第5話 出現!旅商人!

‐朝‐


「──あくあふ※アクアスー、あくあふ※アクアスー! まーたわふいくへでてる※悪い癖出てるぞほー! ひっかひひろ※しっかりしろー!」


日が昇って夜が明け、もう間もなくシャンデルに到着するであろうそんな朝。私は今…アクアスに頬を引っ張られています…。


今日もかぁ…、いつまでも健在だなアクアスの寝ぼけ癖…。眠りから目覚めた後のほんの少しの間…、アクアスは夢と現の狭間を漂う悪い癖があるのだ…。


今もそう…ゆっくり起き上がったかと思えば、半目のまま突然ふらふらっと私の傍に近付いてきて謎の奇行に走り出した…。


右腕をさすり、左脚をさすり、今はなんか執拗に顔を弄られている…。


コイツ絶対私が魔獣に食われる夢見てやがったな…。ほんで右腕と左脚と顔面食べられたんだろ…、だからきっと確認してるんだろうな…。


それから少し経ち、ようやく離れたかと思えば…ふらふらとした足取りで何故か階段の方へと向かい…、4段目に足を掛けたその瞬間──ようやく起きたっぽい…。


キョロキョロと辺りを見渡して、「なんで階段の所に居るんだろ?」って顔してる…。ようやく起きたか…、まったく…ほっぺ痛ェ…。


「あっ、おはようございますカカ様! 今日もいい天気で、清々しい気分になりますねっ! そうだ、カーファでもお淹れしましょうか?」


「えっ…おん…、じゃあ…お願い…」


アクアスはまるで何も無かったかの様にカーファを淹れだした。この一瞬だけがちょっと怖い…、別人…?ってなる…。


これが最近王都で流行り出したとか言うアレか…?! あのなんだっけ…、確か…そうギャップ萌え…! そうか…これがギャップ萌えってやつか…。 ※多分違います


「そういえばカカ様は、前にシャンデルに行ったことがおありなのですか?」


「うん、つっても数回だけだけどな。綺麗な街でさ、港街なだけあって貿易が盛んで、物珍しい商品も多く売られてるんだよ」


モイ大陸は帆船技術が他国と比べて高く、貿易も盛んに行われいて、特に港街のシャンデルは王都に次いで栄えている。


スクレン・イロザ・オーヨの3大陸からの貿易品は質が良く、訪れた観光客からも評判が良い。


「人が多いから “行商人ぎょうしょうにん” も沢山集まってきて、欲しい物が大抵ここで手に入るって言われる程だ!」



 ≪行商人≫

国内を巡り歩き、各地で手に入れた素材を売る職業── “商人” と同格。商人と行商人の違いは、商人ギルドに所属しているか否か。行商人は所属していない。



「それは素晴らしいですねっ! もしかして色んなお花とかも売ってますかね?」


「うん、売ってた売ってた。オマエの好きな春の花スクユク永久花えいきゅうかとか、あと珍しいやつ…幻酔華シノとか」 ※永久花えいきゅうか=ドライフラワー


アクアスは花の街 “フロア” 出身なだけあって花が大好き。前に部屋をチラッと見た時も、色んな花が生けてあった。


「それは今から到着が楽しみです!」


「私も行く度に買い物楽しんでたよ。──おっ、見てみろ。言ってる間に見えてきたぞ、あれが第一目的地──シャンデルだ」








―シャンデル―


「…っし、着陸完了! うあ~、疲れた~!」


「お疲れ様ですカカ様。ここがシャンデルですか、本当に綺麗な町ですね!」


今いる場所は帆船と飛空艇の発着港。辺り見渡すと、複数隻の帆船と私達以外の飛空艇もいくつか停泊していた。


そして発着港のその先に見える色鮮やかな屋根が特徴的な町こそが、シャンデルを象徴する有名な商業の町だ。


さっきまでかなり眠たかったが、無事到着出来た喜びのせいか妙に目が冴えている。寝るつもりだったが、アクアスと一緒に町まで行くことにした。


皮袋さいふを持ってポーチを携え、アクアスのちょこっとハネた髪を整えてあげて、準備万端の状態で甲板へと出た。


ん~…日差しが強い…、徹夜明けにこの強烈な日差しはキツいなぁ…。誰か日差しを遮れる道具とか発明しねえかなぁ…。


「おーい! 見覚えのある飛空艇だと思ったら、やっぱカカちゃんかっ!」


「んぅ…? おー “テテゴ” さんじゃん、おひさー!」


梯子で下に降りようとしていると、下から聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。声の主は褐色肌と尖った耳が特徴的なテテゴさんだ。


