第13話 突と槌と銃弾と

「いけ…! 引き剝がせ…! 今こそオマエの怪力の見せ所だァ…!!」


「ニーー!! …全っ然離れないニーー!!」


ニキは顔を真っ赤にして手を引き剝がそうと力を込めるが…全くびくともしない…。血管プッツンいきそうな程力んでも…全く離れる気配がない…。


岩背蟹ヤツが纏う岩も…恐らくあの粘液でくっつけているのだろう…。そう考えればあの粘着性の強さも頷ける…、やはり引き剝がすのは絶望的に難しいようだ…。


「 “ギュワワーー!!” 」


ニキが動けなくなったことを察してか…ガチガチとハサミを鳴らし、咆哮を上げてこっちに猛進してくる…。


「…流石に黙っててはくれないか…。アイツは私とアクアスで何とかするから…! オマエは何とかして抜け出せ…! …ただし守り切れる保障はないからな…」


「ニー…善処するニー…」


ニキを一旦放置し、衝棍シンフォンを回しながら猛進してくる岩背蟹に向かっていく。頭痛が酷いが…気にしてる場合じゃない…。


横振りの巨大なハサミをスライディングで躱して顔の前に出ると、岩背蟹ヤツは口を開けてそのまま喰らいつこうとしてきた。


石突で地面を突き、その勢いで体を浮かせたことでギリギリ回避できたが…今のは少し危なかった…。生きた心地がしなかった…。


巨大な体を飛び越え、地面に着地して後ろへ走ると、合わせて岩背蟹ヤツも振り向いて私を追って来る。


「カカ様そのお怪我は…!? ニキ様はどうなされたのですか…!?」


「説明は後だ…! 今はコイツを何とかしてくれ…! 追いつかれるゥ…!!」


岩が剝がれ防御力が無くなった分、俊敏性が増して走力で敵わなくなってしまった…。反撃に転じる為にも…一度距離を取りたい…。


「衝撃に備えてくださいカカ様…! 〝炸裂弾さくれつだん〟…!」


“ボォーーンッ!!”


「うぉああ…?!!」


すぐそこまで迫ってきていた岩背蟹にぶち込まれた炸裂弾は、強烈な爆風を生んで私の背中を押した。背面が焦げそうなくらい熱い…。


炸裂弾の爆発は大岩の鎧が無くなった生身には堪えたらしく、岩背蟹はよろよろとおぼつかない足取りで後退った。


そして私も爆風の強さに耐えられず…正面から思いっ切り地面に転んだ。ふかふかの草原とは言え小石も混ざってるから…顔をそこそこ擦ってしまった…。


「カカ様大丈夫ですか…?! 頭から出血が見られますが…どこか異変はございませんか…!? 頬にも擦り傷がありますし…」


「ああ、それは今のだ、頭の出血も今の所は問題ない。むしろニキの奴が問題だ…、岩背蟹アイツの粘液に触っちゃって手が離れねえんだ…」


「えっ…どういう状況ですかそれ…? 何故そのような事に…?」

「さあ…? 神の悪戯…?」


あそこまで見事に粘液が付着した岩の方にぶっ飛び…更にその岩の隣でピタリ止まるなんてもう出来過ぎてる話だ…。


しかもそこからガッツリ手を付くまでの完璧な流れ…、もう仕組まれてるだろ…何かしらの疫病神に…。


〝ギュワワッ!! ギュワーーー!!!〟


岩背蟹は何やら大声を上げ始め、ただでさえ赤い甲羅がより一層真っ赤になっていた。気性もさっきより荒れている様子…どうやら怒らせてしまったようだ…。


「…大岩が無くなったというのに…炸裂弾を受けても精々ひびが入る程度ですか…。あの甲羅も相当硬いですねカカ様…」


「だが効いてることに違いはないし、衝棍シンフォンなら問題なく仕留められる…! 警戒すべきはあの俊敏な動きだな…、どうすっか…」


岩背蟹は6本の脚を素早く動かして足踏みしており、完全に怒りに飲みこまれている…。きっと俊敏性も上がっている筈だ…。


“──キーン…!”


