第19話 雨に紛れる脅威

「──様──様っ! カカ様っ! 朝ですよ、起きてくださいっ!」


「んあ…? んー…もうか…、うあー…おはよう…」


昨日岩族ロゼの集落に案内された私達は、岩族ロゼ達の歓迎を受けて楽しい夜を過ごした。ニキはモルトジャヌイーをかなり気に入っていた。


私も気持ち良く酒に酔い、心地良く眠りについた。っが…思った以上に眠りが深くなってしまい…なんだかあまり寝た気がしない…。


腕を前にぐ~っと伸ばして背伸びをし、目を擦りながら立ち上が──


“ゴッ…!”


「ぶっ…!? ーーーー(声にならない声)…っ!」


「気を付けてくださいねカカ様…、集落ここの家々はどこもわたくし達にとって天井が低いんですから…」


目が覚める強烈な一撃が脳天に響き…眠気とは別の涙を腕で拭った。おかげでお目目パッチリだが…、頭がズキンズキンと痛む…。


「ニハハッ! カカはドジニね~! 朝っぱらから面白いの見れたニ!」


「よく言えたなオマエ…、絶対オマエも頭打ったろ…? なんかもこっとしてんぞ頭巾が。絶対たんこぶの膨らみだろそれ」


自分とニキの頭を優しくさすって、屈みながら寝室を後にした。廊下を出ても屈んだまま…階段を下っても屈んだまま…、腰が死にそうだ…。


私達が寝泊まりしたこの建物は、来客用の宿屋的施設とのことだが…ならせめてもうちょっと天井を高く造ってくれても良かったんじゃないかと思う…。


それともこの集落以外にも岩族ロゼの集落があるのだろうか…? まあお世話になってる身なんで、文句は言いませんけど…。頭痛いですけど…。


“ザーーーー…”


「ん…? なあアクアス…もしかして今日って…」


「はい、今日は静月じきとしては珍しい雨天の日ですね」


マジかよ…今日こそ石版集めに行こうと思ってたのに…、こうなるとまた話が変わってくるな…どうするか…。


目的の鞍部あんぶまでは飛空艇を駆使すりゃ余裕だが…、飛空艇は昨日ルーク達と出会ったあの場所に置きっぱだからなぁ…。


結構道のりも険しかったし長かったし…、んむぅ…参ったなぁ…。


「──おっはよう3人共っ! 今日は最悪な天気だなっ! ウケるw」


「ウケんな、貫くぞ」

「何を…!?」


雨音しか聞こえない静かな朝、それをぶち壊すように現れた外套がいとうを身に纏ったナップ。マジで元気だな…クソ元気…。


よく見るとナップの後ろにずぶ濡れのルークとメラニも立っていた。男共は朝から元気でいいなぁ…クソ元気め…。


「とりあえず中入れよ…オマエ達寒くないの…?」


「ゴロ達は濡れても全然冷たくないゴロ、晴れと一緒ゴロ」


「極論が過ぎるニ…」


岩族ロゼが雨をものともしないことが判明したところで、ひとまず今後の方針を話し合う為に屋内に招き入れた。


なんだかこの様子だと…何も考えずに「今日出発っ!」とか言い出しそうな雰囲気だ…。安全に飛空艇まで行ける別のルートがあればそれでもいいが…。


「さて、今日は見ての通りの雨空なわけだが…オマエ等どう考えてる…?」


「えっ? 行かないの? 俺達もう準備万端だけど」


やっぱりか…この単純な男共の考えが手に取るように分かるぜ…。いまいち危機感がないな…、一回谷底に突き落としてみようかな…?


