第15話 遺物

「足元に気を付けろよオマエ等。〝灯源鉱とうげんこう〟のおかげで多少は明るいが、なにせ整地されてない道だ…小さい段差に躓くと転ぶぞ」


「そうニね、注意しないとムネリ女王みたいな転倒祭りになっちゃうニ」


「女王陛下にそのような意識は無いと思われますが…」


‐洞窟‐


ブオジカの猛攻によって深い峡谷の底に落とされた私達は、地上へ出る為にアクアスが見つけた洞窟内部を進んでいた。


自然発光する灯源鉱とうげんこうが多く存在していたのは不幸中の幸いだった。おかげで松明を作る手間を削減できたし、何より両手が空く。


洞窟内にも当然…この環境に適応した動物と魔獣が暮らしている筈。その中には肉食性の生き物だって含まれる…、いつでも戦える様にしておかないとだ…。


「…? カカ様、ニキ様、この先…なんだか開けている様に見えませんか…?」


「ニ…? 確かにそう見えるニね…、もしかしてもう出口が近いニ…?」


「いや流石にそれはないだろ…、歩き始めてまだほとんど経ってないぞ…?」


だが開けていそうな空間が先の方にあるのは事実、ただ少し空間が広いだけなら問題ないが…何かしらの巣とかだったら勘弁願いたい…。


巣でないことを祈りながら歩を進め、私達は開けた場所に出た。そこは──


「おおっ…!? なんだこりゃ…、どうなってんだ…?」


「凄い景色ですね…、まるで蟻の巣の中に立っているみたいです…」


私達の立っている細い道が壁から壁へと斜めに伸びており、それ以外の細い道も同様に壁から壁へといくつも伸びていた。


見下ろせば底は見えず…見上げれば高い天井が薄っすら見える…。アクアスの言う通り…本当に蟻の巣に居るかのようだ…。


足を踏み外せば今度こそ死んでしまうだろう…、下は見ないように心掛けねば…。


ひとまず私達は今立っている細道の先の穴へと進んだ。穴に入ると再びさっきと同じ様な道が続いており、足を止めずに進んでいく。


それから特に危険と鉢合わせることもなく順調に進んでいくと…次は分かれ道が現れた。しかも道は4本…、多いて…。


「どっちに進みましょうか…?」


「勘で進むしかないニね、棒でも倒すニ」


「…オイやめろ、そんな事の為に私の衝棍シンフォン使おうとすんな」


とりあえず辺りに目印らしきものがないことを確認し、右から2番目の穴を進むことにした。理由はない、勘だ。


どうせどこ選んだってそれなりの結果になるだろうし、こういう時は深く悩まないのが肝心。なるようになる、私の座右の銘だ。


そしてそれが吉と出たか、順調に道は上へ上へと伸びていった。途中何回も右に左にグネグネと曲がっていたが、順調に地上へと近付いている感触がある。


意外とこのまま何も起こらず出られ…──うん…こういう事言うと大抵良いことは起きないね…。なんか見えるもん…向こうに…。


道の先に広がるその空間は、今いる道よりも明るく輝いている様に見える。さっきの蟻の巣みたいな場所とは違うようだが…。


「…ニ? なんだかガラッと雰囲気が変わったニね…、これはまるで…」


「確かに…どこか文明の痕跡が見て取れますね…」


そこは部屋の様な狭い空間、壁を削って作られたであろう机らしき物や棚と思しき物があった。あとは…いまいちよく分からない物ばかり…。


なんだこれ…硬い金属で作られたカーペット…? こっちにはやたら蒼く光る石がはめ込まれたペンダントもある…灯源鉱とうげんこうじゃなさそうだが…。


