第10話 シヌイ山

‐朝‐


「おはようございますカカ様…ニキ様…」


「おはよーニー♪」


「おはよう、アクアス」


王都に到着した翌日の朝、私達は早速ニキが指し示した “シヌイ山” へと飛空艇を飛ばしていた。


飛行を始めて少し経った頃、物置部屋のハンモックで眠っていたアクアスが、眠い目をこすりながら階段を降りてきた。


「カカ様…今日は珍しく朝早かったのですね…。いつもはわたくしが起こすまで絶対に起きませんのに…」


「そりゃ私とニキは昨日入相いりあいに眠りについたからな! あんだけ早く寝りゃ起こされずとも起きれる! 褒めてもいいぞ?」


「普段から自分で起きろニ」


褒めなかったニキの頬をつねり、まだ若干頭が働いてないアクアスの髪をとかす。魔獣のいない雲上での穏やかな朝──危機感が薄れていく。


あの怪物がまた襲ってくる可能性もあるが…まあ少しくらいくつろいでも大丈夫だろう。どうせ目的地に着いたらゆっくりしてられないだろうしな。


「アクアスも起きてきたんだからそろそろ2人の能力チカラも教えてくれニ。ニキだけは不公平ニ!」


「そういや言ってなかったな、いいぞ教えてやる」


初めての理解者に出会えたことで、昨日のニキはずっと喜びに打ち震えていた。昨日のうちに教えようとしたけど、なんか全然話聞いてくれなかった。


さながら絵本に出てくる小鬼のように、終始両手を上げて子供のように艇内を走り回ってた…。


「アクアスはどんな能力ニ?」


わたくしは “軌跡を視認する” 能力チカラを持っています」


「ニ…? イマイチ分かんないニ…」


アクアスの能力チカラを簡単に説明すると、生物の足跡や物体の軌道を視認できる…らしい本人曰く。


投げた物に正確に銃弾を当てられるのも、その能力チカラがかなり影響しているそうだ。ようはアクアスからは逃げられないってことよ、簡単に言うと。


「銃使いのアクアスにはピッタリな能力チカラニね! とりあえずアクアスには逆らわないようにするニ!」


「おう、間違いないぞ。絶対に逃げきれないからな」


わたくしをシリアルキラーのように言うのはお止めください…。わたくし知性生種ちせいせいしゅは殺さないと決めてるんですから…」


でもたまに魔獣を狩って帰ってくる血濡れのアクアスは本当に怖い…。その気が無くともビクッてする…。


「カカはどんな能力チカラなのニ?」


「私は “危機を聞き取る” 能力チカラだな」


「なるほど、よく分かんないニ! 説明頼むニ~」


アクアスのと比べて私のは分かり易い方だと思うんだが…、まあ説明しようか…。


“危機を聞き取る” 能力チカラは──その名の通り、自身に迫ってくる危機を〝音〟で察知できる能力チカラだ。


あくまでに関係する危機しか聞き取れず、見えるわけじゃない為、迫ってくる危機がどんなものなのかは分からない。


質の悪い未来予知の様な能力ものだ。便利だがON・OFFが利かず…前触れもないから心臓にも悪い…。正直なんとも言えない…。


「だからあの時──化け物が雲下から出てくるよりも前に…その存在に気付けたニね! ベテランの勘っわ…!って思ってたニ」


「そういうことだ。実はオマエよりも先に私等の方が披露してたわけだ」


私とアクアスの能力チカラの説明が終わり、アクアスの髪も整え終えた私は、テーブルの上リーデリアの地図を広げた。


「さてさて、そんじゃ全員揃ったし、これからの動きについて話そうか」


シヌイ山は、出発前にグヌマさんが〝動物と魔獣が多く生息している起伏の激しい山〟だと教えてくれた。


急な傾斜と凶暴な魔獣のダブルパンチで、リーデリアの住民達でさえ登頂の困難な山とされている。


「これからの動きって…このままシヌイ山に直行するのではないんですか…? その前にどこか寄る場所でも…?」


「シヌイ山に直行してもいいんだが…、小さな集落でもあれば良いなと思ってな。流石に山全体を地道に探して回るのは骨だ…、心が折れる…」


要は聞き込みをして、石版が落下した大まかな位置を知っておきたいのだ。でないと探し出すのにガチで半月以上掛かりそうだから…。


