第27話 絶望の糸

突然現れたよく分からない獣賊団奴等に絡まれた挙句…女王蜘蛛に見つかってしまった…。控えめに言って最悪だ…。


もはや獣賊団コイツ等なんざどうでもよく思えてくる…。今私達は生きて逃げられるかどうかの瀬戸際に立たされている…。


燃えるように真っ赤な4つの目がジッ…と私達を捉えている…。うわっ…やっぱ8つに口裂けた…、気持ち悪いなぁ…。


でも見つめてくるだけで襲ってくる様子がないぞ…? もしかしてあんま目良くないのか…? ならこのままゆっくり離れれば…、ひょっとして逃げられる…?


刺激しないようにゆっくりとゆっくりと…──


「あんなデカいクモと戦ってられるかっ! オマエ等っ! 一旦退くぞォ!!」


「「「 イエス! オーバー!! 」」」


「うぉい…?! もっと静かに…」


「 “ギシャーーーーー!!! ギシャーーーーー!!!” 」


アホバカボケな獣族ビケ共のせいで…女王蜘蛛は何度も咆哮を上げだした…。これはもうがっつり気付かれちゃったパターンだ…。


無責任な獣族ビケ共は…ぞろぞろと自分達が掘ったトンネルから今にも逃げ出そうとしている…。


「オマエ等卑怯だぞ…! クッソォ…アクアス言ってやれ…! えぐい毒吐け…!」


ーーーーーーーー※とても汚い言葉なのーーーーーーーーで自主規制に致します…!!」


「うおぉ…?! 心が抉れていく…が…負けずに進めオマエ等…!!」


せめてもの精神的ダメージを与え、私達も急いで来た道へと戻る。その間もずっと…女王蜘蛛は不気味な咆哮を上げ続けている…。


松明を持ったナップが先頭を走り、私達も全速力で後に続く。何か嫌な予感がする…、あの部屋からそこそこ離れたというのに…未だに女王の咆哮が聞こえる…。


そしてその嫌な予感はズバリ的中する…。道中にいくつもある小部屋の前を私達が通り過ぎると…そこから溢れる様に大量の群盗蜘クモが這い出てきた…。


既に数十匹は居るであろう群盗蜘クモ共は…更に数を増やしながら逃げる私達を追いかける…。もし転びでもすれば…その瞬間に人生は終わりを告げるだろう…。


今はただ…進んでいる道が間違えていないことを神に祈るのみ…。背後から聞こえる群盗蜘クモ共の足音が恐怖をかき立ててくる…。


「んっ…!? オイオイオイ皆ヤバいぞ…! 前からも来てるゥ…!!」


私達の進行方向…出口へと続く道の先から押し寄せる群盗蜘クモの集団…。横の部屋に入ったとしても…そこは行き止まり…、大群に囲まれてジ・エンド…。


だがこのまま向かっていっても同じこと…。どうする…?! どうすりゃいい…?! どうすればこの状況を切り抜けられる…?!


必死に思考を巡らせるも…すぐにいい案など浮かぶ筈もなく…、どんどん群盗蜘クモ共が迫ってくる…。


「ニー! こうなりゃヤケニ!! やってやるニー!!」


ナップを抜いて1人飛び出したニキ。何をするのか分からないが…、右拳を握ったニキの頭巾が、心なしか少し上がった気がした。


「〝哭砲こくほう〟…!!」


ニキが握り拳を前に突き出すと、迫って来ていた群盗蜘クモ共が一斉に吹き飛んだ。触れてもいないのに…だ…。


脚が折れて動けなくなった群盗蜘クモや、壁に激突して血飛沫をあげた群盗蜘クモが地面に転がり…私達はその上を踏み越えて先に進む…。


「よく分かんなかったけど…とりあえずナイスだニキ…! 流石だな…!」


「ニヘヘッ♪ 褒められちゃったニ♪」


こんな状況でも喜びを忘れないのも流石ニキだ…。群盗蜘クモ共を一掃した時…、少しニキが怖く感じたが…勘違いだったみたいだな…。


「ハァハァ…あっ! 光です…! 光が見えました…!」


遂に見えた出口の光。だが未だ後ろからは無数の群盗蜘クモが追ってきている…。そろそろ皆体力が限界だが…希望の光に向かって走り続ける…。


もうちょっと…もうちょっとで外に────抜け…あぁ…!?


