第8話 歓迎

「カカどうニ~? 動きそうニか~?」


「カカ様ー、気を付けてくださいねー」


「こちとら飛空技師だぞ? 心配要らねーよ」


謎の鳥型生命体から逃げ切り、平乱雲の脅威から脱した私達は、目的地のアツジ大陸を目前に上空を漂っていた。


原因はプロペラの損傷…、プロペラがないんじゃ飛空艇はまともに前に進まない。その為、現在私は遥か上空で命綱をつけての修理に励んでいます。


私の腰に巻かれたロープが解けたりでもしたら、その時点でジ・エンド…。この物語は最悪な形で幕を閉じる羽目になる…。


なんて冗談を考えてる間にプロペラの修理完了、合図を出して上の2人に引っ張り上げてもらう。どうでもいいけど、この時ロープが擦れて腰痛いんだよなぁ…。


腰をさすりながらプロペラを動かしてみると、飛空艇は問題なく前進を始めた。とりあえずこれで大陸には着陸できる…のだが…。


「アクアス、適当な場所に着陸するから護煙筒を焚いてくれ」


「ニ? 適当な場所でいいのニ? 確かに例の手紙には正確な場所は書かれてなかったニけど…こういう時って王都を目指すのが定石じゃないのニ?」


「竜翼が損傷してるんだ。プロペラは直せたが、飛行中に竜翼は直せないからな。一旦降りて修理しねえと最悪落ちるぞ…?」

「今すぐ着陸しようニ」


白い煙に包まれながら、少しずつ飛空艇の高度を下げていく。望遠鏡で大地を覗いてみるが、崖と深い森しか確認出来ない。


砂浜でもあれば良かったのだが…やはり理想通りに物事は進まないものだ…。気は進まないが…、少し開けた場所に強引に停めるしかなさそうだ…。


王都につくのはいつになることやら…。








「スパナです、どうぞ。ハンマーです、どうぞ」


あれから少しの間飛び続けた後、なんとか開けた場所を見つけ、無事墜落する前に飛空艇を着陸させることができた。


その後改めて竜翼の状態を確認してみたが…、よく今まで飛んでいられたなと関心してしまう程に損傷していた。


更に言えば損傷していた箇所は竜翼に留まらず、副翼や艇体ていたいにもひびや亀裂が見られた。故に私達は足踏みをして、本格的な修理に取り込んでいた。


「カカ様…あの化け物は一体何なんでしょうか…」


「さァな…私にも皆目見当がつかねえよ…。現世げんせいの常識から外れたかの様な…異様で歪な生き物だったな…」


あの空域一帯にのみ生息している固有種なのか…それとも──。


まあ今更そんなこと考えたって仕方ないし、もう二度と出会わないよう願うしかない。頭の片隅に置いておこう。


「よしっ、あとは私がやるからオマエは休んでていいぞ。折畳銃スケールの手入れだってしなくちゃだろ?」


「そうですが…──分かりました、ではそうさせて頂きます」


アクアスは私に必要な工具だけを手渡して、ゆっくりと梯子を降りていった。


いざという時にアクアスの折畳銃スケールが使い物にならないと、それこそ魔獣に襲われて危ないからな。


しかし…派手にやられたもんだなぁ…。積荷置場も少し浸水してたし…、直す箇所は予想以上に多そうだ…。


平乱雲に流されたことで予定よりも早くリーデリアへと着けたってのに…、この様子じゃ修理は昼過ぎまで掛かりそうだな…。


「カカー! 見て見てニー! 無駄に胴体が長いクワガタ見つけたニー♪ ほらアクアスも見てニー♪」


「本当ですね…何故こんなにも長いのか…、実に興味深いですね…」


特にやることのない旅商人ニキは、この辺りを自由に動き回って楽しんでいる…。まったく…お気楽な奴だ…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「そんじゃこれからの動きだが…この後早速王都を探そうと考えてるんだが、何か意見とかあるか?」


