第6話 2人+1人

「────様…────カカさ…────カカ様…! 起きてくださいカカ様、もう入相いりあいです、出発しないとです…!」


「んっ…もうそんな時間か…。んあ~…よく寝たなぁ…! ふぅ…そんじゃさっさと出発しちゃいますか…!」


私はハンモックから起き上がって大きく伸びをし、甲板に出て軽くストレッチを行った。脳をハッキリさせないと危ないからね。


「何だァ? もうここを発つのかカカちゃん? 久々に訪れたんだから…もう少しゆっくりしていきゃいいのによォ…」


「ゆっくりはしたいけど…今回ばっかりはそうもいかなくてね。国王直々に託された急ぎの用なんだ…、もう発たないといけない」


ストレッチをしていた私に、別の場所で作業していたテテゴさんが駆けつけてきた。表情は変わらないが、どこか寂しげな雰囲気が見て取れる。


でも今回は仕方がない…、だから全てが終わった暁には、ここに寄って少しゆっくりしていこうかな。まあ…いつになるかは分からないが…。


「しょうがねえなァ…ならせめて見送ってやるか…! 絶対また顔見せに来いよ…! メイドの子と一緒にな…!」


「ああっ絶対また戻ってくるよ…! バイバイ、テテゴさん…!」








テテゴさんに挨拶を済ませ、私達はシャンデルを後にした。飛空艇は護煙筒の煙に包まれながら空高く昇っていく。


雲上の風速は少し高いが、飛行には支障がないレベルだ。私はしばらく飛空艇を走らせ、頃合いを見てハンドルを固定した。


進行にブレがないかを確認し、後ろのL字ソファーにどかっと腰を掛けた。


「あとはリーデリアまで真っ直ぐか、まーた暇になっちまうなぁ…」


「そうですね…雲の上じゃ出来る事も少ないですし…」


「暇は嫌いニー…。なにか面白いことはないかニ…」


・・・・・・・。


「誰ですか貴方…っ!? 不審者…!? 密航者…!? う…撃ちますよ…?! カウントしたら撃ちますからね…! 2ィ…!!」


「おい待て落ち着けアクアス…、気持ちは分かるが “折畳銃スケール” しまえ…。あとなんでカウント始めが2からなんだ…」


アクアスはビックリしすぎて…ロングスカートの中に隠し持っている折畳銃スケールを構えて牽制しだした。


本格的にパニックに陥ってしまう前にアクアスをなだめて、なんとか折畳銃スケールを下ろさせた。あぶねえ…早くも死者が出るところだった…。


「…っでオマエは何してんだよニキ…。ってかいつの間に乗り込んだ…? っつか何が目的で乗り込んだ…?」


「ニキが悪いニけど…一遍に聞かないでほしいニ…。ちゃんと全部話すから一旦落ち着こうニ…? じゃないといつそこのメイドさんに撃たれるか分からないニ…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




とりあえず落ち着いて話を聞く為に、ニキをソファーに座らせて私は今カーファを淹れている。そしてアクアスはずっと折畳銃スケールを抱えてニキを警戒している。


「ほらよ、まずはコレでも飲んで落ち着けよ」


「落ち着きたいは落ち着きたいニけど…あのメイドさんがずっと怖いニ…。ほんとにニキは撃たれないニよね…?」


「…私が見てるうちは撃たせないと約束するが…、目を離した隙に起きた事にまではちょっと責任持てねえな…」


「頼むからニキから目を離さないでくれニ…」


ニキは相当アクアスにビビってる様子で、体が小刻みに震えている。まあ私の後ろであんな目つきの悪い奴が銃構えてたら…そりゃ気が気でないわな。


一応アクアスにも座るよう言ってみたが、「念の為」だの「護るのも業務お仕事」だのと言って座ろうとしなかった。


「それじゃまずなにから聞かせてもらおうか…、オマエの目的はなんだ…? なんで私の飛空艇に乗り込んだ…?」


面識がある奴だからと親切に対応してはいたが、目的次第によっては…容赦なく拘束して自警団に突き出してやるつもりだ。


商人を騙る泥棒はどこの国にも居るものだ。旅商人を騙る奴は聞いた事がないが…、居ないとも限らないので要警戒…。


「知っての通り…旅商人は国から国へ、大陸から大陸へ渡るものニ…。でも新しい大陸へ行くニは危険が多いし…何よりお金が掛かるニ…」


「まあ確かに…飛空艇や帆船は、馬車と比べて値が張るもんな…」


人にもよるが…大抵の場合は庶民が気軽に利用出来るような額じゃない。旅商人と言えども…おいそれと利用出来るものじゃないらしい…。


飛空艇なら国内だけでも5千~9千リート、海外への渡航だと5万リート以上も掛かってしまう。私が言うのもなんだが…普通に高ェ…。


「だからこっそり乗り込んで…タダで送って貰おうとしたんですね…?!」


「違うニ…!! ニキはちゃんと交渉しようと思ってたのニ…! ただ後を追って飛空艇に乗り込んだらお客さんががっつり寝てたから…、起きるまで待ってたのニ…。でも気付いたらニキまで寝てて…起きた時には空の上だったニ…」