一斉に外へと飛び出した私達は…目の前に広がった光景に絶句した…。全員忘れていたのだ…、私達…上って入ってきたことを…。


「「「「 うわあああああああっ…!? 」」」」


自由落下する体…内蔵が浮く感覚…、脳裏に浮かぶ…〝死〟の文字…。私含むゴロ’s以外の4人は…力なくどんどん落下していく…。


「ニキ…?! ニキィィ…?!」


「ええーい…! これならどうニ…!」


混乱する中で必死にニキの名を呼ぶと、ニキは自分のリュックを地面に投げつけ、その上に落下した。


柔らかくはないだろうが…一応クッションの代わりを果たしてか、ニキはごろごろと地面を転がりながら着地した。


その後もナップ、私、アクアスの順にリュックへと落下し、ニキ同様に地面を転がって止まった…。


ゴロ’sは落石の様に斜面を転がり降りて無事、ナップは脚力で衝撃を殺して無事、ニキは持ち前の頑丈さで無事。


私とアクアスだけが…肌を擦りむいたりして軽傷…。なんだか解せないが…今はそんなこと考えている場合じゃない…。


「まだ追ってくる…! オマエ等行くぞ…! 飛空艇まで走れ…!!」


群盗蜘クモが崖の穴からわらわらと這い出てくるが…ここまで来たらもう振り返らない…! 飛空艇まで走り続けるのみ…!


背後から聞こえる大量の足音に耳を塞ぎ、縫うように張り巡らされている糸を避けながら来た道を戻る。


息を切らしながら走り続けると…ようやく飛空艇を視界に捉えた。あとは乗り込んで空に逃げれるだけだ…!


「私が先に行く…! ナップはアクアスを、ニキはゴロ’sを抱えて乗り込め…! 待ってられないからな…!」


「「 分かった!

   了解ニ! 」」


私は先行して梯子を駆け上がり、すぐに操縦席まで走って飛空艇を浮かせた。普段ならある程度の高度に達してから動かすが、今回はすぐに飛空艇を前進させる。


予期せぬ事態に陥らぬように…今は少しでも早くこの場を立ち去らなければ…。鞍部あんぶを越えるまでは安心できない…。


「──うおお…!? な…なんだ…!?」


[カカ様…! マズい事態です…!」


飛空艇が順調に前進できていたそんな時…、突然飛空艇が大きく揺れた。連絡筒から響くアクアスの声から…最悪の事態が脳裏をよぎる…。


ハンドルを固定して操縦席を離れ、急いで皆が居る甲板へと出た。そこで視界に飛び込んできた光景に…私は背筋が冷たくなった…。


山の斜面に女王蜘蛛が張り付いており…、しかもその女王蜘蛛が糸を伸ばして飛空艇の動きを止めていた…。


どこまでも逃がさないつもりのようだ…。この糸をなんとかしない限り…私達は逃げられない…。


しかもほんの少しずつだが…女王蜘蛛に手繰り寄せられている…。本格的にヤバい事態だ…早急に対応しないと…、辿る行く末は餌だ…。


「松明の準備しないと…! 今火着けるからちょっと待ってて…!」


「いや…この大きさの糸だ…、松明の火だけじゃ間に合わない…。何か別の突破口を見つけないと…」


「ニ! それならいい手があるニよ…!」


そう言うとニキはリュックに体を突っ込み、やがて細長い何かを持って出てきた。黒いノコギリの様な物が6つ…、なんだこりゃ…?


「ニキをぐるぐる巻きにしやがった群盗蜘クモ共の〝牙〟ニ…! 根こそぎもぎ取ったから全員分あるニ…!」


「おおっ! ナイスだニキ…! これなら糸を切れる…! 早速取り掛かるぞ…!」


女王蜘蛛に手繰り寄せられるのが先か、糸を切るのが先かのデスレースが始まった…。ここからは時間の勝負だ。


私達はお腹にロープを巻き、反対の端を柱にきつく結びつけた。私とニキが下から、アクアスとナップが上から同時進行で切り進める作戦だ。


今回もゴロ’sは重石の役目、背も腕も小さい2人にこの作業は向いていない。なのでもしもの時にロープを掴んでもらう大役を与えた。


準備が整い、私とニキはすぐにロープを伝って飛空艇の側面を下った。べったりと付着した糸を、左右から勢いよく切り離していく。


くっついたりはしないが…力を込めないと中々切れない…。今のペースだと…間に合うか非常に怪しいラインだ…。


“──キーン…!!”