「雨天時の山道は…はっきり言って危険が多過ぎる…。もう少し様子を見て、天気が回復するようなら決行、変わらなければ中止だ。命の安全が全てに優先だ」


行く気満々だった男共からはぶーぶー文句が飛び出るが、右拳の圧で黙らせる。こればっかりは譲れない、顔見知りが死ぬのはごめんだ。


窓から見える空を眺めてみるが、見た感じ今すぐ止むような雨雲ではない。だがそう連日続いたりはしない筈、そこが静月じきのいいところだ。


早くて今日の明昼以降、遅くても明日には止んでるんじゃないかな? それなら晴れるのをゆっくりと待ちましょうや、優雅に朝ご飯でも──


「大変ゴヌー! 一大事の予感がするゴヌー!」


「むむ…! あの声は…山の上の方を見張っている〝キックル〟さんの声ゴロッ! 何かあったに違いない…行くゴロッ!」


「「 おおー!! 」」


「ちょっオイオイオイ…! …ったく、しょうがねえ…私等も行くぞ」


勢いよく飛び出した男共の後を追い、広場の方へと向かった。広場には既に騒ぎを聞きつけた大人達が集まっており、私達もそこに混ざる。


「どうしたゴア、そんなに慌てて…」


「見張り地点から…〝ベナルユング〟の姿が見えたゴヌ…! 今はまだ大丈夫だと思うゴヌが…、もしかしたら集落の方にやって来る恐れがあるゴヌ…!」


「何ィ…!? あの〝ベナルユング〟が…!?」


ベナルユング…って確か…、6本脚のワニと狼の中間みたいな見た目の生物だったっけ…? 〝叫狼鰐きょうろうがく〟とか言う…。


少ない目撃例に対して、危険度がかなり高いことで有名だ。実物は見たことがないが…それこそ標高の高い頂上付近にしか生息してない筈だが…。


これも異変の影響…? ベナルユングすらもが住処を離れるなんて…、この山で一体何が起きてるってんだ…?


「それは大変な事態ゴア…、場合によってはこの集落を捨てて逃げないとならないゴア…。念の為…全員にその事を伝えてくれゴア…!」


「お任せゴヌ…!」


キックルさんは周りの数人を連れて走って行った。残された大人達は頭を抱えて、今後の動きについて必死に考えている。


「なあメラニ、仮にベナルユングが集落を襲ったとして…家は崩壊するだろうが、オマエ等は無事に済むんじゃないのか…? とても傷付くボディには見えないが…」


「ベナルユングは顎が凄い強いから、難なくゴロ達を捕食できちゃうんゴロ。ゴロ達岩族ロゼの天敵ゴロ」


「なぁ…ほんと山に住むのやめたら…? 山下れば天敵減るよ…? ガチで…」


よりによって集落周辺に姿を現したのが…岩族ロゼ達にとって最悪の存在とは…。さて…となれば私達はどうしたものか…。


避難誘導に協力しようと思えば可能だが…、そうなると…また石版集めが遠のいてしまうな…。


岩族ロゼ達の命に比べれば大したことないが…、より一層山の生態系が乱れると…私達の石版集めにも支障が出かねない…。


──やるしかないな…私達3人が…。集落まで降りてくる前に…私達で止める…!


「酋長、住民全員がいつでもこの集落を離れられる準備をしておいてください。私達は奴の対処に行きます…! ベナルユングを止めます…!」


「なんと…! 昨日来たばかりなのに…我々のことを助けてくれるだなんて…。ですが事態が事態…ここはお願い致しますゴア…!」


酋長と周りの住民達に望みを託された私達は、さっきの場所まで戻り、各々武器と荷物を準備して外に出た。


キックルさんが走ってきた方向は、私達がここに来た時とは反対側の方向。そっちに視線を向けると、私達がくぐった門とは別の門があった。


向こうの地形がどうなっているか分からないが…、躊躇している場合じゃないし…急な斜面が少ないことを祈るしかない…。


強い雨に降られながら階段を上って大きな門をくぐると、その先にトンネルが見えた。壁を掘って作られたと思われるトンネルは、物凄く足元が悪い…。


トンネル内は灯りがほとんどなくかなり薄暗い…。遠くの方に外の光は見えるが、かなり小さく…相当距離があるようだ…。


アクアスは私の袖を掴んで、恐怖に耐えながら歩いている。対してニキは吞気に鼻歌を歌いながら歩いている…、この差何…?