修理が全て終わったのは見立て通りの昼過ぎ。私達は遅めの昼食を食べながら、今後の方針を話し合っていた。


「1つよろしいですか…? 王都を探すのに反対はありませんが…そもそもどこに王都があるのか分からないのでは…、無駄足が過ぎてしまうのでは…?」


「確かニー、ってかなんで王都を目指してるのニ? 襲撃に遭った具体的な場所は手紙に書かれてなかったニよね?」


2人の意見・疑問はごもっともだ。当てもなく飛ぶことは燃料を無駄に消費する行為だし、王都をピンポイントで目指す理由も言わなければならない。


王都を目指す理由は、そこがリーデリアで一番大きい都市であり、様々な情報などが手に入る可能性が高いからだ。


もし仮に襲撃に遭ったのが王都ではなかったとしても、正確な地図やら生息している魔獣のリストやらが手に入るだろう。それだけで目指す価値はある。


それに私の考えが正しければ…恐らく襲撃に遭った場所はだ。


王都以外の場所が悲劇に見舞われたと仮定した場合、わざわざ王都まで出向いて女王に手紙を書かせたとは少し考えにくい…。


だが王都が災禍の中心であったのなら、全ての辻褄が合う。それなら女王自らが救いの手紙を書いたのも理解できる。


故に真っ先に目指すべきは王都以外にありえないのだ。そして悲劇が起きたのが王都なら、その場所も大体分かる。


フジリアまで続く蛇断海流シーラアムニスがある大陸西側…それもかなり海に近い位置にあると予想ができる。


「っつーことで…、王都を目標にアツジ西側の沿岸部を重点的に探していこうと思う! 他に何か質問あるか?」


わたくしはありません、カカ様の指示に従います」


「ニキも賛成ニー! パパっと王都を探しちゃおうニ!」


そんなわけで方針が固まり、私達はサクッと昼食を済ませて飛空艇に乗り込んだ。暗くなる前に見つけたいものだが…どうなるか…。


──それからは護煙筒の煙を纏った飛空艇でリーデリア上空を飛びまわった。今回は王都を探さなきゃならない為、危険を承知で雲下を飛行している。


現在いまは沿岸部を辿りながら、最初に大陸下側の方を探すために南下していた。


時折大型の魔獣が接近してきたりもしたが、護煙筒とアクアスのおかげで今のところ被害は0。だがやはり心臓に悪い…、今すぐ雲上まで上がりたい…。


[カカ様! 東の方に文明らしき建造物が見えますが、いかがしますか?]


アクアスの報告を受け、私も望遠鏡を左のガラスの方へと向けた。遠くにあってぼんやりとしか見えないが、確かに文明物のように見える。


しかもこの距離からでも分かる程の大きさ…都市だろうか? 都市全体を覆う魔獣被害を防ぐ為の城壁らしきものも見られるし、都市で確定と見ていいだろう。


「ひとまず向かわないことには何も進まないし、アクアスは信号拳銃の準備をしながら甲板で待機していてくれ。ニキは引き続き周囲の見張りだ」


[了解ニー♪ やっと手掛かりが見つかって嬉しいニー♪]




どんどん近付いていくにつれ、それははっきりと姿を見せ始めた。


大きくなひびが入った城壁…、数え切れない程の崩れた民家…、そしてその中央で見るも無残に半壊している城…。


私の予想通り…悲劇に見舞われたのは王都であり、ここがその王都で間違いないようだ…。どこに目を向けても凄惨な光景が飛び込んでくる…。


[思ってた以上に酷いニね…、着陸場所が見当たらないニ…。どうするニ…?]


「どうするったって…、着陸してみないことにはなぁ…。一応信号拳銃撃ってみてくれ…、もしかしたら応答があるかもしれない…」


ダメもとで信号拳銃を撃ってみたが…さてどうなるか…。この有様だと…どこか別の場所に避難していてもおかしくない…。


そうなればまた振り出しに戻ってしまう…、それは非常に芳しくない…。燃料も勿体ないし…何より眠くて集中力が定まらない…。

※シャンデル出発から寝てない。


信号拳銃が高く昇ってからしばらく経ち、私は諦めてこの場を離れようと目を離した。しかしその時──


[カカ様! 半壊したお城の向こう側から光がっ!]


