第16話 ナップ

-カトラス砦跡 2階-


[ギャアアアアッ…!! 謎にずっと脚ツンツンされるの怖ェェェェ…!! 食べる気ならいっそ一思いに…いややっぱ嫌だァァァ…! 誰か助けてェェェ…!!]


「ニハハハッ! なんか面白いニ!」


「おいやめろ…意味なく脚突いてやるな…」


「可哀想ですよニキ様…」


どこから拾ってきたのか…ニキは木の棒でバタバタとする脚を突きまくる。流石にちょっと可哀想なのでニキを止める。


さてさて…どうするものか…、この顔の見えない脚の主が〝ナップ〟なのかな…? もし違うならあんまり関わりたくないなぁ…、ナップでも関わりたくないなぁ…。


探検家ってもっとこう…常に冷静で落ち着きのあるイメージだったんだけど…、なんかコイツは違うなぁ…。ニキ寄りなタイプだ…。


「カカ様…どう致しましょうか…コレ…」


「いやまあ…見ちゃったからには助けないとよなぁ…。私3階に行って様子見てくるから、オマエ等は一旦ここにいてくれ」


「了解ニ、行ってらっしゃいニ~」


部屋を出て階段を上り、念の為に衝棍シンフォンを構えた。なにせああなった経緯が分かんないから…、危険な生物が原因の可能性も少なからずある…。


-3階-


慎重な足運びであの部屋の真上を目指し、それと思われる部屋の入り口付近までやってきた。中からは未だに声が聞こえる。


私は衝棍シンフォンを強く握り直し、深呼吸をしてから部屋に飛び込んだ。


「うおう…!? なんだアンタ…!? ──美人っすね」


「んぅ…! あー…ありが…とう…?」


部屋の左側で上半身だけの状態の男と目が合った。青い髪に黄色い瞳、歳も私達とかなり近い感じがする。


しかしなんだこの男は…、よくこの状況でそんな恥ずかしいことを堂々と言えるな…。なんか調子狂うから一発小突いたろうかな…。


「えっと…色々聞きたいけど…まず今の状況から説明してもらっても…?」


「突然目の前に美人が現れた…!」


「ああっちょっと今過ぎるかも…、その惨状について教えて…?」


ヤバいコイツめっちゃバカかもしれん…! ユフラ村の子供達の方がまだちゃんと会話出来る気がする…! 子供以下…!


ってかなんだそのふざけたアホ毛は…?! 普通1本か2本がマナーだろ…! なに20本近くおっ立ててんだ…! しかも中央に重点的に…!


「ああこれ? これは床に穴が開いてたから、ひょっとしたら2階にショートカット出来るんじゃね?って思って下半身突っ込んだら抜けなくなっただけだよ」


「あ、そっすか、じゃあ私行きますね、お疲れ様でした」


「ちょちょちょ待って待って待って…?! ここで会えたのも何かの縁だし、出来れば助けてほしいな~なんて…ねっお願い…! 俺を助けてください…!」


そう言い手を合わせて頭を下げる挟まり男…、仕方ない…助けるか…。私は衝棍シンフォンを背中に戻し、試しに男の体を思いっ切り引っ張ってみた。


「あーダメっぽいダメっぽい…! めっちゃ痛い痛いイタイイタイ…!」


まるで引き抜ける気がしない…、なんて完璧にハマってるんだこの男…。次は目一杯男の体を押してみた。


「ギャアアアアッ…! 股関節が外れそうです削れそうです…!!」


これもダメか…、んー…引いてダメなら押してみろってのが定番なのになぁ…。じゃあ次どうしよう…、何か手立てはあるだろうか…。


思い出せ…思い出せ…、確か友達がそれらしき対処方を昔教えてくれたような気がする…。えっと確か…──


「そうだ思い出したっ! よし、その方法でやってみるか!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「ニーーーーーー!!!」


