第18話 シヌイ山の異変

「…まだなのかな…君等の集落って…」


「もうちょっとゴロッ!」


「…これで3回目ですね…、いよいよ信憑性が失われてきました…」


自分達の集落に案内すると言い、意気揚々と歩き出した〝ルーク〟と〝メラニ〟と呼ばれていた岩族ロゼの2人。


最初はしっかり山道を進んでいたのだが…、徐々に道を逸れ始め…いよいよ道なき道を突き進むようになった…。


草っ腹だった地面も…登るごとにゴツゴツとした岩へと変わっていった…。道のない岩場…そこそこ急な斜面…マジであぶねえ…。足踏み外したら終わるぞこれ…。


あの子等怖くないんかな…、最悪転げ落ちても自分達は大丈夫だからか…足取り軽いな…。ちょっと気遣ってくれないかな…転げ落ちたら死ぬ私達を…。


「ほらほら頑張って3人共っ! もうちょっとだってさ!」


純粋だなナップアイツ…、きっと次聞いても「もうちょっと!」って言うぞあの2人…。いつまで続くんだこのイタチごっこ…。


ってかナップアイツ怖くねえの…? 岩族ロゼ達と同じぐらい軽い足取りで進んでくけど…オマエも死ぬだろ転げ落ちたら…。


「皆足元に注意するゴロよ~、でないとおt──」


「あっ…──ああなるゴロ」


「うおい…!? 大丈夫かアレ…!? なんてよく転がるんだ…」


「明日は我が身過ぎるニ…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「迷惑かけてごめんゴロ…。ゴロ達はどうしても足短いから…よく足踏み外しちゃって転げ落ちちゃうゴロ…。硬いから怪我はしないけど…」


「住む場所合ってないんじゃない? やめなよ山に住むの…危ないからさ」


腰をかけられそうな所で少し休憩していると、さっき落ちていったルーク?メラニ?がようやく戻ってきた。


確かに怪我はしてないが…息をするように目の前から姿が消えたから…、こっちとしては非常に心臓に悪い…。


「もう落ちないように気を付けるんだぞ、ルーク」


「ゴロはメラニゴロよ?」


よしいい加減これも解決してしまおう…! マジでどっちがどっちか見分けつかない…! 声色も似てて成り形もそっくり…!