アクアスの言葉に私はもう一度都市の方へと目を向けると、確かに城を挟んだ向こう側から青の光が上がっていた。


青…着陸許可か…。許可が出た以上着陸しない手はないが…、念には念だな…。


「オマエ等、一度戻ってきてくれ! これから着陸する」








光が上がったと思われる地点の上空まで来てみたが、誘導する者はおろか…人影の1つも確認出来なかった。


不審に思いはしたが…、応答も着陸許可も出たのは事実だ。不安を胸の奥底にしまい込み、私は広場に飛空艇を停めた。


「さて、無事に辿り着けたわけだが…、1つ言うことを聞いてもらう。甲板に出たら…私がいいと言うまで何もせず、一言も発するな…!」


「ニ…?! なんでニ…!?」


「なんでもだ…! 私の考え過ぎならそれでいい、あくまで念の為だ。行くぞ…」


階段を上って静かにドアを開け、私達は甲板へと出た。微かに頬を撫でる風の音以外聞こえず、その場は静寂そのものだった。


2人もその不自然さにキョロキョロと辺りを見渡している。広場にはこの都市のものらしき飛空艇が何艇も見られ…、そのどれもが無残に破壊されていた。


“──キーン…!!”


「くる…オマエ等は絶対に喋るなよ…!」


私が身構えると同時に、突如ガレキや飛空艇の陰から兵士と思しき人影が一斉に飛び出し、その全員が折畳銃スケールをこちらに構えていた。


やはりこうなったか…、念の為2人に指示をしておいて良かった。そうでなきゃアクアスは反射的に折畳銃スケールを構えて…より事態が悪くなってた筈だ…。


私達は折畳銃スケールを向ける厳戒態勢の兵士達に睨まれたまま、その場に立ち尽くしていた。そんな私達の前に、兵長らしき人物が姿を現した。


鎧を身に纏い、背には立派なロングソードが見える。体格もかなり良く、額にはカブトムシの様な特徴的な角が生えていた。


「2つ問う…!! 貴様らは何者だ…?! ここへ何しに来た…?! 簡潔に俺の問いにだけ答えろ…! 不審な動きをすれば即刻射殺する…!!」


んー…これは想像以上に警戒されてるなぁ…。信号拳銃の応答に変な間があったから…きっとこうなるとは思ってたが…、まさかここまでとはねェ…。


ここで変に場を和ませようとすると…かえって逆効果になり兼ねないし…、ここは黙って指示に従いますか…。


「私達は自国の国王に駆り出された遣わされた使者だ…! リーデリア女王の直筆と思われる手紙を受けてここにやって来た…!」


「女王様直筆の…!?」


それを聞いた兵長らしき人物は、何か思い当たる事があるのか…視線を逸らして何かを考えているようだ。


このまますんなり警戒を解いてくれればありがたいが…、視線を戻した男の表情を見るに…そうはいかなそうだ…。


「その手紙を確認する…! 貴様1人だけが降りて来い…! 後ろの2人はそのままそこで待機していろ…!!」


「へいへい分かりましたよー。そんじゃ行ってくる、念を押すが…くれぐれも変な事はするなよ…? 頼んだぞ…アクアス、ニキ…」


私は2人によく言い聞かせ、梯子を下って地上へと降り立った。一斉に銃口が私に向く…、これまた生きた心地がしないな…。


私は男の傍へと歩いて行き、無言でポーチから例の手紙を取り出して手渡した。


男は手紙に入念に目を通している。もしこれで「ダメだ」とか言われたら私達どうなんのかな…。もしや死刑…? 島流し展開濃厚かこれ…?