途中何度かつまづいて転びそうになりつつも、なんとか向こう側に出られた。トンネルの先は比較的平坦な地面をしていて、戦闘になっても問題なさそうだ。


ゴツゴツとした大きな岩が沢山転がっており、なんだか岩背蟹オオイワショイクラブの姿が脳裏に浮かんでくる…。


「この辺りに…ベナルユングがいるんでしょうか…」


「どうだろうな…キックルさんが言うには、〝集落に来る〟だからな。もう少し離れた場所を探してみよう」


「自分から遠ざかってくれれば楽なんだけどニ~、楽したいニ…」


ベナルユングとの戦闘はあくまで最終手段であり、集落に直接的な被害が出ないようであれば、無理に戦う必要はない。


戦わずに済むのならそれが最善…頼むからこっちに来ないでくれ…。勢いで引き受けたけど…実際戦闘は面倒くさい…。


そう感じつつ…私達はトンネルから少し離れた場所まで移動した。今のところ特にそれらしき姿は見えてこず、生物の足音も私達のもの以外聞こえない。


6つの足音のみ。6つ…6つ…──はっ?


「んー、全然居ねえなベナル…ベナル…ベナルソング…?」


「〝ユング〟ゴロ、ベナルユ・ン・グ!」


「何の歌ゴロ…ベナルソング…」


おーっとっとォ…? いつの間にか余計な奴等が増えてるぞォ…? 何を当たり前みたいに…しかもそこそこ緊張感ねえなコイツ等…。


私は呆れながら3人のもとへと歩いていき、順にお叱りを与えた。


“ペチッ!”


「わっ…?!」


“ペチッ!”


「ゴロッ…?!」


“ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ


「グエェェ…?! なんか俺だけ扱い違くない…!? 首がァァ…」


リギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ


「なんでオマエ等がここに居んだよ、来いって言ってねえぞ…?」


ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ


「だってだって…! ゴロ達も連れてってくれるって昨日言ってたゴロ…!」


リギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ


「それは…あくまで〝石版集め〟にって話で…、今回のとは別の話だ…。遊びじゃないんだぞ…? オマエ等だって大怪我する可能性大だ」


ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ


「それは…そうゴロけど…、ゴロ達も役に立つって知ってもらおうと…」


リギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ


「いや別にオマエ達のことを信用してないわけじゃないぞ…? その頑丈さは必ず何かの役に立つだろうしな。ただその証明は今じゃなくたって──」


ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギ


「カカ様…そう言った話は手を緩めてからにしてください…。ナップ様の顔が真っ青になっておりますよ…」


リギリギリギリギリギリギリ…”


「おおっすまん…何か忘れてたわ…」


「し…死ぬがと思っだァ…」


ひとまず3人へのお叱りを終え、改めて3人の話を聞いた。どうやら私達を追ってきたのはルーク達の提案であり、ナップはただ付き添っただけらしい。すまん…。


ルークとメラニは、私達から認められていないと感じていたそうで、どうしても自分達の活躍を見せたかったそうだ。


「さっきも言ったが、別に私はオマエ達を認めてないわけじゃないぞ。そりゃ多少不安ではあるが…連れてくとなった以上、ちゃんと信頼を置いてるよ」


「ほんとゴロッ…?! へへへっ、良かったゴロ♪」


信頼してると言った途端にめっちゃ照れだした2人、ヤバい可愛い…。ちょっと連れてくの渋りそう…怪我させたくないわぁ…。


“──ウァアアアアアアアアアッ!!!”