共通してるのは…、模様の様な…何かの言語の様なものが彫られていることくらい…。どの国の物かは分からないな…。


「オマエは何か知らないか…? 少なくとも私が知ってる〝フジリア〟・〝モイ〟・〝スクレン〟・〝ギナルシア〟の名産品じゃないぞ」


「こんなのニキも初めて見る品ニ…実に興味深いニ…! でも普通に考えたらアツジの名産品なんじゃないニ…? そうとしか考えられないニよ…?」


「…んまあ…そうかもな…。でもなんか引っ掛かるんだよなぁ…」


どこの国の物でもない様な異物感と、頭に靄がかかった様な気持ち悪い不快感…、私はぽりぽりと頭を掻いた。


適当なの1つ持ち帰っちゃおうかな…? 分野は違うけどちょっと研究してみたいな…、ニキのリュックに忍ばせるか…。 ※趣味:毒物研究


私はこの部屋を調べつつ、持ち出せそうな物を探した。とは言っても中々多くはなく…持ち出せそうなのはさっきの光るペンダントくらいなものだ…。


「お二人とも…! こちらに日記らしき本がありました…!」


どうやら部屋はここだけではなかったらしく、別の部屋からアクアスの声が響いた。私とニキは駆け足でアクアスの下に向かった。


その部屋はハッキリとは分からないが…内装的に寝室だろうか…? 机に椅子…そして棺桶のような物があった…。


酸化して錆びついた側面部に…上部にはガラス扉が取り付けられていた。なにこれベッド…? 趣味の悪さ極まってんなぁ…。


雑に部屋全体を見てから、アクアスが手に持っていた本に目を向けた。表紙はズタボロで…ペラペラとページを捲ってみるも…まともに読めそうなページがない…。


「んー…こりゃ相当古い本だな…。煤みたいな黒い汚れで文字が読めねえ…、ってか裂けてたり穴開いてたりでページ捲るのも一苦労だな…」


「こりゃひょっとすると数百年以上も前の本かもしれないニね…。あっ…! 今のところちょっと読めそうニよ…!」


終わりがけの1ページ、そのページだけは汚れも薄く…精々端が少し切れている程度だった。これなら読め…そう…?


「…なあオマエ等…、これ読める…?」


「いえ…わたくしにはサッパリ…」


「ニキも分かんないニ…、これ古代文字なんじゃないニ…?」


本を横にしてみたり…光に透かしてみたりしたが、最初の一行すら読み解くのは出来なかった…。3人全員本を見つめてポカン…。


このまま眺めていても埒が明かないと悟り、私は静かに本を閉じて、スッ…とニキのリュックに突っ込んだ。


色々言ってくるニキの言葉に耳を塞ぎ、私は部屋を後にした。どうやら部屋は2つしかなく、この先はさっきと同じ様な細道が続いていた。


「ちょっと寄り道しちまったな…、そろそろ行くぞオマエ等…! …うん?」


2人に呼び掛けて後ろを向いたその時、何かがコツンッと足に当たった。足元を見ると、装飾のない黒ずんだ短剣が落ちていた。


持ち上げて細部を見てみると、片側の刃の部分に、ペンダントにも見られたあの模様らしきものが彫られていた。


結局ここで見つけたほとんどの物について…得た情報は限りなくゼロ…。私は大きくため息をつきながら、ニキに近付いた。


「ニ? ああっ…!? だから勝手にリュックに入れるなニ…!!」


「我慢してくれ、飛空艇に戻るまでの辛抱だ。さあぼちぼち地上に出るぞ…! 砦跡でナップが待っている…!」


「強引に押し通しましたねカカ様…、あとでニキ様に謝っておいてくださいね…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