「ギャアアアアアアッ…!! 死ぬ…! 死ぬゥ…!!」


「ズバリ…〝引いても押してもダメなら、もういっそ潰れるくらい強く押せばいいヨ〟作戦…! いけ…! もっと押せ…! 押し尽くせェ…!」


現在友達の教えに沿う為、怪力のニキを2階から呼び寄せ、力任せに押しつけさせている。これで助かるのも時間の問題だろう。


要は床が崩れるが先か、骨盤が砕け散るのが先かの勝負だ、男の子だしまあ問題ないだろう。万が一これでもダメなら最後の手段を使わざるを得ないが…。


「ニー! これだけやってダメならもう無理ニー! これ以上やるとこの男の人の体がぐちゃぐちゃになるニ…、それでもいいならやるニけど」


「ごめんけど止めてもらっていいかな? 下に押されて過ぎて空高く昇るあの世行きとか…皮肉効き過ぎて笑えないわ…」


しょうがない…、最終手段を使おう…。私は再び衝棍シンフォンを取り出し、グルグルと回して溜めた勢いを床にぶつけた。


辺りに広がる衝撃が床や天井に走り、男がハマっていた床が崩れ落ちた。ちなみに私とニキの足場は無事、これぞプロの腕前。


下を覗くと、穴から解放された男が悶えていた。加減はしたけど…やっぱり衝撃に当てられちゃったか…、しょうがなかったとは言え…ちょっと罪悪感…。


「カカ様…! 天井を落とすなら先に仰ってください…! もう少しでわたくし下敷きになるところでしたよ…!」


そういえばずっと待機させてたな…、ヤッベめっちゃ罪悪感…。アクアスが反射神経良くてホッとした…、本当にごめん…。


「おーい、アンタは大丈夫かー?」


「…8:2くらい…、無事が2…」


「なら男補正込みで大丈夫だな、良かったよ」

「鬼ニね…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




-1階-


「いや~、無事とは言えないけど助かったよ、ありがとう! まさかこんな場所で美女3人と出会うなんて思わなかったよ、この出会いはまさに奇跡だね!」


「腰砕かれかけておいて…なんてポジティブな人ニ…」


「そ…そんな…、美人だなんて…///」


「チョロいなオマエ…」


力任せな救出を終え、私達は1階の広間らしき場所に集まった。2階はとてもゆっくり話せる状態ではないからだ。


しかしこれでようやくこの謎男について触れられる…、コイツは誰だ…? 女王様やマットさんと違って、額から触角が伸びていない。


蟲人族ビクトじゃないのか…? 耳の形も一般的だし、尾も角も翼もない…。目立った特徴がないのは人族ヒホと共通するが…一体…。


「アンタ名前は? なんの種族だ?」


「俺? 俺は蟲人族ビクトだよ、なんせここは蟲人の国リーデリアだかんね。俺の名は〝ナップ〟! 凄腕の探検家だっ!」


「えェ…!? 貴方がナップなのニ…!?」


「えっ? 俺のこと知ってんの? もしかして有名なのかな? シハハッ! 嬉し~♪」

< 探検家 〝蟲人族ビクト〟 Nape Heraitナップ・ヘレスh >


私の予想的外れすぎたな…、蟲人族ビクトって皆触角あるもんだと思ってたけど違うのか…!? 人族ヒホと見分けがつかん…!


しかもまた現れやがったよ自称〝凄腕〟が…! よく言えたな穴にハマっておいて…! 変な奴しかいねえな自称〝凄腕〟…!


「っで君達はなんなの? 君等人族ヒホだろ? 観光でもこんな所に女性だけで来たら危ないと思うけどなぁ…穴にハマるよ?」


「それはアンタだけだ…」

「一緒になさらないでください…」


なんだかコイツのペースに流されると…話がまったく前に進まねえな…。もう強引に話進めちゃおう…早く済ませたいわ…。


私は石版を探してシヌイ山に赴いた事と、石版を目撃した件で砦跡ここまでナップを探しに来た事を話した。


「──そっかそっか、有名じゃなかったのは悲しいけど…確かに〝流れ星〟は見たよ。頂上付近の鞍部あんぶに落ちたんだよね」


「ようやく有力な手掛かりゲットか。その墜ちた場所まで案内してほしいんだけど…、イケる…? ハマんない…?」


「別に年がら年中穴にハマってるわけじゃないからね? 舐めないで凄腕を」


どうやら本人は問題なく案内できるらしいし、なら存分に案内してもらうとしましょうか。ついでに荷物持ちとか。


…しかしあれか…、またシヌイ山まで戻らなにゃいかんのか…。あの道のりを…、わざわざ峡谷迂回して…、くぅぅぅ…面倒…!


