第4話 旅立ち

「──うむ…? 遅かったなジドよ、何をしておった?」


「少々寝過ごしてしまいましてな…、間に合って良かったですよ…」


時はあした、昇った日の光が優しく大地を照らし、直に王都の住民が静かに眠りから目覚める頃。


城の発着場では人知れず多くの兵士達が集まり、これから飛び立とうとしている一艇の飛空艇を囲んでいる。


その場には兵士だけではなく、城で働くメイド達や執事達、更には国王のラドロフ自らもが飛空艇の出発を見守っている。


「なんだか感慨深いですなァ、まるで我が子が親元を離れるような…」


「何を言っとるかねその歳で…、それを言ったらワシなんて孫2人の成長を見とるようで感極まっとるわい…! 涙出そうじゃ…!」


「もう若干泣いてますよ国王陛下…、ハンカチ要ります…?」

「うむ…」


これから旅立とうとする2人を知っている者はしみじみと見守り、知らぬ者は敬意を込めた眼差しを飛空艇に向ける。


そして遂に出発の時──竜翼がゆっくりと力強く動き、艇底が地面から離れていった。ガラスの奥には飛空艇を操縦するカカと、後ろに佇むアクアスの姿があった。


飛空艇が十分な高さに達すると、ガラス越しの2人はラドロフの方へと手を振り、発着場の上空から離れていった。


徐々に徐々に遠ざかっていく飛空艇に兵士達は敬礼を捧げ、カカとアクアスの行く末に幸多からんことを祈った──。


「頼んだぞ2人共…。リーデリアを救い…、そして必ず2人揃ってこの地まで帰って来るんじゃぞ…」






「カカ様、護煙筒ごえんとう焚き終わりました」


「サンキュー、それじゃあとは好きにくつろいでて大丈夫だ」


<〔Perspective:‐カカ視点‐Kaqua〕>


いよいよ始まったリーデリアへの長距離飛行。何一つトラブルなく到達したいが…、こればっかりは希望的観測の域を出ない。


だが危険から飛空艇を可能な限り遠ざけるのが、飛空技師たる私の務め。出来うる限りの全てを尽くして、無事に目的地へと到達する…!


