第9話 石版の行方

無事リーデリアの王都ファスロに到達した私達は、兵長のグヌマさんの案内の下、あの手紙を書いたリーデリア女王のところに向かっていた。


女王は半壊した城の中に居るらしく、城の方に向かって進む。…にしたって大丈夫なのだろうか…そんな危ない場所に居て…。


城に向かう道中、改めて辺りを見渡してみると、上空からは見えなかった住民の姿があった。きっと私達を警戒して隠れていたのだろう。


反対側はまだ手付かずの状態になっていたが、こっち側は順調に民家が再建されつつある。羽を持つ者が多くいるからか、建築ペースもかなり速く見える。


「ねーねーグヌマさん、グヌマさんはひょっとして “グレートカブト” の蟲人族ビクトニ? その立派な角には見覚えがあるニ!」


「よく分かったね、その通りだ」


「やっぱりニー♪ 昔密林で迷子になった時ニ偶然見つけたことがあったのニ~♪」


住民達が街の再建に汗水流してるってのに…、どこまでもマイペースな奴だな…。


「女王様は何の蟲人ニ? 同じグレートカブトだったりニ?」


「女王様は “グラスアゲハ” の蟲人でね、この国で一番美しい。民にもお優しく、まるで女神の様な慈悲深い方だ」


確かに…ほんの少しこの街を見ただけで、女王の民に向ける想いの強さが窺える。


飛空艇の修繕より民の住居を優先する程だ、余程民のことを想っていなきゃその決断には至れないだろう。


「素敵なお方なのですね、お会いになるのが楽しみです」


「そうだな、さぞ善良の塊みたいな蟲人ひとなんだろう」


最初私達を出迎えたのが兵士じゃなくその女王だったなら、すんなり受け入れて貰えたのだろうか…。


いやむしろ国の為を想うなら兵士に任せておいた方が良いのか…? 度を超えたお人好しは悪人の格好の餌とも言うしな。


各々女王の像を浮かべながら、私達は城へと向かっていった──。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




-城内-


立派な扉を開けて中に入ると、想像通り中は荒れていた。瓦礫が所々に転がっていて、陽光が差し込んでいる箇所も見られる。


まるで廃墟…こんな場所にこの国で一番偉い方が居るとはとても思えない…。一体どんな人なんだ…?


広間を抜けて階段を上って…通路を通って階段を上って…、また階段を上って螺旋階段も上って…って多いな階段が…! ふくらはぎパンッパンだわ…!


「あの扉の奥に女王様がおられる。穏やかでお優しい方だ、緊張する必要はない」


「そ…そうは言いましてもね…ハァ…ハァ…、やはりいざ対面するとなると…ハァ…緊張しちゃいますよ…。ハァ…ハァ…」


階段を上りきった先に、一際強固な扉が現れた。この先に女王がいるそうだが…私もアクアスもニキも息が切れてそれどころじゃない…。


呼吸を整える為に少し休ませてもらい、回復した後グヌマさんは扉を開いた。


扉の先も他と同様に一部天井が崩れており、上階に貼られたステンドグラスから漏れる光がこの空間を美しく照らしている。


「女王様っ! 遠く離れた地から助っ人がやって来ました! 是非ともお会いになって頂きたいのですが…おられますか…?!」


「助っ人…?! 本当にこの国に助っ人が…!? 分かりました…! すぐにそちらへ行きますので少しお待ちを…!」


半分床が崩れている上階から聞こえてきた女王の声。声や言葉遣いからも、どことなく心根の良さが感じられる。


「よいしょっと…、すぐに行きますねー…ってキャアッ…!!」


“ガシャーン!! ガランガランッ! ゴーン!”


なにかは分かんないが…きっと転んで色んな物を落としちゃったんだろうな…。意外とドジなあお方だったりする…?