「はっ…!? なんだァ…!?」


「…っ?! 大変ですカカ様…! 女王蜘蛛の体を登った群盗蜘クモ達が…糸を這ってこちらに向かって来ています…!」


下からじゃいまいち見えないが…確かに女王蜘蛛の脚を登る沢山の群盗蜘クモ共の姿が見えた…。さっきの数倍ヤバい状況になった…。


「アクアス…! 糸を切るのはナップに任せて、オマエは群盗蜘クモを撃て…! 近付かせるな…!」


「かしこまりました…!」


アクアスが時間を稼いでる内にさっさと糸を切ってしまわなければならないのに…思うように上手く切れない…。


どんどん焦りが募っていく…呼吸が荒くなっていく…。最悪飛空艇を捨てなければならないが…そうなっては王都帰還の手段がなくなる…。


色んな思考が頭を巡り…その度に焦りが膨らんでいく…。いくらアクアスでも…無数に這って近付いてくる群盗蜘クモの全ては対処できない…。


どうする…どうする…?! 何か手立てを考えないと…──


「あっ! 俺良い事考えたっ! ルーク、松明着けてくれ! ──そうそう、そしたらこれをこうして…いい感じになったらこう…! おおっ! 大成功っ!」


「なんだ…?! 何してんだ…?!」


ナップが何かをしている様子だが、全然見えないし何も伝わってこない…。何かが上手くいったことだけは分かるのだが…。


「ちょっと待ってて…! ──よし、いい感じになった…! カカ…! 落とすからしっかり持ち手の部分キャッチしてね…!」


「落とすって何を…ってうおぅ…!? あっぶねえ…けど…これは…!」


ナップから送られてきたのは、上部が真っ赤に熱された牙だった。松明の火で炙ったのか…よく考えついたものだ。


私は試しに灼熱の刃を糸に当てると、さっきまでが嘘かの様にスッと刃が入っていった。これなら間に合う…!


ニキもナップから刃を渡され、協力して急いで糸を切り離していく。徐々に女王蜘蛛との距離も縮まってきた…、ここが正念場だ…!


「うっ…急いでください…! 数が多過ぎて…そろそろ限界です…!」


微かに私の耳にも…群盗蜘クモの這いずる音が聞こえてきた…。恐怖で鼓動が高鳴っていく中…筋肉が千切れそうな程に腕を動かした。


だが徐々に刃の赤が失われていく…熱が逃げて切れ味が落ちていく…。しかし付着している糸もあと僅か…、ここまできたらこのまま切り続けるしかない…!


「「「 うおおおおおおおおっ!!! 」」」


私達はもはや群盗蜘クモ共の動向には目も向けず、ただ一心不乱に刃を振るう。汗が左目に入ってきたが…拭わず腕を動かし続けた…。


いよいよ女王蜘蛛が脚を動かす音すら聞こえてきたその時──


「うおおっ…!? いっっってェ…、けど…やったぞ皆…!」


付着していた糸がバッサリと切れ、飛空艇が大きく揺れた。その勢いで私は額を強く打ってしまったが…気にならない程に安堵の気持ちが胸を占めた。


ロープに吊られながら後ろを振り向くと、腹部から糸が垂れたままこちらに咆哮を上げる女王蜘蛛の姿があった。


諦めきれない様子で脚をジタバタさせているが、流石にもう折って来れないだろう。糸が垂れ下がったままじゃ、次の糸も吐けないだろうし。


そう分かった瞬間、全身から力が抜けた…。さっきまでの緊張から解放されたことで、手足が小刻みに揺れている。


その後私とニキはアクアス達に引っ張り上げられ、無事に逃げられたことを甲板の上で喜びあった。


「さて、全員無事に逃げられたし、寄り道せずに帰りましょうかね。先にオアラーレ行ってゴロ’sを降ろして、その後ユフラ村に──」


“──キーン…!!”


「…っ?! どわああっ…!? な…なんだァ…!?」


群盗蜘クモ共から逃げられた筈なのに…突如から聞こえてきた〝音〟…。私が下を覗き込むより早く…再び飛空艇が大きく揺れた…。


しかもただ揺れたわけじゃない…、原因不明の爆音が響き、右舷側から煙も上がっていた。揺れに耐えながら…原因を探る為に私は下を覗いた。


「トーキー様っ! 見事命中した模様ですっ!」


「よーしっ! この調子でガンガン投げまくれゴルット!!」


「ウッス!」


地上したに居たのはサイアック獣賊団とかいうクズ共だった。私達と同様に巣から逃げ延びてやがったのか…、悪運の良い奴等め…。


まさか爆弾を投擲してくるとは…、巣から離れることを最優先して…飛空艇の高度を上げていなかったのが仇となったな…。


“ドオーーン!!”