あー…確かに帰ってきてから爆速で寝たもんな私…。そっか…あの部屋に居たのかコイツ…、部屋薄暗くて全然気付かなかったな…。


アクアスも気付かなかったんだろうなぁ…、「え…っ!? 居たの…!?」みたいな顔してるし、めっちゃ冷や汗かいてるし。


だがここまで話を聞いてる限り…やはり悪い奴には見えないんだよなぁ…。噓ついてる様にも演技してる様にも見えない…。


「カカ様…もしかしたらこの方…そこまで危ない方じゃないのかもしれませんね…。カカ様はどう思いになられます…?」


アクアスはそう耳元で囁いてきた。どうやらアクアスも私と同じ思いのようで、いつの間にか折畳銃スケールもしまいこんでいた。


このまま信じ切っても問題はなさそうだが、念の為最後の確認をしてみる。


「なんでわざわざ自分から出てきた…? 私達がオマエに気付いてないのは、オマエだって分かってただろ…? ならずっと隠れてれば良かったんじゃないか…?」


「それはそうかもしれないニけど…、ニキのとこで買い物してくれたお客さんを騙すようなことはしたくないニ…。商人は信用と信頼が大事なのニ…」


私情よりも相手のことを思いやる姿勢…──コイツは大丈夫そうだな。ただ少し変わってるだけの気のいい奴だ。


「どうなさいますカカ様…?」


「戻るのもタイムロスだし…かと言って放り出すわけにもいかないし…、しょうがねえから連れてってやるよ…!」


「やったニー!! 嬉しいニー!! ありがとニー!!」


リーデリアまでの同行を許すと、ニキは両手を上げて体全体で喜びを表した。さっきまでしぼんでいたというのに、分かり易い奴だ。


しかも何故かアクアスも一緒になって喜んでるし…、ハイタッチしてるよ…さっきまで撃つ気満々だった奴が…。


「それじゃ改めて自己紹介するニね。テッテケテ~! 凄腕旅商人のニキですニ~♪ ちょっとの間だけよろしく頼むニ~!」

<凄腕(自称)旅商人 〝???族〟 Nikhi Leickirニキ・レーキレックech >


「カカだ、よろしくな」


「アクアスと申します、よろしくお願い致しますねニキ様」


出発から2日目にして、騒がしいのが1人増えた。リーデリアまでの短い間だけだが、退屈しないで済みそうな予感がする。


その日の夜は久々に話が盛り上がった。世界あちこちで商品を売り歩いているだけあって、話の内容が濃くて面白かった。


盛り上がる私達を乗せた飛空艇は、調子よくグングン先へと進んでいく──。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




