第12話 草原の危険生物

“──ガタンガタンッ…ガコンッ!”


「ぐはァ…っ!? 背中強打しちまった…痛ェ…」


「大丈夫だか? ここいら悪路だからぁ、揺れには気を付けるだよ」


私達は落下した石版の目撃者である〝ナップ〟という名の冒険者に会うため、グラードラ草原の東側にある〝カトラス砦跡〟に向かっていた。


一応出発前に村の全員に聞き込みをしてみたが手掛かりは0…。周囲を高い壁に囲まれていては…見える景色にも限界があるし仕方ないが…。


そして現在は馬車の荷台に揺られながらシヌイ山を下っていた。道がデコボコしているせいで…腰やら背中が痛い…。


当初は飛空艇で向かう予定だったが、マットさんが言うには草原に生息している生物は好奇心が高く恐れを知らない為、停めた飛空艇に群がってきてしまうそうだ。


そこに大型の動物・魔獣が含まれていると…飛空艇が廃材の山に早変わりしてしまう…。なので麓まで馬車で送ってもらい、そこからは徒歩で砦跡を目指す。


「見えてきただよ、あれが〝グラードラ草原〟だべ」


岩や土ばかりだった視界に飛び込んできたのは、どこまでも広がる一面緑の大地。危険生物が居なければ…心の安らぐ綺麗な場所なのに…。


何はともあれ草原が見える場所まで到着した私達は、素早く荷台から降りて、村に戻っていくマットさんを見送った。


「さてさて、そんじゃぼちぼち向かいましょうかね…。ハァ…なんだって私達がこんなことしなくちゃなんだ…」


「仕方がありませんよ…、いつ帰ってくるとも分からないナップ様を待ち続けていては…何度日が暮れてしまうか分かりませんから…」


「そうニよ。それにニキ達がパパパッ!と見つけちゃえば済む話ニ! 気を落とさずにテンション上げて行こうニ♪ 風が気持ちいいニ~♪」


能天気なニキを見ていると…不思議と面倒な気持ちが薄れていく…。こういう前向きさに全振りな奴が少し羨ましい…。


まあ肩を落としてても埒が明かないし…いっちょ気合い入れていきますか。これでもし大した情報が手に入らなかったら、ナップとやらを埋めて帰ろう。


「さあさあ元気出して行くニよ~! 大冒険のスタートニ~!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「疲れたニー…! 休みたいニー…!!」


「おうおう最初の元気はどうした、さっき昼飯食べたばっかだろ」


後ろのシヌイ山が遠く見える場所まで歩いてきた私達。途中昼食を挟み、砦跡を目指してひたすら歩き続けていた。


正確な場所が地図に表記されていなかった為…シヌイ山からどれだけ離れているのかは分からないが、まだ4分の1程も進んでいない気がする…。


スタート地点からほとんど景色が変わっていないのが原因なのだろう…。ニキにはああ言ったが…私とアクアスにも疲れが溜まってきているのも事実だ…。


「仕方ねえ…少し休むか…」


「賛成ニー…!」


高さ17フィート(5メートル)程ある大きな岩の陰に腰を下ろし、ストレッチで脚が抱えた疲労を癒していく。


普段移動は飛空艇任せだし…、歩いたとしても精々家から王都までの往復くらい…。ふくらはぎパンッパンでキッツい…。


「こんなに歩いたのは久々ですね…、運動不足を痛感致します…」


「オマエ等もやっとけ…この後は日暮れまで一切休憩なしで進み続けるからな…」


「ヒィ~…、過酷な大冒険ニ~…」


私は脚を揉みほぐしながらどこまでも続く草原を見渡し、周囲に危険な生物が居ないかどうか確認する。


ここまでの道中では特に危険と出くわさなかったが…いつその平穏が崩れ去るかは分かったもんじゃない…。


常に警戒しておかないと…──


“──キーン…!!”


こういうことになるんだよなァ…!!


「後ろだオマエ等離れろ…!」


「ひゃあ…?!」

「ニ…?!」


アクアスの腕とニキの脚を引っ張って急いで岩陰から飛び出した。直後地面が揺れ出し、大きな音と共に大岩が動き出した。


地面の下から出てきたのは柱の様な6本の脚に巨大なハサミ、そして申し訳程度のつぶらな瞳…。


「カカ様…このデカいカニは…!?」


「〝オオイワショイクラブ〟だ…! 知性生種も襲う肉食の甲殻類…!」


「 “ギュワワーーーーー!!!” 」

< 動物〝岩背蟹いわせがに〟オオイワショイクラブ >


体の表面に岩を纏い…ひときわ巨大な岩で胴体を守る…──話には聞いたことあるが…いくらなんでもデカすぎる…!