もし岩族ロゼが全員こんな感じなら…誰1人として正しく名前を言える自信がない…。見分け方を教わろう…。


「なあ…2人の見分け方って何かないか…? 明確にここが違うよっみたいな」


「ルークは負けず嫌いゴロ」

「メラニはおっちょこちょいゴロ」


「うーん…違うなぁ…そうじゃなくてさ…」


埒が明かないな…、もう聞くの止めて実行に移そう…。誰が見てもパッと見分けがつくような工夫を施しちゃおう。



〔Kaqua's turカカの場合n〕


「──…よしっ! これなら見ただけで分かるだろっ!」


「だとしてもこれはちょっとあんまりゴロッ…!」


「ゴロ達にも岩権がんけんがあるゴロッ…!」


ルークには〝ル〟、メラニには〝メ〟とそれぞれ羽ペンで額のところに書いたのだが、2人からはかなり批評…。


パッと見ただけで判別できて、結構いい案だと思ったんだがなぁ…。そう思いながら布で丁寧に拭き取ってあげた。


「カカ様、こういう時こそ従者の出番ですよ。わたくしにお任せください…!」



〔Aqueath's tuアクアスの場合rn〕


「では始めていきますので、絶対に動かないでくださいね」


「断固拒否するゴロッ…?!」


「余裕で死んじゃうゴロッ…!」


アクアスは右手にハンマー、左手にタガネを持って2人に迫った。削って形を分かり易くしようとしたのかな? 死ぬ死ぬそれは。


限りなく岩っぽいってだけで、彼等のそれはれっきとした肌。削れれば痛みを感じるし…欠ければ血も出る…。


ちょっとだけなら問題ないのかもしれないが…、流石に可哀想なので…アクアスから道具を取り上げた。ってかどっから取り出したんだよこんなもん…。


「仕方ねえ…最終兵器だ。いけっ、ニキ」


「任されたニ!」



〔Nikhi's turニキの場合n〕


「これをこうして…ここで結んであげれば…──よしっできたニ!」


「おー、いいじゃんいいじゃん! 流石だなニキ」


ニキは2人の足に、それぞれ色の異なる布を巻いた。ルークが〝青〟でメラニが〝赤〟、なんか靴下みたいで可愛い。


「滑りにくい素材でできてるから、踏み外すことも減る筈ニよ」


しかも素晴らしい気遣いまでセットとは…。完全に私とアクアスのターン要らなかったな…、酷く時間を無駄にした気分だ…。


しかしこれで呼び間違いの心配はなくなったし、おっちょこちょいなメラニに注意を払いながら先に進めるようになった。ナイス、ニキ。


「それじゃあ気を取り直して出発ゴロ~! もうちょっとゴロよ!」


「でたよ…4回目…。集落はまだ先の方かな…」


「気が遠くなりそうニね…、気張って行こうニ…」








‐昼過ぎ‐


「見えてきたゴロッ! あれがゴロ達の集落の入り口ゴロよっ!」


「9回目でようやくか…、ルークオマエもう二度と「もうちょっと」って言うんじゃねえぞ…? 突き落とすぞ…」


「ひぃ…!? ご…ごめんゴロ…」



岩族ロゼの集落 ─オアラーレ─ >


あれから順調に山道を進み続けた私達の目の前に、岩を削って作られたであろう大きな門が現れた。良かったほんとに着いてて…、それすらも半信半疑だった…。


門をくぐると、巨大な窪地のような場所に建てられた家々が視界に飛び込んできた。白っぽいレンガで統一された家々からは、異族情緒いぞくじょうちょが溢れている。


階段を下りながら集落全体を眺めながていると、近付くにつれて住民達の姿が鮮明に見えてきた。予想通り…皆ほぼ一緒の見た目だ…。


門から続く長い階段を下り終わると、住民達は一斉に物珍しそうな視線をこちらに向け、あっという間に囲まれてしまった。


「おおー! 外からナップ以外のお客さんが来るなんて久し振りゴラッ!」


「しかも人族ヒホとは珍しいゴス~!」


ヤベー…語尾気になるゥ…。族だから “ゴロッ” なんだと思ってたのに…、全然関係ねえんかい…。ニキと一緒かい…。


岩族ロゼ達は皆興味津々な様子で、私達を見上げ続けている。中には脚をツンツンしてくる者も居た。


特にニキは強い関心の目を向けられていた。っと言うより背負っているリュックが気になって仕方ない様子だ。気持ちは分かる。


「──これこれ離れんかっ! お客さんが困っておるゴア…!」


集落の道の先から声が聞こえ、顔を上げるとこの集落の長と思しき方が歩いてきていた。眉毛と髭のようなものがあって、実に分かり易い見た目だ。助かる。


「あっ〝酋長しゅうちょう〟~! この人達、山の上の方に用があるらしいゴロッ! だから今起きてるについて説明してあげてほしいゴロッ!」


「説明て…お主がしてやればよかっただろうに…、さてはお主もいまいち状況が理解できておらんゴアな…?」

「ごめんゴロ…」


酋長しゅうちょうはコツンッとメラニの頭を叩くと、「ついて来てくだされ」っとだけ言って、背を向けてどこかへと歩き出した。


周りの住民達を踏まないように気をつけて、私達は酋長の後を追った──。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




-酋長の家-


「どうぞ適当に座ってくださいゴア、今お飲み物をお出ししますゴア」


「ありがとうございます」


酋長の家に招かれた私達は、横並びで床に座った。元々背の小さい岩族ロゼの家は、しゃがまないと入れず…2階建てでも私達の住居の1階建て程度しかない。


一番背の高いアクアスは入り口で頭を打ってしまい、涙目で頭をさすっている。そして一番背の低いニキも何故か頭を打ち…同じくさすっている…。


「どうぞ、〝モルトジャヌイー〟と呼ばれる飲み物ですゴア。さっぱりした口当たりと、こってりした味わいが美味しいんですゴア」


「さっぱりなの? こってりなの? それは結局どっちなんです? 私達からすると毒ぐらい未知なんですがそれは…」


土器のカップに注がれた〝モルトジャヌイー〟なるくすんだ茶色の飲み物を前に…、変な不安感がジワァ…っと染み出してくる。


しかし出されたものに手をつけないのも失礼なので…覚悟を決めて恐る恐る口元に運んだ。さらさらとした液体が口に流れ込む。


直後口いっぱいに広がる甘酸っぱい味わい。確かにコクがあってこってりしてるのに…さっぱりとした軽い口当たりだ。新しい感覚に脳が驚いている。


「気に入っていただけたゴア? モルトジャヌイーは、高原でしか育たない〝エルトコ芋〟を発酵させて作ったですゴア」


「へー、確かに美味しいですね、このおさ…け…──お酒!?」


確かに言われてみれば…微かにアルコールの味がしなくもない…。飲んでみた感じ…そこまで強い酒ではないっぽいが…、これは…──


「ふえぇぇ…くらくらしましゅ…」


「あれっ!? アクアスどうしたニ…!? まさかひと口で酔ったのニ…!?」


アクアスはまだ〝酒業しゅごう〟も終えていない酒弱者さけじゃくしゃだからな…、にしてもこれは酷すぎるけど…。



 ≪酒業しゅごう

ガド教やメテリー教などの様々な宗教で一律に行われる神聖な儀式。教会にて一定量の酒を飲み、正気を保ったまま己が酒に溺れぬ事を神に誓う。法令上15歳の節目に飲酒自体は可能になるが、これを行わなければ公共の場でお酒が飲めない。



