポーションやら塊血かいちやらを詰め込み、飛空艇から飛び出した。急いでニキの加勢に…


「うわわわわー?!」


「うおおっ…!? ニキ…!?」


加勢に向かおうと数歩進むと…空からニキが降ってきた…。ニキの落下地点をしっかり見極め…アクアスと一緒に受け止める。


ニキは頭部から出血していた…あの頑丈なニキがだ…。傷の程度を確認したが、幸い傷はそこまで深くなかった。


「大丈夫か…? 動けるか…?」


「ニー…このくらいなんてことないニ…!」


声をあげて立ち直したニキは、私達に目を向けず構えを取った。ニキの視線の先には…足をペロペロと舐める魔物の姿。


真っ黒な体に赤い筋の様な模様…、胸部分からは深紫こきむらさきな〝水晶体〟らしきものも確認できる。


しかし…まるでニキの攻撃を何とも思ってない素振り…怪力自慢の名折れだなありゃ…。本当に勝てんのかこんな怪物に…。


「2人共…気を付けるニ…! アイツ…強いニ…!」


「だろうな…」

「でしょうね…」


「ちょっとリュック取ってくるニー! その間2人で頑張ってニ~!」


ニキはダッシュで飛空艇へと戻っていった。とてもリュックで差が埋まるとは思えないが…可能性はわずかにでも上げた方がいいだろう。


足を舐め終えた魔物は、観察するように私達をジッと見つめてきた。ただ見られてるだけなのに…全身の毛が逆立ちそうな感覚に襲われた…。


他の生物とは明らかに違う…言葉に表せない圧倒的異質感…。私は込み上げる恐怖を嚙み殺し…衝棍シンフォンを手に取った。


それを見てか、魔物もしっかりとこっちを向き直し…鋭い眼差しを向けてくる。私は深く息を吸って吐き出し…衝棍シンフォンを回し始めた。


「…ったく、こんな怪物相手にしなきゃ…石版の1つも持って帰れないなんてな…。──さァ…! 勝負といこうぜ…猫ォ…!」


「 “ウァアアアアアアアアアッ!!!” 」

<〝シヌイ山に巣食う魔物〟 Deygartディガート


魔物は大気が揺れそうな程の大きな鳴き声を上げ、それを皮切りに私は走って魔物へと近付く。まずはどんな攻撃手段があるかを探らないとだ。


クズ野郎※トーキーみたいに爪を伸ばしてくるとも限らないし…あらゆる攻撃を想定しておかないと…、不意の一撃で戦闘不能になる可能性もある…。


先の戦いで負った傷もまだ癒えてないし…今まで以上に慎重にならなければいけない…。一挙手一投足に神経を張っていく…。


っつかでけェなコイツ…。存在感にばかり目がいってたが…なんだコイツの大きさ…?! 大角鹿ブオジカと同等じゃね…?! 足竦みそう…。


魔物の思わぬサイズ感に驚いていると…突然魔物の尻尾が生きている様にうねうねと動き、物凄い速度で襲いかかってきた。


〝音〟で攻撃を予感し、上に跳んでギリギリ躱せた。尻尾の先端が地面に突き刺さり…まるで巨大な槍の様だ…。


尻尾の上に乗っかり、そのまま尻尾の上を駆け上がって接近していく。そんな私目掛けて、魔物は大口を開けて嚙みつこうとしてくる。


咄嗟に石突で尻尾をついて体を上に持ち上げ、なんとか鋭い牙から逃れられた。そのまま頭に着地し、更に上に跳んで攻撃の構えを取る。


魔物は見上げて口を開けるが…この攻撃チャンスは逃せない…!


「アクアス…!」


「はいっ…! 心得ております…!」


折畳銃スケールから放たれた炸裂弾が魔物の顔に直撃し、魔物は開いていた口を閉じた。これで危険はなくなった…一撃ぶち込んでやる…!


「〝震打しんうち〟…!!」


一切の手加減をせず、眉間に渾身の一撃を叩き込んだ。手応えは十分…体感そこまで頑丈でもなさそうだ。まだ倒れないだろうが…ダメージは大きい筈…!


このまま上手く立ち回って、少しずつダメージを与えていけば倒せるかもしれない…! 油断せず確実に削って…──


「 “ウァアアアアアアアアアッ!!!” 」


「うわああっ…?!!」


突如魔物が大きな声を上げると、魔物の体から深紫こきむらさきな衝撃波らしきものが発せられ…身体中に激痛が走った…。


まるで突風に吹かれたかのように体が魔物から離され…アクアスの近くまでぶっ飛ばされてしまった…。


「カカ様…?! 大丈夫ですか…?!」


「っつぅ…、ああっ…なんとかな…。しかし…ありゃなんだ…? 原理不明の衝撃波とか…いよいよ生物の域を越えてやがんな…」


しかも炸裂弾に撃たれて震打しんうちまでくらわせたってのに…、一切効いてる様子がない…。かすり傷一つ負っちゃいない…。


上手く立ち回れば倒せるとか思ってたが…目論見甘すぎた…。相手は都市を半壊させた怪物…、生物の域を越えた規格外の存在だ…。


「本当…散々な1日だぜ…。死んだら恨むからな…おじぃ…」



──第33話 追う〝もの〟〈終〉

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