「ああっ…?! ニキのリュックがァ…?! ってかケツ熱いニ…! 地面と擦れて燃えそうなくらい熱いニ…!」


「すまん…、ほらオマエ私の方に脚向けながらストレッチしてたから…咄嗟に引っ張れそうなのが脚しかなかったんだよ…」


背後から〝音〟が聞こえたものの…まさか地面の下から現れるとは想像していなかったがために、岩背蟹オオイワショイクラブの足元にニキのリュックを置いてきてしまった…。


岩背蟹がこっちに向かって来てくれれば…その隙にリュックを回収できるのだが…、思い通りに動いてくれるだろうか…。


「… “ギュワワーーー!!” 」


「うお…っ!? 全員伏せろ…!!」


何の前触れもなく突然前方に跳んだ岩背蟹。大きく開いた右のハサミが…これから何をしようとしているのかを明確な殺意と共に物語っていた。


私の指示で一斉に地面へ伏せると、さっきまで3人の胴があった場所を勢いをよくハサミが通過していった。


追撃がくる前に各々距離を取り、私とアクアスは武器を構えた。どうやらコイツは私達を食す気満々…、あの俊敏性を前に…ただ背を向けては逃げられない…。


…っとなれば仕留める他ない…! 弱肉強食の世界…恨みっこなしだ…!


「私はアイツを叩く…! アクアスはその場で待機だ…! 様子を見ながらサポートに徹してくれ…!」


「かしこまりました…! 十分お気を付けて…!」


「ニキもやるニよー! 粉々にしてやるニー!!」


私は衝棍シンフォンを回しながら旋回する様に左側から岩背蟹へと近付いていく。ニキも反対方向から近付いていて、きっとリュックを回収する気なのだろう。


岩背蟹は左右それぞれの目で私とニキを視認すると、再び前触れもなく私に向かって跳んできた。狙いは私の方か…いいぞかかってこい…!


大きく開いた左のハサミを、今度は斜め上から振り下ろしてくる。さっき躱されたのを学習しての行動か…、まあ無駄だがな…!


私は身を屈めながら体をくるっと回して右に避け、地面に叩きつけられた岩を纏うハサミに、渾身の一撃を浴びせる。


「〝震打しんうち〟…!!」


「 “ギュワワ…?!” 」


強烈な衝撃をハサミにお見舞いした──筈なのだが…、全く手応えがない…。叩いた箇所を見てみるも…精々纏う岩に亀裂が入る程度だった…。


想像以上の硬度…予想だにしなかった効き目の薄さに動揺してしまった…。一瞬体が硬直した私に、右のハサミでの反撃がくる。


「ニー!! 〝リュックハンマー〟!!」


一か八か受け流しを試みようとした時、岩背蟹の背後からジャンプしてきたニキの攻撃で難を逃れられた。


地面に思いっ切りめり込むハサミ…、だがそれでも僅かにひびが入るだけ…。きっと岩に見えるだけで岩じゃないのだろう…、何かの鉱石かもしれない…。


「ニキ! ハサミが使えない今のうちに顔面に一発食らわせるぞっ!」


「よしきたっ! ばっちこいニ!」


私とニキは同じタイミングで顔に向かって跳んだ。だがやはり多少知性があるのか、私達の狙いにすぐさま勘ずき、頭を下げて岩での防御に転じた。


ならお望み通りその大岩にくれてやる…! 叩くよりも強烈な…より内部を壊す一点集中の突き…!


「〝竜撃りゅうげき〟…!!」

「〝纏哭てんこく〟…!!」


鈍い大きな音が響き、その勢いは小さな衝撃波を生んだ。それ程の私達の攻撃の威力は、胴に背負った大岩に一番大きな亀裂を残した。


これには流石に堪えたか…岩背蟹は少し後退りながらハサミで大岩を押さえている。もう一発同じのを当てられれば、今度は完璧に砕けるだろう。


「ニキキッ! 怯んだニね! このまま押し切ってやるニ!」


「待てニキ…! 迂闊に近付くな…! 何かしてくるぞ…!」


ただハサミで大岩を押さえている様に見えるが…見ようによっては何か勢いをつけている様にも捉えられる…!


現に今ヤツの口から…何やら白い泡の様なものがはみ出してきている。私は突っ込もうとしているニキの腕を引いて左に避けた。


直後泡の塊の様なものが勢いよく吐き出され、後方の地面から突き出した岩に付着した。ベチョッとくっついたアレは何だ…? ただの泡…? それか吐しゃ物…?