ここへ来る度に色々サービスをしてくれた気の良い人で、前に一度テテゴさんを乗せて飛んだこともある。


「ガハハッ! 3年振りじゃねえかっ! もうここには来ないのかと思ってたぞ!」

<空艇・帆船整備士 〝妖人族フレイ〟 Tetaigo Nawerテテゴ・ノーロウou>


「そんなわけ無いでしょ、帰りもまたお世話になりますよ。今回は特に頼みたいお仕事ないけど、宵頃よいごろまで停泊させても大丈夫?」


「おお構わねえぞ! 好きなだけ停めてけやっ!」


とりあえず停泊許可も下りたし、私達も飛空艇を降りる。基本ずっと座りっぱなしだから…梯子降りるだけで腰が痛む…。


グイッと背伸びをして、凝り固まった体をほぐす。予定より早く着きはしたが、どのみち明昼の頃には眠らなきゃならないし、さっさと町に繰り出そう。


「町に行くのか? それなら今ちょうど “旅商人たびしょうにん” が来てるから、時間があるなら行ってみるといいぞ」



 ≪旅商人≫

世界を渡り歩き、各地で手に入れた素材を売る職業── “行商人” の上位職にあたる。行商人と同様に、商人ギルドには所属していない。



「旅商人…?! 随分と珍しいな…、ありがとう、行ってみるよ」



     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼



テテゴさんと別れ、ようやく私達は町へと足を運んだ。町の中は人々の活気で溢れており、思った通り観光客の数も多い。


武器屋に防具屋、花屋に雑貨屋と様々な店舗が立ち並び、大通りでは行商人達が布の上に商品を広げて商売をしている。


「何も変わってねえなぁ! まあつっても前来た時から3年しか経ってないから…当然っちゃ当然なんだが…」


「賑わってますね、想像以上です!」


シャンデルはモイ大陸の東に位置する〝フィレーシャ〟と言う国に位置し、フィレーシャは妖人族フレイの国なだけあってやはり妖人族フレイが多く見受けられる。


だが流石に港街シャンデルは賑わいが違う、妖人族フレイ以外の種族もちらほら見える。まるでドーヴァの王都の様だ。


確認できる限りでも “天翼族エピィ” に “竜人族ゴラン” に “魚族ギオ” 、ほんと色んな種族が観光しに来てるな。


「んじゃ私等も別行動でぶらぶらするか!」


「別行動ですか…? わたくしはご一緒でも構いませんが…」


「ただでさえ店数が多いんだぞ…? 花屋だって沢山あるし、せっかくなら1人でゆっくり楽しんで来いよ。宵までに飛空艇に戻ればいいからさ」


「分かりました、それでは行ってまいります。必ず宵頃には戻りますので…!」


そう言ってアクアスは人混みの中へと消えていった。アクアスの背中を見送り、後ろを向いて反対方向へと私も進む。


けど別に目的があるわけじゃなく、行商人の商品を一通り見て回ったら、飛空艇に戻ってさっさと寝るつもりだ。


大きなあくびをした後、道の上に広げられた品物を歩きながらぱぱっと物色していく。目ぼしい物が見つかるまで足を止めないノンストップ物色。


だが中々これといった物は見つからず、気付けば行商人達が商売しているエリアから外れていた。この先は普通のお店しかなく、目ぼしい物も特にない。


しょうがない…アクアスが向かった方も見るだけ見て…、そのあとは大人しく寝るとするかな…。


そう考えながら来た道を引き返していると、不意に近くの路地に目がいった。路地から出てきた観光客らしき2人組が、どこか動揺しながら出てきた様に見えた。


その不自然さに疑問よりも不思議と興味が沸いた私は、吸い込まれる様に路地へと入っていった。


日差しの当たらない路地はひんやり涼しく、かなり気持ちが良い。とても動揺するような何かがあるようには…──あったわ…。


路地の中の少し広い空間に…なんかもう全てが動揺に繋がりそうな…、とても容易には受け入れられない光景があった…。


人の背丈程に大きい違和感満載のリュック…、そしてそのリュックから飛び出しているのは…何故か人の下半身…。


んー…! もう頭パンクしそうだ…! どこにあんだよこんなドでかいリュック…! 私とどっこいどっこいじゃねえか…! ※カカ=5フィート5インチ(165cm)


んでこの持ち主かどうかも分からんコイツは何してんだよ…?! 埋まったかリュックに…?! リュックに食われたみたいになりやがって…!!