その後落とした物を元に戻してるような音が聞こえ、全てを片付け終えた後にようやく姿を見せてくれた。


綺麗な翡翠色の髪に…吸い込まれそうな青い瞳、そしてまるでステンドグラスのように輝く羽──言葉を呑む美しさだ。


「貴方様達が他国から来て下さった助っ人様達ですね…! 本当に…本当にお待ちしておりました…! わたくしとても感激です…!」


女王様は目に涙を浮かべて喜んでいる。なんと言うか…凄く純粋な蟲人ひとなんだな…、穢れを知らない子供のようだ…。


ゆっくり地上へと降り立った女王は、浮かべた涙を指で拭って私達の前に立った。


「初めまして助っ人様達…! わたくしはここリーデリアの女王を務めております、 “ムネリ・リファ” と申します。来て下さったこと…本当に感謝します…」

<リーデリア女王 〝蟲人族ビクト〟 Munerie Lhyfムネリ・リファfa >


「お初目にかかりますムネリ女王陛下。私はドーヴァ国王に駆り出された遣わされたカカ・ウォートレイと申します。この度はお会いになれて光栄です」


私は片膝をついて深々と頭を下げ、普段は国王にだって使わない綺麗な言葉遣いで挨拶を済ました。つられて2人も簡単に自己紹介をしてお辞儀をした。


「そんなかしこまらないでください…! むしろ頭を下げたいのはこちらなのですから…! どうか頭をお上げになってください…!」


そこまで言われると頭を下げる行為に罪悪感が芽生えてくる…。私達は静かに立ち上がって襟を正した。


穏やかで優しい蟲人ひとだと聞いてはいたが、一国を治める女王とは思えない程の物腰の柔らかさだ。


ウチの国王もそれなりにお人好しだが、ムネリ女王からはそれ以上に心根が優しそうな印象を受ける。さぞ民から慕われていることだろう。


「助けを願う手紙を20通は海に流したのに全然助けが来なくて…半ば諦めかけていましたので…、感極まってしまってダメですね…」


王女はまた目に涙を浮かべた…。20通か…相当な数だが…、まさかそれ全部西側の海に…!? 蛇断海流シーラアムニスのこと忘れてたんだろうなきっと…。


そう思いつつ私は手紙を取り出し、涙を拭っている王女に早速疑問を投げかけた。


「都市の惨状は目の当たりにしましたが…本当に石碑から7体の怪物が現れたのですか…? しかもその石碑の石版がどこかへいってしまった…と…?」


「とても信じられる内容ではないですが…、その手紙の内容は全て事実です…。確かにあの日…7体の怪物が都市を攻撃し、そして石版と共に姿を消したのです…」


ムネリ女王が噓をつくような蟲人ひとには当然見えないし…、思い返している素振りも演技には見えない…。


信じ難いが…紛れもなく真実なのだろう…。まあそれがはっきりしたところで…それ以外のことは何も分からないままだが…。


「カカ様…その封印されていたという石碑を一度見に行きませんか…? ひょっとしたらなにか手掛かりがあるかもしれません」


「そうだな…。見せていただいてもよろしいですかムネリ女王…?」


「もちろんです…! 案内致しますので、ついてきてください」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