アクアスの場合は…神に誓う前に泥酔してしまうが故に、19になっても未だ儀式を終えられずにいる…。


こういう家の中であれば飲酒しても大丈夫だが…、酒場や社交場で酒を飲めば兵に拘束されてしまう…。いつか一緒に酒場で飲みたいものだ…。


「それで酋長、私達はとある事情があって頂上付近の鞍部あんぶに行きたいのですが…その〝異変〟というのは何なんです…?」


「そうですな…それを説明する前に軽く自己紹介をば。ゴアは〝オルギ〟、ここの酋長をやっとりますゴア」

< 酋長 〝岩族ロゼ〟 Algy Thipsoオルギ・シプソンn >


「私はカカ、こっちの紫がニキ、この酔っ払いがアクアスです」


「なんか説明雑ニね…、あと紫って言うなニ」


軽い自己紹介を終え、膝枕に寝かしつけたアクアスの頭を撫でながら、異変についての本題を教えてもらう。


「実はここ最近…シヌイ山全体で生物のと、大規模なをしている姿が確認されておるんですゴア」


生物の凶暴化に大規模な移動…? 確かに両方とも異変と呼ぶに相応しい事象だな…、規模次第で災害とも呼べる程の…。


そこまで戦闘能力が高くない岩族ロゼ基準の異変なのなら…、まあ…私達ならなんとかなるかも…? 異変が小さい規模であることを願おう…。


「通常であれば他の生き物を襲わない温厚な生物でさえもが…知性生種すら積極的に襲うようになったんですゴア…。更には生息域の違う場所で…異なる生物の姿が確認されされていますゴア…」


うえぇ…普通に災害レベルでーす…。魔物騒動がなければ…国の一個中隊が動いてもおかしくない一件だ…。


それすらもが魔物の仕業なのなら…もうこの国終わりなんじゃないか…? ドーヴァに帰って…国民受け入れの準備を進めた方がいいんじゃない…?


「つい数日前にも…高所にしか生息していない筈の〝四裂山羊ヨツザキゴート〟が、群れを成して山を下っていたゴア」


ユフラ村の周辺で襲ってきたあの群れ…アレも異変の影響だったのか…。住処を追われて山を下りたか…それともただの気まぐれか…。


「いずれにせよ…現在シヌイ山は非常に危険な状態にあります故、立ち入りを原則として禁止していますゴア。ましてや強力な生き物が多く生息している頂上付近なぞ…とてもじゃないですがお通しできまんせんゴア…」


「そうですか…、では私達の話を聞いてください。私達がここへ訪れた理由を詳しく説明致します」



           ─説明中─

     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「なるほど…女王様自らのお願いでしたか…、そうなると話も変わってきますゴアな…。ここで頑なに断れば…女王様を裏切ることになってしまう…」


「どうかお願いします…! 石版の大まかな場所は既に判明しているので、回収にそれ程大きく時間はかかりませんし…!」


もちろんそれは理想論、予想外のハプニングに見舞われなかった場合の話。だが今は許しを得ることが先決、噓も方便だ。


「──…分かりました、貴方方4名の立ち入りを許可しますゴア…!」


よし…! これで石版の在処に向かえる…! 準備を整えて明日にでも出発しよう、全然行きたくならないクモの巣に…。


ちなみに出発を明日にしたのには理由がある。今出発すると、巣への到着は宵か中宵の頃になってしまうだろう。異変騒ぎで何が起きるか分からない以上、暗い闇の中での行動は避けたい。


あと単純にアクアスがこんな状態なんじゃ…動こうにも動けない…。明日には全快していることを信じよう。


「…そこで1つお願いがあるんですゴアが…、ルークとメラニも連れてってやってはくれませんか…? あの2人は勇敢な戦士になるんだと夢を語っておりまして、長としては若い者の背中を押してやりたいんですゴア」


「いや…しかしですね…、それは…あの2人には少々危険では…?」


頑丈さは問題なしだが…、ちょっと抜けてるからなぁ…。うっかり怪我しちゃいましたー死んじゃいましたーっなんて展開は嫌すぎる…。


戦闘面でも…正直あんまり期待ができない…。槍持っていながら悪口で対抗しようとするような可愛さじゃあ…流石に生き抜けないだろうし…。


「う~ん…流石にそれは難しいかと──」


「そういう事ならお任せだぜ酋長っ! この3人めちゃくちゃ強いし、スゲー頼りになるから、きっといい勉強になること間違いなしだ!」


「おおっ! そう言ってもらえて嬉しいゴア、ではよろしくお願いしますゴア」

「いやいやちょっとォ…!?」


酋長はペコリとお辞儀すると、足早に外へと出て行ってしまった。なんだかとんとん拍子で話進んじゃったけど…とりあえずナップを殴る。


そしてニキにボコすのをバトンタッチし、私は頭を抱えてため息を吐いた…。また面倒な事になってきたぞー…──不安だ…。


ルークとメラニの方に視線を向けると…めちゃめちゃ目を輝かせてこっちを見ている…。当人はやる気満々か…──ハァ…不安だ…。



──第18話 シヌイ山の異変〈終〉

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