よく考えりゃ女王直筆ってのも…あの無茶振り国王※ラドロフがそう言ってただけだしな…。もし違ってたら相当ヤバいだろこれ…。


「確かに女王様の字だ…、これは信用しよう」


私は頭の中でそっと胸を撫で下ろした。なんとか危機は乗り越えれたみたいだ…、これで折畳銃スケールも下してくれるだろうか…?


「だがまだ腑に落ちんな…、ここで起きた悲劇を知りながら…何故貴様らの様な者達が来る…?! それも3人と少数でだ…、理由を述べろ…!」


「私は飛空技師だ、フジリアからアツジまでの長距離飛行が出来るのはドーヴァでも私くらいだろう。3人しか居ない理由は申し訳ないが言えない──っが私も後ろのメイドも、一端の兵士よりかは強い。だから来たんだ」


実際は全く関係ない奴が居るんだが…、それを言うと話がややこしくなるから言わないでおこう…。


強さに関しては噓じゃない。アクアスの銃の腕前はドーヴァ軍の兵士達と比べても頭一つ抜きん出ているし、私も近接なら自信がある。


「ただの人助けとはわけが違うんだぞ…? 相手は未知の生命体だ…、全く接点のない国の危機に…堂々と命を張れるとでも…?」


「悪いが性分なんでな、私も抑えが効かなくて困ってるよ」


男は鋭い眼差しでジッと私の目を見てくる。私も一切視線を逸らさず、ただ黙って目を合わせ続けた。


やがて男は深く息を吐き、表情から険しさが消えた。


「オマエ達、銃を下ろせ…! どうやら悪い者達ではなさそうだ」


男が手を上げてそう指示を出すと、周りの兵士達はようやく銃を向けるのを止めた。また九死に一生を得た気分だ…、心臓に悪い…。


「手荒い歓迎をしてすまなかった…、ここ “王都ファスロ” は悲劇の渦中にあった故…皆ピリピリしていたのだ…」


「心中お察ししますよ、気にしないでください」


男は私に頭を下げて謝罪してきた、威圧的だったが素は優しいのだろう。


だが頭を下げた時に角が当たりそうになるのだけは勘弁してほしい…。先端尖ってるし普通に痛そう…。


「俺は兵長の “グヌマ” 。君達のことは全面的に信用しよう」

<リーデリア軍兵長 〝蟲人族ビクト〟 Gunumah Blaekグヌマ・ブレキウスius >


私はグヌマさんと握手を交わし、ようやく打ち解けられた。これなら2人も問題なく受け入れてもらえそうだな。


「あっそうだ、あそこのメイドなんだけど…護衛の為に折畳銃スケールを持ってるんだが…、絶対に撃たせないようにするから降りる許可をくれないか…?」


「ああ構わない、許可しよう」


こっちの話が聞こえていたのか…、アクアスは折り畳まれたままの折畳銃スケールを取り出して、周りの兵士達にぺこぺこ頭を下げまくっている。


あれだけすりゃ皆も疑わないだろうな…、私はアクアスに手を振って降りていいぞと合図を出した。


「それとあそこの怪しい紫なんだが…、あのリュックの中に何が入ってるのかは私も全く把握できてないが…悪い奴じゃないから降りる許可をくれないか…?」


「…少々心配だが…許可しよう…」


「誰が怪しい紫ニー!! ニキは正真正銘の凄腕旅商人ニー!!」


ニキは両手を上げて怒りを露にしているが…語尾のせいで全然怖くない…。むしろ場が和んだようにも見える…。


この様子なら心配要らないだろう…、私は手を振って降りるよう合図を出した。


なんとか3人全員でリーデリアの王都に降りられた。色々あったが…無事に辿り着けて良かったと心底ほっとした。


「それじゃあ3人共ついて来てくれ。これから女王様の下に案内しよう」


私は2人の顔を交互に見て、背を向けて先に進むグヌマさんについて行った──。



──第8話 歓迎〈終〉

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