女王案内の下、私達は王都から少し離れた森の中に入った。鬱蒼とした森の中は薄暗く、木漏れ日が幻想的な雰囲気を作り上げている。


道とは呼べない様な道を歩き続けていると、視界の先に開けた空間が見えた。出てみるとそこには、小さな遺跡の様な文明物があった。


「おおっ…これが話に聞いていた石碑か…! …ムネリ女王…大丈夫ですか…?」


「アハハッ…ご心配ありがとうございます…、痛たたっ…」


ムネリ女王は道中躓いては転び…、転んではまた躓くを繰り返していた…。本人曰く…、飛ぶのは得意だが…歩くのは苦手らしい…。難儀だな羽があるってのも…。


気を取り直して、私達は石碑の前に立った。石碑には話に聞いていた通り、石版がはまっていたであろう窪みが7つあった。


その他には特に目立ったものはなく、石版がどこへ散っていってしまったのかの手掛かりも見られない。


念の為石碑周辺も見回ってみたが…結果は同じ…。大陸中をくまなく探さなきゃならないのだろうか…、頭が痛い…。


「ん…? ニキの奴…何してんだ…?」


皆が石碑の周りを探している中──ニキは石碑に右手を当て、何かを念じているかの様に頭を下げていた。


「ニ…? カカどうしたニー? 何か手掛かり見つかったかニー?」


「んあ…? あー…いや…なんもねえな…。きっと他の皆もそうだし…、魔獣に出くわしちまう前にさっさと引き上げた方が良さそうだな」


「そうニね、じゃあ皆に呼び掛けてくるニ~!」


ニキは両手を上げて皆の所へ駆けて行った。なんなんだアイツは…、何もなかったみたいに振る舞いやがって…。








結局何も手掛かりは得られず…私達は王都まで戻ってきた。まさか何一つ分からずじまいで帰ってこようとは…、参ったものだ…。


「他になにかありますか? 必要な物があればすぐに手配しますが」


「そうですね…、それではリーデリアとアツジ大陸全土の地図を頂けますか? それと飛空艇に燃料を補充したいのですが…」


地道に石版を探すにしても…地図がないんじゃお話にならないし、燃料がないんじゃ探しにもいけない。


他にも色々必要な物はあるだろうが…もう眠気が限界にきていて頭が回らない…。今すぐ寝たい気分…、石版探しは明日からになるだろう…。


「地図も燃料も俺に任せておけ、燃料は無償で補充してやる。ついでに保存食糧とかも積んでおくから、オマエ達はゆっくりしておくといい」


「ありがとうございます、それじゃあ私達は飛空艇に戻りますんで…何かあれば訪ねてください」


私達は深く頭を下げて、飛空艇のある広場へと戻った。飛空艇に乗り込もうとすると、兵の1人が駆け寄って来て地図を手渡してくれた。


艇内に戻ってきた私は、テーブルの上に今さっき貰った地図を広げた。


「やっぱアツジ大陸は大きいな…、端からは端までくまなく探すにしても…リーデリアだけで1年は掛かりそうだぞ…」


「あれ? てっきりアツジの国はリーデリアだけかと思っていましたけど…もう1つあったんですね…。これは酷く時間が掛かりそうですね…」


地図を見る限り…アツジにはリーデリアとは別に〝ベンゼルデ〟という国があるようだ。もしそっちまで石版が及んでいるのだとしたら…考えたくもないな…。


魔物未知の生命が7体巣食う大陸に何年間もいる羽目になりそうだ…。私達来月辺りにでも死ぬんじゃないか…?


「どうしたものか…、せめて大まかな場所だけでも分かればいいんだが…」


「──分かるニよ…大まかな場所なら…」


「はァ…?! なんでオマエに分かんだよ…?! もしかしてなにか有力な手掛かりでも見つけたのか…?」


「ううん…そうじゃないニ…」


驚いて勢いよくニキの方を向くと、ニキは俯いたままこっちを見ようとはしなかった。どこか神妙な雰囲気を纏ったまま、ニキはぽつりと答えた。


「ニキはニ…── “超能疾患クァーツ” なのニ…」


「…っ!」



 ≪超能疾患クァーツ

脳の構造が一般的な知性生種ちせいせいしゅと異なり、生物の理を外れた特殊な能力を扱えてしまう先天的な病のこと。

知性生種ちせいせいしゅ人族ヒホ獣人族マニカ妖精人族フレイなどの知性がある種族の総称。



「オマエ…なんで今まで黙ってて…ってかなんで明かした…?! オマエ超能疾患クァーツがどんなか分かってんのか…?!」


特殊な能力チカラを持つ超能疾患クァーツは…他者に出来ないことが出来ると同時に…、他から忌み嫌われる存在でもある。


何故変わった脳で生まれてくるのか…何故特殊な能力チカラを扱えるのか…。世の知性生種ちせいせいしゅは未知の存在を前に…する道を選んだ…。


虐げ…遠ざけ…在るものを無いものとし…、世界で最も有名なグバ教では〝悪魔の器〟〝凶の具現〟などと言われている。


だからこそ…ニキが自ら超能疾患クァーツだと明かしたことが信じられなかった…。


「分かってるニよ…、ニキも経験あるから…。でもこうでもしないと…カカ達はいつまで経っても石版を見つけられないニ…」


「だからって…」


「所詮ニキはここまでタダ乗りしてきただけのただの旅商人…。リーデリアを救わなきゃならない2人とは一緒にいけないニから…、せめて最後に…力になってバイバイしたかったニ…」