「くるぞ…! アクアスは脚を狙って機動力を奪ってくれ…!」


「かしこまりました…! 必ずやご期待に応えてみせます…!」


私は先に仕掛けられる前に前進し、アクアスから距離を取った。それと同時に岩背蟹ヤツも私に視線を合わせ、バッ!と跳びかかってきた。


高く跳んだ岩背蟹は今までの横振り攻撃とは違い、ハサミをハンマーの様に真上から叩きつけようとしてくる。


私は足を止めて振り下ろされようとしている攻撃を待ち構え、ハサミの側面に震打しんうちをぶち当てた。かなり力業な受け流し…、腕が軽く痺れる…。


初撃が失敗に終わると、今度は体を傾けて3本の脚で踏みつけようとしてきた。流石にこれを受け流すのはリスクが大き過ぎる為、私は急いで懐に潜り込んだ。


このまま腹に一撃いれてやりたいが…、巨体とはいえ…腹と地面の間は屈まないと入れない程度の隙間しかない…。私は姿勢を低くしたまま背後へと抜けた。


そして振り向かれる前に一番後ろの脚に震打しんうちを叩き込んだ。だがやはり岩に亀裂が入るだけ…、やはり私が狙うならがら空きの背中しかないわけか…。


“──キーン…!”


右側から〝音〟…きっと振り向き様にハサミで攻撃してくるつもりだろう。次の行動を先読みし、私は後ろに退いた。


“バキュン…ッ!!”


岩背蟹は予想通りの攻撃を仕掛けてきたが、ハサミが私の頭上を通過するより早く、岩背蟹の体は斜めに崩れ落ちた。


お願いした通りにアクアスが脚を撃ち抜いてくれたようだな。脚を動かす為に唯一硬い岩で覆われていない関節部をピンポイントに…流石だアクアス…!


私はすぐに走り出して、止めを刺しに接近していった。だがやはりそう簡単に近付かせてはくれないようで…、岩背蟹は両方のハサミを伸ばして行く手を阻む。


片方ずつなら強引に受け流して突き進めるのだが…、また一か八かの賭けに出るしかないようだ…。 なんだって私の戦いはいつもこうなんだ…。


だが言ってても仕方がない…、アクアスの攻撃じゃ岩背蟹コイツを仕留めれないし…私がやるしかない…!


ガチガチと音の鳴る双手のハサミとの距離が縮まっていく…。予想外の事さえ起きなれば…あのハサミを突破した時点でほぼ私達の勝ち。


逆に失敗すれば…死ぬのは私…。──いいぜ…やってやる…! オマエのハサミを見切って…私が止めの一撃をお見舞いしてやる…!


「──…ニーーー!! 〝ロックハンマー〟!!」


“ズドーーーーン!!!”


「うおっ…!? ニ…ニキ…!? オマエそれ…?!」


私とハサミが間もなく接触するそんな時、身動きが取れない筈のニキが突然岩背蟹の背後から跳んで現れ、自分よりも大きな岩をハサミに叩きつけた。


その岩には例の粘液が付着していて…ニキの腕もくっついたまま…。まさか…地面に埋もれていた岩引っこ抜いてこっちまで来たのか…!? 怪力が過ぎる…。


だがハサミを2本同時に私へ向けていたが為に、2本とも綺麗に岩の下敷きになったのは実に好都合だ。


私は岩の上を駆け上がって跳躍し、岩背蟹の背中の上に出た。衝棍シンフォンを回して勢いを溜める──止めの一撃に全てを乗せる…!