どうすりゃいいんだ…これ…? ほっとく…わけにもなぁ…、どうしたものか…。ってか生きてんのか…? つついてみるか…。


恐る恐る近付いて…飛び出した脚を指で突いてみる…。


「ニ…? 誰かが脚をツンツンしてる気がするニー! 誰ニー? お客さんかニ? それともがっつり不審者ニ?」


指でつつくと、謎の人物は脚をバタバタさせて話しかけてくる。って言ってくるってことは…コイツも商人らしい…。そして不審者はオマエだ…。


「えっとォ…まあ客かな…? アンタは…商人…?」


「そうニー! でもただの商人だと思ったら大間違いニよー! 取り扱ってる商品の質と数は他の行商人達とは比べものに…」


「分かったよ…! 分かったからまず出ろ…っ! 何をその状態で平然と会話してやがんだ…! 照れ屋も恥ずかしがるぞその会話方法…!」


なんかめちゃくそ変な奴に関わってしまった気がする…。こんな時アクアスが居てくれれば…、一緒に行動すれば良かったな…。


自称他と違う商人は、脚をバタバタさせながら徐々に徐々に上半身が中から出てきた。声で薄々気付いてはいたが…やっぱり女かコイツ…。


「…ぷはっ! いや~失礼しましたニ、ちょっとリュックの中を整理してて出てこれなかったニ、ニヘヘッ♪」


出てきたのは──紫の頭巾を被った私よりも小柄な女性。頭巾の隙間からはみ出た銀髪は見えたが、頭巾の影で目元が隠れて顔がよく見えない。


「それじゃあお客さんの為に自己紹介するニ! テッテケテ~! 凄腕の “ニキ” ですニ~♪」


ニキと名乗るその女は、とびっきりの笑顔を浮かべると、両手と片足を上げたポーズをとって元気に自己紹介をしてきた。


何度も言うけど…コイツは今まで会ったことのある人物の中でぶっちぎって変な奴だ…。悪い奴には見えないけど…絶対危ない奴だ…。


「ってかオマエがテテゴさんの言ってた旅商人か…。やめてくれよォ…旅商人初めて見るのに…、イメージがオマエで固まっちゃうよォ…」


「そんなこと言われてもニ…、これがニキの素だから受け入れてほしいニ…」


世で活躍している他の旅商人が…どうかもっとまともな奴であることを祈りながら、私はコイツにお願いして商品を見せてもらうことにした。


路地の真ん中に布を敷くと、またリュックに頭から突っ込んで、中から商品を次々と取り出して並べてみせた。


「おおー、第一印象はともかく流石に旅商人なだけあって品揃えが豊富だな!」


「第一印象はともかくってなんだニ…! でも品揃えは確かに自信があるニ! 気になった物は手に取ってもいいニよ?」


布の上に並べられた品々は──妖しく輝く鉱石や魔獣の爪・角、見たこともない薬草や果実など種類様々で、その全てが見たことのない物だった。


美しい羽ペンに他国の漢方薬…──これはなんだ…? 小さな器に “コーヒー” ってラベルが書いてある。中身は何かの種の様だが…よく分かんねえ…。


「見てるだけで結構楽しいもんだな。…日差しを遮れる道具とかない?」


「いや流石ニ…そんな込み入った商品は置いてないニね…」


「ああそう…、しかし色々あるなぁ──おんっ?」


目の端でキラッと何かが輝いた。視線を移すと、黄色く輝く小さな鉱石が置いてあった。特段変わったものは感じないが、何故か気になってしまった。


「ニ? それが気になるニ? それは “日色鉱石ひいろこうせき” って言ってニ、時間帯で鉱石の色が変わっていくのニ」


「時間帯で色が?」



 ≪日色鉱石≫

時間帯で変色する鉱石。朝方→青 昼頃→黄色 夕方→赤 夜中→黒 と日の高さによって少しずつ変色していく。



「 “ジロック大陸” の特産品ニよ! ここら辺じゃ旅商人でしか手に入らないニ!」


「コレはいいな…凄い便利だ。コレ1つ…いや2つくれ! いくらだ?」


曇りの日でも正確に時間帯が把握できるのは嬉しい。アクアスにも持たせてやろう、きっと役に立つ筈だ。


「2つで4800リートになるニ! 毎度あニ~♪」


4800はちょいと皮袋さいふが痛いが…、まあ利便性を考えれば十分それだけの価値がある品だ。


もしかしたらいずれ役に立つかもしれないしな、良い買い物をしたと考えるべきだろう。最悪後で国王に請求しよう、そうしよう。


「あっちょっと待つニ! ニキに話しかけてくれたお礼も兼ねてサービスするニ♪ ちょっと待っとくニよ~!」


そう言ってニキはまたリュックに頭から突っ込んだ。何回見てもこの絵面滑稽だなぁ…、ちょっと気に入ってきちゃったよ私…。


“ズギャギャギャギャギャギャ!! ピュイン!ピュイン! テッテレー♪”


「出来たニー! ニキお手製アイテムニー♪ ハイどうぞー♪」

「ありがてえけど…後半の音なんだったんだよ…」


ニキが作ってくれたのは、日色鉱石が取り付けられたブレスレットだった。これなら手首を見るだけで時間帯が知れて便利だ。


少し変な奴だけど、確かに凄腕を自称するだけはあったな。リーデリアに向かう前に出会えて良かったかもしれない。


「ありがとな凄腕旅商人、なんだかんだ有意義な時間だったよ」


「こちらこそ楽しかったニ~♪ またどこかで逢えたら御贔屓ごひいきニ~♪」


旅商人のニキと別れ、私は足早に飛空艇へと戻った。そして脇目も振らずハンモックの上に横になった。


不思議と胸が満たされてか、目を閉じた私はスッ…と眠りについた──。



──第5話 出現!旅商人!〈終〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る