いずれにせよ触らぬ神に祟りなしだ…、誤って踏まないことだけ頭に入れておこう…。もし強酸とかならシャレにならない…、足ドロッドロなる…。


「ニー…気持ち悪いニ…。ゲッ…?! またくるニよ…?!」


口の端からさっきの白いのが溢れ出しながら、こっちに狙いを定めている。さっきは運良く避けられたが…この距離じゃ躱せるかどうか怪しいラインだ…。


吐き出してくるより速く…華天かてんを頭部に決められれば攻撃を止められるか…?! クソ…どうする…?!


「──〝炸裂弾さくれつだん〟…!!」


「 “ギュワーーー??!” 」


武器を失う覚悟で衝棍シンフォンを投げる構えを取った直後、岩背蟹の背中が爆発し、そのおかげで発射された白い液体は的外れな方向に飛んでいった。


ナイスアシストだアクアス…! 流石は私の頼れるメイド…!


「チャンス再来ニ…! 食らえニ…! 〝凍晶液とうしょうえき〟…!!」


怯んだ隙を突いて、ニキはハサミを踏んづけて上に跳び、ポケットから取り出した瓶を岩背蟹に投げつけた。


硬い岩で瓶が割れ、中に入っていた透き通った水色の液体が勢いよく飛び散る。すると液体が触れた箇所が瞬く間に音を立てて凍りだし、体の大部分を氷が覆った。


「オマエ何投げた…!? 初めてみたぞあんなの…!?」


「あれは氷点下の場所にしか咲かない〝凍雪花スノモア〟の蜜ニ! …なんて悠長に説明してる場合じゃないニ…! 今のうちにもう一回攻撃するニよ…!」


「おっおう…! 任せろ…!」


身動きが取れなくなっている今のうちに、もう一度強烈な攻撃を叩き込む。さっきの攻撃で入ったひびと凍結状態…これなら砕ける…!


「〝竜撃りゅうげき〟…!!」

「〝纏哭てんこく〟…!!」


背負う岩の前面に叩き込んだ攻撃は、物凄い音と共に一瞬で岩全体に大きな亀裂を入れ、17フィート(5メートル)もある大岩を砕いた。


破片が四方に砕け散り、ようやく本体のゴツゴツとした背中を捉えることができた。これで邪魔な鎧が消え、止めの一撃を浴びせられる。


頭の上で衝棍シンフォンを回し、がら空きになった背中に思いっ切り震打しんうちを食らわせようと振り下ろした。のだが…──


「── “ギュワーー!!” 」


「うお…!? コイツ急に俊敏になったぞ…!?」


私の渾身の攻撃は、直撃する寸前に後方へ跳んで躱され…空振りに終わった…。ただでさえ速かったというのに…更に速度が上がったように見える…。


鎧は消えたが…逆に重りも消えたってことか…。今の攻撃で全身を覆う氷も全部砕けたし…、厄介の方向性が変わったようだ…。


6本脚でズシンッと着地すると、今度は同じ速度で跳び掛かってきた。敵意剝き出しの広げた右腕がすぐそこまで迫ってくる。


「危ないニー! 〝リュックシールド〟…!!」


追撃の為に少し前へ出ていた私とハサミの間に飛び出したニキは、ドでかいリュックでハサミの直撃を防いでくれた。


…が流石に全ての力を受け止めることは叶わず…、私とニキの体は勢いよく右方向にぶっ飛ばされてしまった…。


20フィート(6メートル)ぶっ飛び…地面に叩きつけられ、草の上を転がって止まった…。受け身に失敗して頭を打ったせいか…頭部から血が流れている…。


だが頭は痛いが意識はハッキリしてるし…、他は擦り傷…悪くても打撲…。骨折はしてないっぽいのが幸いだ…。


体を起こしてニキの方に目を向けると、岩の隣で体を起こすニキが見えて安心した。ニキも頭を押さえているが…出血してないだけ私よりも軽傷だろう。


「…平気かニキ…? 腕とか脚…折れてねえか…?」


「ニ~…、ニキは余裕ニよー…。むしろカカの方がしんぱ…──」


“ベチャッ…”


「ニ…?」

「はっ…?」


ニキは立ち上がろうと岩に右手をついたのだが…、そこには…岩背蟹が吐き出した白い体液が付着していた…。


そうそれは一番最初にヤツが吐き出した体液…、私がニキの腕を引っ張って躱した体液だった…。そういえば岩に付着してたな…。


ニキは手を離そうと引っ張るが…全く離れる気配がない…。つまりあれは…泡でも吐しゃ物でも酸でもなく…、強力なだったわけだ…。


「バカタレー…?! 何やってんだオマエはっ…?!」


「こればっかりはしょうがないだろニ…?! 絶対カカも気付いてなかった癖ニー…! ってかこれどうすればいいのニ…!? 万事休すニー?!」



──第12話 草原の危険生物〈終〉

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