しかし岩背蟹はまだ諦めず、私に顔を向けて粘液を吐こうとしている。これはヤバい…全身を粘液で覆われれば…動けなくなるどころか窒息してしまう…。


「〝炸裂弾〟…!」


「 “ギュワワッ…!?” 」


発射される直前…顔を上げたことでアクアスの炸裂弾がもろに頭部へ直撃し、粘液は私の横すれすれを通り過ぎた。


「うらァアアア…! 〝竜撃りゅうげき〟…!!」


背中のど真ん中に放った渾身の力を込めた一撃は、手応え十分…衝撃が私の体にまで走る程だった。地面にも亀裂が入っている。


如何に硬い甲羅を持とうとも…内部に響く衝撃は防げない…。当然これに耐えられる筈もなく…、岩背蟹は地面に伏して動かなくなった…──。








「お怪我は痛みませんか…!? 吐き気は…!? 目眩は…!? ちゃんとわたくしの声は聞こえておりますか…!?」


「うん…一応大丈夫だ…。脳内麻薬エンドルフィンが切れて若干体がだるいけど…命に別条はない筈だ…心配ありがと」


無事(?)に岩背蟹を仕留め難を振り払った私達は、先を急ぎたい気持ちをしまってその場に留まることにした。


私はアクアスに応急処置を施してもらい、グルグルに巻かれた包帯をさすった。目立った怪我をしたのが私だけだったのは幸いだ…、とにかく皆無事で良かった。


「どうだニキ、手は取れたか?」


「全然取れないニ~…。だから今水かけてもらおうとしてるニ…」


「う~ん…ニキ様ァ…! 水筒はリュックのどこらへんに入れておられますか…?! 色々と入ってて…──あーもう汚いです…!」


私の応急処置を終えたアクアスは、次にニキへと手を貸していた。ニキのリュックに両手を突っ込んで探しているが…一向に水筒が見つからないらしい…。


綺麗好きなアクアスが悶えてんなあ…、可哀想に…。なんだか見てられないから私も手伝おう…手当てのお返しだ…。


アクアスの横に立ち、背伸びをしてニキのリュックを覗き込んだ。中には知らない鉱石や謎の骨…怪しい瓶に何かしらの角らしき物までより取り見取り…。


「なるほどな…こりゃ悶えるわけだ…。私が探すから、アクアスはリュックを少し傾けてくれるか? ニキみたいに上半身突っ込みたくはないんだ」


「それはお安い御用ですが…、この惨状ですと2人で探した方が…」


〝この惨状〟ときたか…、中々どぎつい言葉放つなぁ…。そんでニキオマエは何をちょっと照れてんだ、痕残るぐらい殴るぞ。


私は右腕をリュックの中に突っ込み、物を掻き分けながら奥の方に手を伸ばした。


「ほらあったぞ水筒…ったく、普段から割と使う物なんだから…もっと上の方にしまっとけよな」


「えっ…もう見つけられたんですか…? それもほんの一瞬で…流石ですね…」


なんかアクアスの表情が若干引きつって見えるのはなんでだ…? あとなんでニキオマエまで引きつってんだ、飛び蹴りすんぞ。


「なんかこの散らかり具合が懐かしく思えてな…──覚えてるか…? オマエを雇う前の私の家に似てるだろ…?」


「言われてみれば確かにそうですね…、当時の情景が浮かびます…」


「ニキがこう言っちゃなんだけど…結構ヤバいニよねそれ…」


世間一般的に言う〝ゴミ屋敷〟って感じではなかったのだが…、読んでそのままの本が積まれ、使って片付けられなかった道具があちこちに置かれていた…。


例えるならそう…〝おもちゃ箱〟みたいな感じかな…? まあ私は当時自分の家が散らかってたなんて思ってもいなかったけど…。


「一見ごちゃついてても、意外と本人にしか分からない定位置みたいなのがあるんだよな? 分かるぞ私には、だから見つけるのも簡単だぜ…!」


「…確かリュックの中はカカ様も今初めてご覧になられた筈ですよね…? 分かりますそれで…? もはや何かしらの才能ですよカカ様…」


「持ち主のニキですらそんな定位置みたいなの知らんニよ…? ってか無いニよ…? カカは何を感じ取ったのニ…?」


あーだこーだ言ってくる2人の言葉に耳を塞ぎ、私はニキの右手に水筒の中身をかけた。理解されなかった不満も込めてたっぷりと。


水をかけると、粘液はドロォ…っとなんか汚く溶けだした…。粘液が水性で助かったな…、もしこれで無理だったら諦めて放置してたかも。置き土産だ。


「やったニ! ようやく解放されたニー! ──もうこんな体験こりごりニ…」