「「「 …っ!? 」」」


それは突如として聞こえてきた〝何か〟の咆哮。山全体に響き渡るかのような咆哮は、大気を揺らし、強烈な横殴りの風が私達を襲った。


あまりにもデカい咆哮は…どの方角から聞こえてきたのかすら分からず…、私達は背中合わせで武器を構えたまま周囲に警戒を向けていた。


「今のが…ベナルユングの鳴き声…なのニ…?」


「さあな…、咆哮の主が…近くに居るのか遠くに居るのかさえ分かんねえ…。全員気を抜くなよ…! いきなり仕掛けてくるかもしれないぞ…!」


一気に緊張が走り、私達は一言も発さず…姿の見えない〝何か〟への警戒を強めた。雨のせいで見通しが悪いこともあって…嫌な汗が噴き出してくる…。


そんな中…ふと何かが視界の端に映った。反射的に顔を向けたが何もない…──だが確かにほんの一瞬…何かが見えた。


それが単なる思い違いじゃないと直感した私は、その方向を直視し、衝棍シンフォンを握る手に力を込めた。


次の瞬間──何もない空間が突如上下に裂け、そこから淡紅色たんこうしょくの長い物体が伸びてきた。それは物凄い速度で真っ直ぐルークへと伸びる。


「ニーー!! オラニーー!!」


謎の物体に反応した私が一歩踏み出すより速く、ニキがルークを持ち上げた。淡紅色たんこうしょくの物体はベタッと地面に張り付き、すぐに元の裂け目まで戻っていった。


私と同様にニキも異変に気付いてたみたいだな…、それも多分私よりはっきり視認したのだろう。でなきゃ普通あれだけ速くは動けない。


「ヒェェ…!? なんゴロなんゴロ…!? 今のなんゴロ…!?」


「ニー…ニキでも全然分かんないニ…」


突如出現した裂け目は既に消えており…不気味なほどに静寂が広がった。私達はルークとメラニを内側に入れて、警戒を続けることしかできない…。


しかし…さっきのはなんだ…? 一瞬の出来事すぎてよく見てなかったけど…、見間違いでなきゃ…〝舌〟じゃなかったか…?


ってことはあの裂け目は〝口〟なのか…? クソ…わけわからん…! ベナルユングでもなさそうだし…厄介なことになったな…。


こっちからまるで姿が見えない以上…下手に動くわけにもいかないし…、完全に受け身になってしまっている…。


ルークが狙われた時点で…攻撃の意思を向けられてるのは明らか…。次の攻撃がいつどこからくるのかも分からねえ…。


「キャッ…!?」


「アクアス…?!」


アクアスの悲鳴が聞こえ振り向くと、また空間が裂けており、案の定そこから伸びた舌らしきものがアクアスの腕に巻き付いていた。


助けようにも…衝棍シンフォンを使えば衝撃でアクアスまで怪我をする可能性がある…。でもこのままじゃアクアスが…──


「ウオオオオ…! 離れろォォ…!!」


「“──…?!”」


アクアスの手がグイッと引かれた直後、ナップが持っていた剣で舌らしきものを斬りつけた。驚いてか、舌はアクアスの手から離れていく。


「ありがとうございますナップ様…! そして逃がしませんよ…!」


解放されたアクアスは、すかさず折畳銃スケールを構えて引き金を引いた。発射された弾は何もない空中で小爆発を起こし、爆風に煽られた。


風が止んで顔を上げると、そこには見えなかった敵の姿があった。


大きな体に水色の皮膚、背には立派な背ビレがあり、尻尾の先にもヒレがあった。目や手はどことなくカエルに似ており、全身に細かな毛が生えている。


「あっあれは…〝アマツブサキガエル〟ゴロ…! 池や湖に住む凶暴な魔獣ゴロ…! …ごめんこれ以上何も知らないゴロ…! とにかく気を付けるゴロ…!!」


「 “グロロロロロロロッ!!!” 」

< 魔獣 〝雨隠裂蛙うおんれつあ〟 アマツブサキガエル >



──第19話 雨に紛れる脅威〈終〉

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