「うわああっ…! これ結構ヤバいんじゃないニ…?!」


「カカ様…! このままでは…!」


「クソ…仕方がねえ…! 全員中に入れ…! 不時着する…!!」


急いで飛空艇内へと避難し、揺れる飛空艇を操縦して開けた場所を目指す。ガタガタと揺れる飛空艇は思うように動かない…。


なんだか少し前にも似た経験をしたような気がするな…。


「ヤバいニ…! 死んじゃうニ…! バチボコに絶対絶命ニ~…!」


なんかこの流れも経験あるな…。だが今回もあの時同様…誰1人として死なせるものか…! 必ず無事に不時着してやる…!


ハンドルを握って…操縦が上手くきかない飛空艇を無理やり動かす…。そんな中で視線の先に開けた場所を見つけた。


私はプロペラと竜翼を止め、副翼のみで飛空艇を安定させる。少しずつ高度と速度が下がっていき…間もなく飛空艇は地上に降りた…。


大きく揺れながら地面を滑る様に進む飛空艇…、中では全員がぐわんぐわんに体を揺られて…ゴロ’sはあっちこっちに転がっていた…。


やがて飛空艇は少し傾いた状態で停止した…。ゴロゴロ転がるルークに轢かれたナップ以外は奇跡的に無傷…、本当に奇跡だ…。


「うぅ…ここからどうするニ…?」


「飛空艇を整備しないことには動けないが…アイツ等がきっと追ってくるだろうから…、迎え撃つしかねえな…。アクアス、の用意をしてくれ…!」


「かしこまりました…! すぐにご用意致します…!」


戦闘になれば必ず必要になる〝あの道具アイテム〟、アクアスが持って来てくれるまでの間、私も他の準備を済ませておく。


やや大き目のポーチを腰の左右に、小さなポーチを腰の左後ろに取り付け、右後ろの部分にはナイフを装着した。


左のポーチには役立つ道具アイテムを、左後ろのポーチにはいくつかの〝小瓶〟を、そして右のポーチにはアクアスが持ってきた重要な道具アイテムを詰めた。


「よし…オマエ等準備はいいな…? いくぞ…!」








戦う準備を整え、私達は甲板へと出てきた。外には既に連中が待ち構えており、向こうも戦る気満々だ。


「やはり生きてやがったか! 死体を漁る趣味はねえから助かるぜっ!」


「素直に言えよなっ! 私達に勝てるか怪しいから死んでてほしかったってよォ!」


気丈に振る舞ってはいるが…圧倒的に数的不利なこの状況はあまり良くないな…。雑兵はいくらいようが対して変わらんが…実力者に加勢されると面倒だ…。


見た感じ…白牙鼠雑兵の数は30~40人程度…。そんで実力のありそうな奴が3人か…、これは動いた方が良さそうだな。


私は皆にアイコンタクトを送り、事前に決めた作戦の実行を伝える。それを見て真っ先に動いたのはニキで、ニキはサイの獣族ビケに向かって突っ込んだ。


「やる気かァ!」


「ニキキッ!」


突っ込んできたニキにサイはデカい拳を振るうが、ニキはそれを華麗に避け、ガシッと体にしがみついた。


そして間髪入れず自慢の怪力で持ち上げ、観録東かんろくひがしの方に思いっ切りぶん投げた。よくもまああの巨体を軽々と…。


「うおおおおおおっ…!?」


「じゃあ行ってくるニ! 皆も頑張ってニ~!」


「おうっ! オマエも絶対に死ぬんじゃねえぞっ!!」


事前に決めていた作戦は〝分断〟。実力が高い奴を私・アクアス・ニキで引き受け、雑兵をシヌイ組に任せるもの。


と言っても分断の為にこの場を離れるのは私とニキだけ。アクアスには、戦いながら万が一のシヌイ組のサポートをお願いしている。多分必要ないだろうけど。


あとは私があのトーキーとか言うパンサー野郎を引き付けるだけだが、まあ餌で釣ればついて来るだろ。


「オイ…! 獣臭ェパンサー野郎…! 石版は私が持ってる…! 欲しけりゃ実力で奪い取ってみろ…!」


「安い挑発だな…──誰が獣臭ェ汚れた害獣だコラァ…!!」

「いや…別にそこまでは…」


だがちゃんと挑発には乗ってきたので…私はニキと別方向に走り出した。パンサー野郎がちゃんとついて来ているのを確認し、私はアクアス達に声を掛ける。


「オマエ等…! またな…!!」


「カカ様…! 十分お気を付けて…!」

「ここは任せろォ…!」

「「 任せてゴロ~! 」」


頼れる4人に背を向けて、私はどこか別の場所を目指して走り続けた。石版持って全員で帰る為に…コイツ等をぶちのめす…!



──第27話 絶望の糸〈終〉

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