「まあ…良かったな助かって…。そんじゃそろそろ出発するぞ、少し時間を使い過ぎた…。入相いりあい頃までもう休憩はなしだ…」


「えーーっ…!? そんな殺生ニー…?! クソォ…コイツのせいでニキ達の休憩がパーになるなんて…、腹立つから脚もぎ取って夕飯にしてやるニ…!」


休憩を奪われたニキは怒り、両手を上がて動かない岩背蟹に向かって走っていった。その体力を歩行に回せばいいのに…。


ってかあのデカい脚持って歩くつもりなのか…? より一層疲れるだけなんじゃないだろうか…、持つの私じゃないから別にいいけど…。


“──メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメ


「ホントにもぎ取るつもりなんでしょうか…ニキ様は…」


キメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキ


「そうなんじゃない…? ほら見ろよ…もう千切れてきたぞ…」


メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメ


音を立てながら胴体と離れていく脚…、よくあの巨体の脚を素手でいけるなぁ…。アイツ確かノコギリ持ってたよな…? それ使えよ、ってかうるせえな音…。


キメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキ…──”


「ニキキッ♪ 立派なのが取れたニ♪ これにソース塗って食べたら美味しそうニね♪ ──ニッ? カカー! アクアスー! ちょっとこれ見てくれニー!」


ニキが蟹の腕をもぎ取ったのを確認し、出発の用意をしていると、ニキが何やら私達を呼んでいる。反応的に何か見つけたっぽいが…。


私とアクアスはハサミを乗り越え、ニキが指差す方向に目を向けた。何を指しているのかと思えば、それは岩背蟹の脚の一本だった。


「これがなんだよ…? オマエがもぎ取った腕よりこっちのが身が詰まってるとかか…? 正直どっちでもいいぞ私は…」


「違うニ、そんなくだらない事じゃないニ。コレニよコレ…! この甲羅にくっついてるニよ…! よく見てみるニ…!」


ニキに強く言われ、私はもう一度念入りに他の脚についている岩と見比べて観察してみた。すると確かに…その脚の岩にだけ違う点が見つかった。


脚に限らずハサミや背中にくっついていた岩は、どれもゴツゴツとした形の不揃いな岩だ。だがニキが指差した脚の岩だけは、妙に形が整っている様に見えた。


平たく加工された岩を重ねて作られた壁の一部の様な…、これは明らかに自然生成された物じゃないな…。


岩背蟹コイツがこのだだっ広い草原のど真ん中で…どうやってこんな文明物と出会ったのか…──理由は1つしかないな…」


「そういうことニ…! つまりコレは…間違いなく〝カトラス砦跡〟の一部ニ…! そしてそれが見つかったということは…! 正確な方向を知れるってことニ…!!」


そう言うとニキは手を当てて目を瞑り、能力チカラを使い始めた。私とアクアスはその光景を黙って見守り続ける。


少し経つと、ニキは手を離して立ち上がった。なんか誇らしげな笑みを浮かべているのを見るに…きっと成功したんだろうな、良かったね。


「どうだ? 私達の進行方向はあってたか?」


「う~ん…ちょっと逸れてたニね…。でも砦跡はニキ達の進行方向から〝観録北北西かんろくほくほくせい〟の位置にあるニから…まあ誤差の範疇ニよ」



 ≪観録〇〇≫

対象者の見ている方向、もしくは進行方向を〝北〟に置き換えて方向を表す言葉。東が右、西が左、南が後ろとなり、16方位でより詳しく方向を伝えられる。

地球で言う〝クロックポジション〟と同義。



やや右側に逸れてたっぽいな…、まあニキの言った通り誤差だから問題はないが。


私は衝棍シンフォンで少し砕いて、破片をニキに手渡した。これでいつでも位置を確認できるようになるだろう。


「よーし♪ 方向が分かったなら前進あるのみニー♪ 砦跡に向かって出発ニー♪」


「やれやれ…お気楽な奴だ…、そのテンションがいつまで持つか見物だな」


「頑張って蟹の脚運んでくださいねニキ様」



── 第13話 突と槌と銃弾と〈終〉

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