「草原は魔獣に見つかりやすいから集落はないだろうし…あるとすれば山間ニね。結局最初は山に行かないとならないニよ?」


「そうか…、なら信じて山まで行ってみるか。そんでぐるっと一周回ってみて、もし集落がなかったら…、アクアス…後は頼んだ…」


わたくしに全任せですか…!? 嫌です…! その時は引きずってでも連れて行きますからね…!!」


4割冗談はさておいて、山に集落がなかったら本気で途方に暮れる羽目になる…。そこも含めてグヌマさんに聞いておけば良かったな…。


しかし…草原と比べればそりゃ山間の方が魔獣との遭遇率は落ちるが…、それでも傾斜のキツい場所に住もうと思う奴等がいるか…?


標高の高い場所に居住区を築く “天翼族エピィ” や “天族シラ” ──洞窟の様な場所を好む “地穴族グード” なら分かるが…、はたして蟲人族ビクトがそんな場所に住むだろうか…。


蟲人族ビクトの他にどんな種族がリーデリアに住んでるかも聞いておけばよかった…。せめて人族ヒホを嫌う種族がいないことを願うばかりだ…。


「…ニ! あれそうじゃないかニ! 着いたんじゃないニか!」


ニキに言われて前を見ると、遠方の方に薄っすらとそれらしき大きな影が見える。大陸で2位の大きさなだけあって、山頂は雲よりも高い。


いつの間にか飛空艇は草原の上を飛んでいて、平原の中にそびえ立つ山は一層雄大さを放っている。


「ニキ様が仰っていた通り…平原にそれらしき集落は見えませんね…。やはりあるとすればシヌイ山でしょうか…」


「そうだな…、まずは行ってみよう。全てはそれからだ──」








-シヌイ山-


草原のような青々とした緑で埋め尽くされた山肌に、その辺りにはぶっとい柱のように隆起した大地がいくつもあった。


山の斜面を駆ける動物の群れや、護煙筒の煙を嫌って遠ざかる空飛ぶ魔獣など、至る所で生命の躍動が見て取れる。


これだけ生き物がいるってことは、飲み水や食糧がこの山には豊富にあるのだろう。知性生種の集落が1つくらいあったっておかしくない。


「どうだァ? 何か見えるかァ?」


[いえ、今のところは特に何も…]


[ニキも同じニー。隆起した大地が邪魔で見通し悪いニー…]


集落を探す為飛空艇を雲下まで下げたのだが…、流石に一筋縄ではいかない…。隆起した大地の間を縫うように吹き抜ける風のせいで…操縦も難しいときた…。


「こうなっちゃ仕方ねえ…もっかい雲上の高さまで上がるぞ。見にくくなるが、上から全体を覗くのが得策かもな」


[いえ待ってください…! 東の方角に何か…煙の様なものが見えます…!]


「本当か…! でかしたぞアクアス…!」


私はすぐに飛空艇を右に傾け、アクアスが見たと言う煙の方へと進んだ。


やがて見えてきたのは、隆起した大地が見事なサークルを描く不思議な場所。どうやら煙はそのサークルの内側から昇っているようだ。


一応信号拳銃で存在を知らせてみたが、待てどもそこからの応答は一切なかった。


「集落とは関係ない煙…なのかニ…?」


「いや…普段あまり飛空艇が訪れない場所だと、初めから信号拳銃を置いてないなんてことはよくある。多分あそこもそのタイプだろう」


だからと言って、飛空艇を好きに着陸していいという意味にはならない為、少し離れた場所に飛空艇を停めた。


隆起した大地からちょこっと出っ張った崖の上。ここならそこまで飛空艇は目立たないし、魔獣の襲撃を受けることもない筈だ。


早速準備を整えて、気になるあの場所に向かいたい…のだが…。


「…なあアクアス…、私の…どこにあるか知らないか…?」


「また失くされたのですか…!? ですからあれほど使った後はすぐに元の場所に戻すようにと言っておりますのに…!」


「いやあ…すまんすまん…、ちょっと探すの手伝ってくれ…ハハハッ…」



           ~捜索中~

     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「どうして普段立ち入る事の少ない積荷置き場の…! それもあとは捨てるだけの空箱の下から見つかるんですか…!」