‐深更‐


「ハイなー、ニキが淹れてきたニよっ!」


「おうセンキュー。おおっ、これがさっき言ってたコーヒーか。シャンデルでもチラッと見たが、あの豆みたいなのは飲み物だったのか…」


夜も更け、昨日同様アクアスは後ろのソファーで眠っている。ニキにも寝ていいと言ったのだが、「話し相手が居た方が眠くならないニ」と寝ずにいてくれている。


朝・昼はアクアス、夕・夜はニキのサイクルで私の眠気を妨げてくれるらしい。正直めっちゃ助かる…到着までもう寝れないから…。


「すっかり下の方が雲で埋まっちゃたニね~、きっと今頃雲下うんげは大雨ニ」


「 “平乱雲へいらんうん” だからな、誤って雲の中に入らないようにしねえと」


平乱雲は積乱雲の仲間で、縦ではなく横に広範囲に平たく広がる危険な雲だ。その大きさは3つの大陸を覆い隠すほどにも成長する。


雲下では雨風が絶えず降り注いでいるだろうが、私達が特に注意すべきは雲の中。雲の中は強風強雨…〝空の荒海〟とも呼ばれ、飛空士が全員恐れる存在だ。


ガラスを隔てた先に広がる大雲海を見ながらコーヒーを啜っていると、ニキが小さい椅子を持ってきて隣に座った。


「そういえば2人がリーデリアに向かう目的聞いてなかったニ、何しに行くニ? 2人は人族ヒホだから…出身はドーヴァよニ?」


「そういや言ってなかったな。説明…すんのは面倒だし、手っ取り早く済ますか。えーっと…あったあった、ほれ読め」


「面倒がって手っ取り早く済ますなニ…、まあ読むニけど…」


ポーチから例の手紙を取り出してニキに手渡した。ニキはコーヒーを一口飲んで、無言で手紙を読み進める。


時々小さく首を傾げている様子を見るに、恐らくニキにも解らない部分があり、それはきっと魔物についてだろう。


ニキは何度か読み直した後で、読んだ内容を整理する様にまたコーヒーを一口飲んだ。さて…なんて言うのか…。


「ふぅー…言っていいニ…? 正直全っ然ついていけないニ…!! 魔物もよく分かんないしそもそも封印って何ニ…?! なんで7体に増えてるニ…?!!」


「まあ…そうなるよな…、良かったよ慣性が似てて」


何か知ってるんじゃないかとちょっと期待してたが、やっぱり何も知らなかった。有力な情報は何も得られそうにない。


私は小さくため息をついて、手紙をポーチにしまった。チラッと横目でニキを見ると、どこから取り出しのか…図鑑みたいな分厚い本をペラペラ捲っている。


「どうだ…? 何か手掛かりあったか…?」


「ニー…やっぱりなんにもないニー! 考えれば考える程おとぎ話の内容ニ! なにもかも分かんないニー!!」


図鑑を閉じたニキは少し荒れていた。見せなきゃ良かったな…、確実に私よりモヤモヤが溜まってるじゃないか…。


頭巾の上から頭を搔きむしり、やがて袋が萎むように大きく息を吐いて静かになった。私は無言でカップを渡す。


「──凄いニね…2人は…。よくこんなバチボコに意味分かんない事に助力しようと思えるニね…、正直大尊敬ニ…」


「私だって頼まれなければ関わろうと思わなかったが…、やると決めた以上死力を尽くのが私だ。アクアスには付き合わせちゃって申し訳ないが…」


後ろを振り向いて、寝ているアクアスに視線を向けた。アクアスはまた少しうなされている様子…、何も言わないが…アクセスも不安なんだろう…。


「応援してるニ…! 絶対に死んじゃダメニよ…!」


「ああ、サンキューな」


私とニキは乾杯する時の様にカップを軽く合わせた。コツンッと軽い音が部屋の中に広がり、また一層夜が更けていった──。








‐4日目 朝‐


「──アクアスー!! あるって! お腹あるって! なんでオマエ毎回そんなバイオレンスな夢見るんだっ! なんで毎回被害者私だけなんだっ!!」


「昨日もそうだったニけど…今日は今日でまた酷いニね…。ほんとにコレただの寝ぼけかニ…? 何かしらの幻覚症状じゃないニよねコレ…?」


アクアスはゆっくり起き上がったかと思えば、ふらふら~っと虚ろな半目で近付いてきて…突然膝立ちになって私に抱きついてきた。


そしてずっとお腹をさすさす…、今度はお腹でも食われたか…?! ほんでいつ目覚めるんだよコイツは…! 申し訳なさが消えてくわ…!


「ゆすっても全然起きないニ~…っておよ…? 立ち上がってどこ行くニ…? そっちには何も…、おわっ…なんの気なしに壁にぶつかってったニ…」


「しかもそれで目覚めるんかよ…、今度から強めにビンタしたろうかな…」


壁にゴツンッとおでこをぶつけて、ようやくアクアスは起きたらしい。おでこを押さえながらキョロキョロしている。


「あっカカ様、ニキ様、おはようございます。ところでわたくし…もしかしてソファーから落っこちたりしました?」


「心配すんな…そんな可愛いもんじゃねえから…」


「そうニね…心配するのはこっち側だけでいいニ…」


アクアスはよく分からなそうに頬をポリポリと掻いている。かく言う私とニキは、気持ち悪い冷や汗をかいている…。


今となってはもはや日常…、もしかしたら一番変な奴はアクアスなのかもしれない…。この時だけはニキが凡人に見える…。


「今日も随分と曇ってますね…アツジまでに晴れると良いのですが…。あっ、今カーファをお淹れしますね! ニキ様はコーヒーで宜しいですか?」


「あっはい…お願いするニ…」


これもいつもの光景…、突然スッ…と元のアクアスに戻る現象に頭がついていかないやつ…。まったく…どうしたものかな…。


私は前を向き直って、どこまでも広がる平乱雲の先に目を向けた。もう少し日が昇った頃にアツジへと着く予定だ。


もう少し進んだら一回雲の下に出て、周囲を確認しようと思っていたその時──。


“──キーン…!!”


「…っ?! アクアス…! お茶してる場合じゃなくなった…! すぐに甲板に来い…! 非常事態だ…っ!!」


私は詳しい説明をせずに階段を駆け上がって甲板に出た。そして真っ直ぐ艇尾ていびの方へと向かい、何もない平乱雲を見つめた。


その後焦った様子でアクアスとリュックを背負ったニキが追いついてきて、何があったのか分からないまま同じ方向を見つめだした。


「どうしたニ…!? 非常事態って…それらしい影は何もないニよ…!? 一体何が起きてるって言うニ…!?」


「そんなの分かんねえよ…、私だって初めてだ…! こんな上空でなんて…!」


アクアスは既に折畳銃スケールを構え、何もない空中を睨み付けていた。私の頬を冷たい汗が落ちていく…。


そしてはついに姿を現した──。


勢いよく平乱雲を突き抜けて出てきたソイツは──真っ黒い体に赤い筋の様な模様が浮かび、左には巨大な翼が1つ、右には長方形の布の様な翼が2つあった。


鈍く光る深紅の眼が、そこらの魔獣とは根底から異なる存在であることを嫌でも分からされる…。


「あれは…なんニ…!? 見たことないニ…!?」


「それより何故雲上に…?! とても出てこれる雲じゃない筈なのに…!」


「何も分かんねえけど…、史上最大の危機だってのは分かるな…」



──第6話 2人+1人〈終〉

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