あれから特に何も起こらず、順調に地上への道を進んでいった。何度も蟻の巣のような怖い道を歩き…、疲れて嘆くニキを無理くり歩かせ進んだ…。


時々コウモリが近くを飛び、その度にアクアスが叫び声を上げたりもしていたが…まあ何も起こらず上へと進んだ。


そしてついに道の先から差し込む強い光が見えた──。


「やっと出られたニー!! 最初はもう出られなくて洞窟の一部になるかもって覚悟してたけど…無事に生きて出られたニー!!」


ガカざま※カカ様~…で…出られ…でられまびばべ※出られましたね~…(泣)」


「おっおう…そうだな良かったな…、コウモリ怖かったな…よしよし…」


オバケ嫌いなアクアス…、最初は顔に出てなかったけど…本当はずっと怖かったみたいだな…。コウモリが拍車をかけたか…。


まあ何はともあれ無事に出てこれて良かった。しかも峡谷の反対側にシヌイ山が見えるってことは、なんとか目指していた反対側にも出れたみたいだ。


「ニキ! 一応もう一回砦跡の方向を確認しといてくれ!」


「了解ニ、きっとかなりズレてるニね」


洞窟がグネグネと曲がりくねっていたせいで…私達が落下した地点からどれくらい離れているのかがいまいち分からなくなった…。


もしかしたら思いっ切り北上しちゃってるかもしれないし…逆に南下しちゃってるかも…。極端に道を外れていなければいいが…。


「…分かったニよ! 結構北側にズレちゃってるニね…、ニキ達が進んでた方向から観録北東かんろくほくとうの方角ニ」


やっぱり大きくズレてたか…、だがまあ峡谷を越えられたんだし良しとするか…。アクアスの手を引いて、ニキが指し示した方へと歩き始めた。


洞窟内では終始危険が襲ってくることはなかったが、ひとたび外に出れば一転…岩背蟹いわせがにやら大角鹿だいかくろくやらがいつ襲ってくるか分からない…。


能力チカラを過信しすぎないよう常に周囲に気を配り、空や地面にも警戒を張り巡らせる。ついでにニキの動きにも…。


仕事柄目新しい物を追い求めてしまうのは仕方ないが…、まず砦跡に辿り着くことを優先させよう…。またトラブルに巻き込まれるのは勘弁だ…。


「あっ! あそこに何やらキラキラ光る花があるニ! ちょっと行って──」


「待て待て…! 帰りに寄ってやるから一旦目的地を目指すぞ…! 今行かせるとまた何か起きそうな気がする…」


「ニー…、しょうがないニ…」


ニキは残念そうに肩を落としたが…案外物分かりがよくて助かるな…。ブオジカに襲われる前に止める事が出来ていたなら…、そう過ぎた事ばかり考えてしまう…。


それにしても…ほんといつ着くんだろうか…、ってかそのナップって奴が今も砦跡に居る確証はないんだよな…。


ここまでの道中だけでもかなり危険が満載だったわけだし…肉食生物に捕食された可能性が現実味を帯びてきた…。


大きく無駄足になりそうな予感もするが…、最後まで無事を祈ろう…。戦闘職じゃないせよ…危険地帯を1人で探検する様な奴だ…、多少腕もあるだろうしな…。


「ニ、段々大地が上り坂になってきたニね。ひょっとしたら上りきった先に砦跡があるかもしれないニよ! っというかあってくれないとちょっと心が持たないニ!」


そう言ってニキは1人走り出した。流石にこの距離でトラブルには巻き込まれないだろうし、このまま先を見て貰おう。仮になくても…自分で確かめるよりいい…。


「どうだ? 念願の砦跡は見えたか?」


「──ニキキッ! 見えた! 見えたニよ! きっとあれがそうニ!」


坂の頂上で弾けんばかりの歓喜の声を上げるニキは、両手を上げて体全体で喜びを表現していた。アイツは終始元気だったけど、案外空元気だったのかな。


喜びに震えるニキを見上げながら一歩ずつ上って行き、私とアクアスもようやく頂上に着いた。吹き抜ける風を正面から浴びながら、ニキの向く方に目を向ける。


「おおっ──ようやくだな、ほんと」


「あれが〝カトラス砦跡〟なのですね」


木すらほとんど生えていない草原のど真ん中に建てられた巨大な砦。その圧倒的異質感は相当なものだ…。


全体的に苔むしたレンガ…ひびが入って所々崩れている壁…、あれもまた相当長い年月を経ているのが分かる…。


「それじゃ、ナップが居ると信じて向かおうか。結構傾斜急だから、ちょっと迂回しながら行こう、ついて来いよ」