「いやあ…ちょっと覚えてないなぁ…」


「せめてもう少し分かり易い場所に立て掛けておくとかしてくださいよ…! どこにでも置いていい物じゃないのはカカ様が一番分かっておりますでしょう…?!」

「仰る通りで…、反論の余地もありません…」


「今後はわたくしが管理致しますので…! カカ様は使い終わり次第、すぐにわたくしのところに届けてください…! いいですね…!!」

「はい…仰せのままに…」


「もうどっちが主か分からないニね…。初めて見たニよ…メイドの前で正座して怒られる主の姿なんて…」


アクアスからの猛説教が終わり…ようやく私達は飛空艇から降りた。もうじき明昼あかひるの頃だが、山腹なだけあってかひんやりとしている。


吹き抜ける優しい風に運ばれて、ヤギの鳴き声らしき声が聞こえる。見える景色は文明の手が一切加わっていない自然本来の姿だ。


「オオー! それがさっき探し回ってやつニね!」


「んっ? ああ、これが私愛用の長柄武器ながえぶき、 “衝棍シンフォン” だ」



 ≪衝棍シンフォン

片方の先端に強力な衝撃を生み出す “震重石しんじゅうせき” が取り付けられた、細長い棍棒の形状をした長柄武器。上級者向き。



「しかも取り付けられてる震重石のその大きさ…もしかしなくても結構お高い高級品じゃないニ…?」


「んー…どうだったか…、コレ貰いもんだからなぁ…。でも確か…かなり良い品だとか言ってたような気も…」


一般的なリーズナブル価格の衝棍シンフォンは、震重石の大きさが大体2インチ※5cmなのに対し、私のはその倍の4インチ※10cmはある。


サイズに比例して生み出せる衝撃の強さも大きくなる為…、そう考えるとかなり高級品なのかもしれない…。良かった…見つかって…。


衝棍シンフォンを背中に装備し、いざという時の自衛の術も持った。私達は足元に注意しながら、慎重に地面へと降りた。


下から改めて見てみると…隆起した大地のその高さに啞然とする。どれもこれもまるで巨大な塔の様…言葉に尽くせない無為自然むいしぜんの美しさ。


美しい光景に見惚れながらも先へと進むと、やがて例のサークルの一部と思しき高い土壁に辿り着いた。


だが肝心の入り口らしきものが見当たらない。この土壁と土壁の隙間じゃ私等でも入れないし…絶対どこかにある筈なんだが…。


土壁からは岩も突き出ているし、凹凸も多いから登ろうと思えば登れるが…流石にちょっとダル過ぎる…。


諦めてグルっと一周回ってみることにした。道中ここに住んでる種族ひとと出会えれば良かったのだが…全くその気配がない…。


それどころか…半周してもそれらしき入り口が見当たらない…。だんだん私達の中で不安が膨れ上がっていく…。


「もしかしてニキ達の勘違いだったってことはないニ…? あの煙も何かしらの…この山ではよくあるただの自然現象だったりしないニ…?」


「んー…その可能性は…まあ大いにアリ…かな…。如何せん…私達はこのシヌイ山について何も知らないしな…」


もしかしたらこのサークルの内側に源泉があって…あの煙らしきものはただの湯気でしたパターンもある…。


もしそうだったらどうしよう…、いっそゆっくりと浸かるか…? 身体を温めながら次のプランでも考えようかな…?


“──キーン…!!”


「…っ! オマエ等構えろ…! 後ろだ…!!」


2人に呼び掛け、私は衝棍シンフォンを手に取って振り返った。そこには少し高い所からこちらを見つめるヤギらしき生物が1匹。


ヤギ…──私の能力チカラが働いたのはアイツに対してなのか…? なんかそこまで危険でもなさそうだが…。


「アレは… “ヨツザキゴート” ニね。肉食で凶暴な魔獣ニよ、気を付けるニ!」


聞いたことのない名に、より一層緊張が体に走る。ヨツザキ…つまりは “四裂” ってこったろ…? あのひづめで切り裂こうとしてくるのか…?