その手段の1つとして今さっき実行したのが “護煙筒ごえんとう” だ。今この飛空艇の周りを纏うように、護煙筒の煙が出ている。



 ≪護煙筒≫

発せられる煙には周囲の魔素を薄くする効果があり、魔獣が近付くのを防ぐ。煙は霧散して空気に溶ける為、他の生物には無害。小・中・大のサイズがある。



今焚いてもらったのは小だが、すぐに雲の上の高さまで高度を上げるので問題ナシ。今日は雲1つない快晴だから、高度には注意しないとだ。


一気に傾け過ぎないよう注意しながら少しずつ高度を上げていき、離陸から程なくして安全空域に出られた。


風速も弱く風向きも安定、これ以上ない程に絶好の飛行日和。それだけで穏やかな気持ちになれる、ゆとりがもてる。


「あとはハンドルを固定してっと。ふぃー、やっと一息つけるぜ~。私ちょっと甲板に出て外の空気吸ってくるわ」


「でしたらわたくしもご一緒します、景色眺めたいですし」


私が席を立つと、操縦席の後ろに備え付けられているソファーに座っていたアクアスも立ち上がった。なので2人で甲板へと向かう。


ドアを開けて外に出ると、あさの冷たい風が全身を包み込む。完全に日は昇ったものの、まだお日様よりも飛空艇が高いせいか…かなり冷え込む…。


「雲がないおかげで地上がよく見えますね。ほらあそこ見てください、丘の上一面に “チリグレ” が咲き乱れてますよ…!」


「チリグレ…秋の花か、…ってことはもう秋…? なんか今年夏めっちゃ短くなかった…? 私の気のせい…?」


「いえ、どちらかと言うと春が長すぎたんです…。去年の幾星霜月ククツキから一周の白月サキまでずっとでしたから…」


去年の幾星霜月ククツキから…!? 長っが…! 8ヶ月間ずっと春…?! 夏よかいいけど…流石に長ェな…。


ほんで僅か2ヶ月間しか夏なかったのか…、王都に住んでる夏大好きなジンバのオッサン気の毒だな…。発狂してそうだ…。


「やっぱり飛空艇の上から見る景色は素敵ですね、もう王都もあんなに小さく見えます。あっ、以前行ったラゼーラ湖も見えますよっ! ほらほらっ!」


「はしゃぐのはいいけど、あんまり身を乗り出し過ぎんなよ? いつ突風が吹いて飛空艇が揺れるか分かんないからな」


まったく…普段はクールなのに、たまに子供みたいに危なっかしくなんだから…。つってもまだ19だし…年相応と言えばそうなのかもしれんが…。


しかし冷え込むなぁ…。アクアス寒くねえのかな…? ロングスカート穿いてるったって…素足が外気に触れてるだろうに…、これが若さか…。 ※カカ→22歳


「うぅ…、私は寒いからもう戻るぞ…」


「ではわたくしも戻ります。今カーファをお淹れしますので、寒くないようにしてお待ちくださいね」 ※カーファ=珈琲によく似たお茶



     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼



毛布にくるまりながら温かいカーファを啜ると、ようやく体の内側からぽかぽかしてきた。氷漬けから解放された様な気分だ…。


外に出るのはもう少し日が昇ってからにすれば良かった…。なんで毎回自分が寒いの苦手だってこと忘れるんだろ…、カーファうまっ…。


「ふぅ…一息つけましたし、今回のルートを聞いてもよろしいでしょうか?」


「うん良いよ、それじゃちょっと地図を開きまして…──」


今回は大体4日間の長距離飛行、当然このまま真っ直ぐリーデリアに向かうことは出来ない。一度別の場所に停まる必要がでてくる。


燃料的には直行することも可能だろうが、操縦できるのが私1人だけな為に…どこかで睡眠休憩を挟まないとならない。


「肝心のルートだが…明日の明昼くらいにモイ大陸の最東端にある港町 “シャンデル” に着く。そこで一旦睡眠休憩を挟み、宵頃よいごろから出発してそのままリーデリアへと直行する」 ※宵=日没直後の夜のはじめ


かなり早足になるが…これが一番早いルートに違いはない。違いはないのだが…これ相当キッツイぞぉ…マジで…。


何故こんなルートで向かわなければならないのかと言うと、モイ大陸とアツジ大陸の間に停まれそうな大陸や島がないからだ。


シャンデルを発ったが最後…雲の下に広がる光景は海一色。魔獣海獣が溢れかえる死の絶海…、もし雲の下にうっかり出ようものなら…余裕で死ねる…。


この先の飛行を考えるだけでため息が止まらない…、だから普段やらないんだよ長距離飛行…。ゴリゴリ神経削れるし…、肩凝るし…。


「大変な飛行になるのですね…、ではわたくしも全力でサポート致します…! 何かございましたら何なりとお申し付けください…!」


「じゃあアクアス~、朝ご飯作って~」


「お任せくださいっ! 腕によりをかけてお作り致しますっ!」


そう言ってアクアスは張り切ってキッチン作業台へと歩いて行った。出来上がるまで少しあるし、私はまた操縦席に戻って周囲を見張る。


ちなみにキッチン作業台はソファーの奥、階段の隣に設置されている。簡易な造りだが、あるだけマシと言うものだ。


周囲に危険となりえる存在がないことを確認し、私はポーチから1枚の紙を取り出した。リーデリアから流れてきた手紙だ。


石碑に石版…7体の謎の生命体…そして── “魔物” か…。何度読んでも同じ世界で起きた事とは思えない内容だ…。


まるでおとぎ話の一節を読んでいる様な気分…、1つとして理解出来ない…。そもそもかつて魔物をしたって…どうやってだよ…。


数百年前に生きてた人達は…何か人智を超えた特別な力でも持ってたのか…? もしそうなら…現代を生きる私達に何が出来るんだ…?