確かにコイツの目的は…あくまでアツジで商売をすることで…、私達とは根本的から違ってるのは分かってる…。


あの怪物に襲われた時だって…、そんなコイツを巻き込んでしまったことに…少なからず罪悪感を感じていた…。


「最後って…何故そんなことを言うのですかニキ様…! 商売ならわたくし達と一緒でも出来る筈です…! 別れる必要なんて…」


アクアスは声を上げてニキがいなくなることに反対した。私が思ってるよりずっと…アクアスはニキのことを好いてたようだ…。


石版を探す為私達は各地を巡ることになるだろうし…アクアスの言う通り商売も出来るだろう。それでもニキが自分から離れようとする理由はきっと──


「ダメニよ…、だってニキは…生まれついての忌み子…超能疾患クァーツだから…」


やっぱりか…、ニキは自分が超能疾患クァーツであることに酷く引け目を感じてる…。自分は嫌われ…避けられて当たり前の存在だと考えてる…。


そしてニキは今も恐れてる…他者との仲を深め過ぎてしまうことに…。自分の正体が明らかになった時…その関係が一瞬にして崩れ去ってしまうことに…。



“なんで…なんで…──わたしだけ…こんな目にあうの…? もう…いやだよ…──”



…コイツも幼い頃…色々あったんだな…、今両手を上げておどけてられるのが不思議なくらいに…。


「…オマエの言い分は分かった、だがそれは本当に本心か…? オマエは心の底から…私達と行動するのが嫌か…?」


ニキは出会ってからずっと…相手を思いやる発言と行動しか見せてはいない…。そういう奴だと思ってたが…恐らく違う…。


嫌われないように…要所要所で自分の心を抑えつけてる…。だからこそ知りたい…コイツの…ニキの本心を…。


「そんなことはないニ…! でも…いつか不気味がられて…嫌われるくらいなら…、今別れた方が傷は浅くて済むニ…」


「ニキ様…」


ニキは一層俯いたまま本心を口にした。──ただ変わった奴だと思っていたが…違った…。私達と何1つ変わらない…孤独を恐れるちっぽけな生き物だ…。


「本心を聞けて安心したよ。──ニキ、私達と一緒に来い…! オマエだって本当は一緒に来たいんだろ…? 本心に従っていいんだ…ニキ」


「…なんでカカはそんなすぐに受け入れてくれるのニ…?! カカの方こそ…超能疾患クァーツがどんな存在か知ってるのかニ…?!」


「ああ…知ってるよ…、なんせ私とアクアスも “超能疾患クァーツ” だからな」


「えェェェェ…!!?」


私達がドーヴァの兵士を同行させなかった理由わけがこれだ。私達が超能疾患クァーツだと知っているのは、ドーヴァ国内でもごく僅か。


もし兵士を連れて、その途中で知られれば…その後どうなるかは未知数…。だから2人だけで来た…余計な心配を増やさない為に。


「そ…そうだったのニ…? えっ…じゃあ今までのニキの気遣いは何だったのニ…? 完璧に気遣い損ニ…」


「なんだ気遣い損って…、聞いたこともねえぞ…」


私達が同類だと分かってか、ニキは顔を上げていつもの調子に戻ってきた。やっぱりニキは多少変な奴くらいが丁度いい。


「じゃあじゃあニキも一緒に行くニ! やったニーーー♪ 初めて本当の意味で友達が出来たニー♪ わーいわーい♪」


両手をあげて喜ぶニキ…なんだか見てると泣きそうになるな…。アクアスも…いやアクアスはもう泣いてるな…ハンカチで口元押さえて…。


アクアスにも思うところがあるんだろう…、かく言う私も同じなわけだが…。


「そんでだニキ、オマエ石版の場所が分かるって言ってたけど…本当か?」


「もちろんニ! ニキは “触れた物との繋がりを感じ取る” 能力チカラを持ってるからニ! 石碑に触れて石版の大まか位置を感じ取れたニ!」


ほぇー…中々便利そうな能力チカラだ、心強い仲間が増えたもんだな。


「1つ目の石版があるのは──ズバリ…ここニ!」


ニキは勢いよくテーブルの上の地図に指を置いた。私とアクアスは顔を見合わせ、同時に地図へと目を落とした。


そこはリーデリア北部──王都ファスロの真北に位置する、広大な草原に囲まれたアツジで2番目に大きな山──


「 “シヌイ山” …か…」



──第9話 石版の行方〈終〉

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