いずれにせよ警戒は必要だ…。蹄もそうだがあの立派な角も十分命に届く…、真っ正面から頭突きを食らえば…即死の可能性もある…。


気を付けよう…なにせ相手は四裂ヨツザキを謳う魔獣だ…。さぞ恐ろしい武器を秘めているに違いが…──


“ガッパァァァ…”


「 “ンメェェェェェェ…!!!” 」

< 魔獣〝口裂山羊くちさけやぎ〟ヨツザキゴート >


「ヒイィィィィ…?! オマエの口が裂けるんかい…! あのイマイチどこ見てるか分かんない目も相まってより怖い…!」


「夢に出てきそうな生々しさですゥ…! シンプルに恐怖…!」


前知識のない私とアクアスは恐怖の悲鳴を上げた…。それ程までに怖い…、ざらついた舌とびっしり生えた小さな牙怖い…。


Xの形に大きく口を開いて、こちらに明らかな敵意を示してくる。そして身を少し屈め、勢いよく地面を蹴って急接近してくる。


「私がやる…! オマエ等は少し下がってろ…!」


片手で衝棍シンフォンをぐるぐると回しながら、突っ込んでくるゴートに向かっていく。みるみるうちに距離は縮まり、ゴートは私を食べる気満々で再び口を開いた。


嚙みついてこようとするゴートの動きをよく見て、震重石のついていない石突の部分で頭部の右側を殴った。


対したダメージにはなっていないだろうが、食らったゴートは少しよろけてほんの僅かに隙ができた。


それを見逃さず、ゴートの脇腹目掛けて思いっ切り衝棍シンフォンを打ち込んだ──。


「 “震打しんうち” …!!」


「 “メェェェェェェ…?!” 」


震重石が体に勢いよく接触した瞬間、強力な衝撃が生み出され、ゴートの体は奥の岩までぶっ飛ばされた。


ゴートは気絶したのか…砕けた岩の上でぐったりと寝そべっている。口からだらんと垂れた舌がやっぱ怖いし…なんか気持ち悪い…。


「流石ですねカカ様…! 相変わらず素晴らしい腕前、久し振りでも全く腕は落ちていないようで安心致しました…!」


「いんや…ちょっと鈍ったな…。衝撃の反動で手が軽く痺れてやがるよ…」


若干指先の感覚が分からなくなる程度の痺れ…、あと数回振れば慣れるだろうか…。あとで久々にリハビリでもしよう…。


「さてさて、それじゃニキは角をかすめてくるニ! もし死んでたら他の素材も剝ぎ取ってくるニ~♪ その間に2人は入り口見つけてくれニ♪」


「ちゃっかりしてますね…、どうなさいますカカ様…?」


「どうって…、んーあー…行っちゃうかもう…! 大丈夫だろアイツなら…!」


ニキは危険地帯であるにも関わらずペースを崩さない…、これが旅商人の気概というやつなのだろう…。


止めてもきっと無駄だろうし…私は衝棍シンフォンを背に戻して再び入り口を探そうと振り返った──。


“──キーン…!!”


「…っ?! ニキ気を付けろ…! ソイツだけじゃない…! まだいるぞ…!!」


「ニ? ──うわぁぁぁ…!? ほんとニ…! ビックリしたニ…! めっちゃこっち凝視してて身の毛よだつニ…!」


少し離れた場所から、仲間の角を採ろうとしていたニキを睨む5匹のヨツザキゴート。ヘイト全部集めてるなアイツ…。


戻しかけていた衝棍シンフォンを構え直すと、アクアスも折畳銃スケールを取り出して戦闘態勢に入った。


アクアスに聞いた話だとニキも戦えるらしいが…それでも数は向こうが上…。上手く連携を取らないと…誰かしら負傷してしまうだろう…。


石版探しは始まったばかり…、こんなところで躓いている場合じゃない…!


「こいよヤギ共…! 全員返り討ちだ…! ウチの旅商人の商品にしてやる…!!」

「じゃああんまり角は傷つけないように頼むニね」



──第10話 シヌイ山〈終〉

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