考えても仕方ないことだとは分かっていても…、考えずにはいられないものだな…。…っというか知らないこと自体が命取りになりそうで怖い…。


まったく…、またとんでもない事に駆り出してくれたもんだな…国王陛下め…。死んだら怨念となって国中に禍をもたらしてやるからな…。


「カカ様、もうじき出来上がりますのでテーブルの地図片付けてください」


「はいよー」








深更しんこう


ドーヴァを出発してかなりの時間が経ち、現在の時間帯は “深更しんこう” 。

※深更=夜が更けた頃


黄色い月と深い青色の暦付喪月ツカヤが優しい光で大地を照らす幻想的な世界。空からの景色はえも言われぬ美しさである。


そんな中、私は現在甲板に出て夜風に当たっていた。秋の夜もかなり冷え込み…寒いのが苦手な私にはかなり堪える…。


それでも外に出ているのには理由がある、それは眠気を紛らわせる為だ。凍えそうになっている間は意識がはっきりとして眠くならない…だがキツい…。


ちなみにアクアスは今ソファーで寝ている。アクアスは拒んだが…2人揃って寝不足でいると、不測の事態が起きた時に対処できないからと寝てもらった。


故に話し相手も居ない今の状況では、寒さに身を投じる以外に方法がないのだ。いやまあカーファを飲むって手もあるが…。


「そうだっ! 厚着してカーファ飲みながら外に居たらいいんだっ! そうすれば多少寒さも抑えられるし、眠気も消し飛ぶでしょ!」


そうと決まればすぐに行動に移す。私はドアを開けて中に入り、階段の横にある部屋へと入った。


そこには護煙筒ごえんとうや信号拳銃などの小物が置かれていたり、睡眠休憩用のハンモックなどが吊るされていたりする。


そこから毛皮の防寒着を取って身に着け、カーファを淹れる為に階段を降りていった。そしてササッとカーファを淹れて戻るとすると──


「カカ様…」


「うん…?」


アクアスに呼ばれて顔を向けると、アクアスは背もたれに寄りかかったまま寝ていた。どうやら寝言だったみたいだ。


コイツ…夢の中でも私に仕えてんのかよ…、寝てる間くらい解放されればいいのに…。なんちゅう忠誠心なんだ…。


「カカ…様…────カカ様…?!────カカ様…!!」


ああ違うなこれ…多分夢の中で魔獣にでも襲われてるな私が…。仕えてるんじゃなくて…うなされてたのかよ…、嫌な夢見やがって…。


私はそっと近付いて、起こさない様に優しく寝かしてあげた。座り姿勢よりかは多少うなされなくなるだろう…、私も襲われなくなるだろう…。


そして私はまた甲板へと戻ってきた。再び寒風肌を撫でるが、防寒着のおかげで幾分かマシになった。


そこへカーファをゴクリッ…温かいカーファが食道を流れ、胃の中からぽかぽかしてくるのが分かる。


ようやく一息つけた私は、寄りかかって飛空艇からの眺めにふけった。既に飛空艇はフジリアを抜けて、下には大海原が広がっている。


「広いもんだなァ…なんで海って空より広く見えるんだろうなぁ…。あの手紙もこの海を流れてきたとは…つくづく恐ろしいな “蛇断海流シーラアムニス” …」



 ≪蛇断海流シーラアムニス

潮の流れが沖で何本にも枝分かれし、島や大陸の間を縫うように進む海流。その長さは最大で数万Kmにも及び、 “死道” とも呼ばれている。



以前知り合いの航海士から聞いた話と照らし合わせて考えるなら…、アツジからフジリアに流れ着くには…確か西側の海岸からでないと不可能だ…。


飛空艇が使い物にならない状況だったことを加味すれば、襲撃を受けた場所はアツジの西側、それも海岸とそこまで遠くない位置にある筈。


手紙には事の顛末しか書いてなかったから…、それがリーデリアのどこの話なのかが分からない…。予測を立てて飛行しないと…途中で燃料切れを起こすだろう…。


まあきっと襲撃にあったのは王都だとは思うけどね…。まったく…リーデリアの地図さえあればこんな苦労しなくて済むのに…。


「心労が絶えなくて困るな…。──おっ! 見えてきたなっ!」


私の視界の先に現れたのは、仄かに月明かりに照らされた巨大な大地。1つ目の目的地があるモイ大陸だ。


風向きの影響で思ったよりも早く見えてきた、飛行は今のところ順調だ。これなら昼前にはシャンデルに着くかもしれない。


「それならまあ…、ちょっと眠いけど頑張りますか…!」


私はカーファをグイッと飲み干して、操縦席へと戻った。私とアクアスを乗せた飛空艇は、速度を落とさずモイ大陸へと向っていく。



──第4話 旅立ち〈終〉

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