「そういえばですが、ナップ様はいつ頃ここにご到着なされたのですか? もしかして何日もあの穴に…?」


「ううん、ハマったのは今朝だよ」


「えっ…? じゃあそれまではどこに居たニ? 出発から5日もかかったのニ?」


確かにそこは気になるところだ。帰りは洞窟を通れない以上、正規のルートで何日かかるかを知っておきたい。


でないと食糧や水不足に陥る危険がある…。食糧は最悪生き物から調達できるが…、可能ならあまり戦いたくない…。


「実はね、シヌイ山から砦跡ここまでは本来1日とちょっとで着けるんだよ。ただ今回の場合は、俺がかなり遠回りをしてしまったから5日かかったんだ」


「遠回り…? 何の為にだ…?」


「いや~本当は俺も最短ルートで進みたかったんだけどね? 道中めっちゃ肉食動物と魔獣に遭遇してね、逃げながら進んでたら5日経ってたんだよね~」


なんだか案内させるのも不安になってきた…、死ぬんじゃないか…案内の途中で…。それはヤダな…目覚めが悪い…。


やっぱり場所だけ聞いて、私達だけで行く方が良さそうだな…。時間はかかるが…命には代えられない…。


「戦わなかったのニ? ってか武器持ってないニ?」


「ああ、砦跡ここへは武器を調達しに来たんでね」


──…はっ? なんか今信じられない言葉を聞いた様な気がするが…、聞き間違いか…? 調って聞こえたんだが…。


「最初は流れ星を手に入れようと山を登ったんだけど、そこがちょっとでさ…、それで武器が必要になって砦跡ここまで来たんだ」


「武器の為に…? 武器を手に入れる為に…武器必須な危険地帯まで来たのか…?」


「うんそうだけど、なにか?」


ヤッベェ…コイツめっちゃバカじゃん…! よく生きて辿り着けたなほんとに…! 穴にハマったのが強運の帳尻合わせに思えてきたわ…!


横をチラッと見えると、アクアスとニキも同じ様な反応を示している…。3人全員引いてる…、なんか接するのも怖い…。


「ほら見てよ、この立派な剣っ!〝純ドーメラニ鉱石〟の剣なんて、街でも2万リートはする品だよ?! これなら怖いものナシさ!」



 ≪ドーメラニ鉱石≫

軽く硬く、決して錆びることがない希少金属。その加工のしにくさから、専門の鍛冶屋でないと扱えない代物。



確かにいい剣だ、ちゃんと扱えるかは別としてだが…。しかし本当に状態が良いな…刃こぼれ一つしていない…、まるで一度も使われてないかのようだ。


苔むした砦跡とはまるで対照的で…なんだか変な感じがするな…。まあいい…用が済んでるのなら、さっさと出発してしまおう。


石版は1つだけじゃないんだ…シヌイ山の石版に時間をかけ過ぎるわけにはいかない。万が一静月じきを過ぎちまうと…──考えたくもないな…。


私は左手首のブレスレットに目をやった。日色鉱石ひいろこうせきは綺麗な黄色へと変色しており、今の時間帯が明昼あかひるであることを示していた。


「目的は達したんだ、ぼちぼち出発するぞオマエ等。シヌイ山まで結局1日かかるんなら、あんまりちんたらしてらんねえ」


「えっー!? もうニー!? せめてもうちょっとゆっくりしていこうニ~!」


…やっぱりニキは駄々をこねたか…、コイツ怪力のくせに体力はそこまでないからなぁ…。しょうがない…物で釣るか…。


「オマエが気になってた光る花のとこに寄れなくなるぞ?」


「さあ皆今すぐ出発するニよっ! 皆若いんだからガンガン体動かさなきゃダメニ! レッツラゴーニー!!」


「単純な奴…」








カトラス砦跡を後にした私達は、これからシヌイ山へと引き返すのだが…一応約束は果たさないとなので…。


「やったニー♪ 光り輝く原理がいまいち分からない花ゲットニ!」


「良かったな…、んじゃ戻るぞ…2人が待ってる…」


例の洞窟の近くまで戻ってきた私達は、不安もあるが…草原をよく知るナップの後ろに続いて帰ることになった。


ナップ曰く、洞窟があった地点よりも更に北上すれば、峡谷を越えられるのだと言う。その言葉が勘違いでないことを祈るばかり…。


しかしそのまましばらく歩くと…ある意味がっかりしてしまうものが視界に飛び込んできた…。なんだか全身の力が抜けていくようだ…。


「ほらあれだよ、峡谷を繋ぐ吊橋」


「吊橋あったのかよぉ…、南下するんじゃなかった…」


「見事に2択を間違えていたのですね…わたくし達…」


これを見つけれていれば…、ブオジカに追いかけ回されることもなかったのに…。そう考えるだけで…どこかやり場のない悲しみがこみ上げてくる…。


そんなことを知らないナップは、我先にと吊橋を渡って行ってしまった。アクアスに肩を叩かれて励まされた私も、とぼとぼ吊橋を渡る。


ギシギシと不安を煽る音に耳を傾けながら…一歩ずつ慎重に進む…。高所は苦手じゃないが…、吊橋にはそれとは別の恐怖が詰まっている…。


できればゆっくり渡りたいが…、後ろからニキの弱々しい声が聞こえてくるせいでそうもいかない…。恐怖を堪えて…どんどん前に進んだ…。


そして無事全員落ちることなく渡り切った…。四つん這いで地面のありがたみを十分味わって、私達は歩き始めた。


“──ギシギシッ…!”


「…っ?」


「どうかなされなしたか…?」


振り返るが何もいない…、ただ吊橋が少し揺れているだけ。──風に吹かれただけ…ならいいが…。



──第16話 ナップ〈終〉

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