「了解ニ! レッツゴーニ!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




1日掛けて、ようやく砦跡のまん前までやって来た。近付くとその大きさに改めて驚愕する…、一体誰が何の目的でこんなものをこんな場所に…。


そして何を思ってナップとやらはこんな所まで…探検家の考えはよく分からんな…、お宝があるわけでもあるまいに…。


「カカ様ー! こちらにいらしてください!」


辺りを見て回っていたアクアスが何かを見つけたようだ。私は小走りでアクアスの声がした方へと向かう。


そこは南南西の方角を向いて構える砦跡の正門前、っとは言っても門は既に朽ち果てており、お好きにお入りくださいな有様だった。


「どうしたアクアス、何かあったか?」


「はい、ここ一帯を見て回ったのですが、蟲人ひとのものと思われる軌跡を発見しました。それにこれも落ちていまして」


アクアスから手渡された物は〝10オルド硬貨〟、しかもまだ錆びていない綺麗な状態。落としてからそんなに時間が経っていない証拠だ。


ナップって奴はしっかり辿り着いていたわけだ、とりあえずそこは安心。残る問題は〝まだここに居るか〟だな…。


「他に蟲人ひとの痕跡はあったか?」


「いえ、1人分の軌跡のみでした。ここから出た形跡もありません」


つまりまだこん中に居る…ってことか…。既にナップが村から出発して4日経つのに…一体何をやってんだ…?


洞窟を進んだ分私達は通常より早く着けただろうが…、そうでなくても2日あれば着ける距離だ…。2日間何を…?


「…考えてても仕方ねえか、会って本人から直接聞こう」


「そうですね、ではわたくしはニキ様を呼んで参ります」


あの自由人め…目を離すとすぐこれだ…。旅商人って奴も…探検家同様に考えが読めないな…、まったく…。


アクアスに連れられたニキと合流し、私達は警戒しながら朽ちた門をくぐった。



-1階-


亀裂の入った石畳の上にはガレキが散乱としており、刃折れの剣が下敷きになっていた。外側も酷かったが…内側なかも相当なものだ…。


少しの間周囲に気を張ったが、特に生物の気配が感じられない為、私達は砦の内部へと歩を進めた。


倒れたままの棚に壊れた椅子…崩れた天井…破れた旗らしき布…、まともに床を歩けもしない…。昔の私の家を思い出す。


「軌跡は見えるか? どっちに進んでる?」


「奥の階段から上階に進んでいるようです」


「なら早速行ってみようニ」


ガレキの上を飛び移りながら奥へと進み、今にも崩れ落ちそうなボロい階段を慎重に上っていく。



-2階-


ここも1階同様の有様…、なんなら所々床が抜けていてより酷い…。アクアスによれば、軌跡はまだ上に続いているそうだ。


余計な探索は体力を無駄に使うし、素直に辿っていくのが最善だろう。私は3階への階段に一歩足を置いた。


「2人共ちょっとこっち来てニ…! なんか奇妙なのがあるニ…!」


「奇妙…? っつかアイツまた勝手に行動しやがって…」


呆れながらニキの声がする一室に向かった。入り口をくぐってすぐの場所で、ニキは左上を向きながら硬直していた。


外から室内を見る限り…特に変わった様なものはないように見えるが…。一呼吸置いて私達も部屋の中に入った。


「何が奇妙…──うわっ…!? ほんとじゃ…!? なんだこれ…!?」


「ええっ…!? これって…絶対あれですよね…!?」


視線の先にあったのは…天井からぶらんっと垂れた脚…。ズボンと靴を身に付けていることから…知性生種の脚なんだろうが…、いやどういう状況…?


この持ち主生きてる…? ピクリとも動かないけど…、あれなんかどっかで似たような光景を見た事があるような…。 ※ニキ


ひとまず生きているかを確かめるべく…少し離れた位置から衝棍シンフォンの石突でツンツンと小突いてみる…。


「んおっ? 何かが下に居る気配がすんな、ヤバッ、肉食生物だったら俺終わりじゃね? …嫌だァァァ…! こんなとこで死にたくなァァァい…!!」


脚の主は2階にも聞こえる程の大きな声で叫び、脚をバタバタを動かし始めた…。


「…な…なんなんだ…、コイツ…」



──第15話 遺物〈終〉

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