『誰にも奪われたくない/凸撃』 児玉雨子

『誰にも奪われたくない/凸撃』 児玉雨子


 金融会社で働く傍らアイドルなどに詩を提供する作詞家としても活動している園田レイカは、新年会でシグナルΣシグマというアイドルグループのメンバーである佐久村真子と知り合う。園田は真子に懐かれて、LINEをやりとりし一緒にゲームをするような仲になる。日々エゴサにあけくれてはファンが望むようなアイドルとして振る舞おうとする真子の姿を見つめる園田も、職場では客が求めるような社会人としてのありようを求められ、作詞業界ではまず新進気鋭の女性作詞家という枠にはめられた目で見られている。

 ある時、真子が万引きする瞬間をとらえた動画がSNSで拡散され炎上してしまう。真子には窃盗癖があることを薄々察していた園田は、自宅待機を言い渡されている真子に呼び出されて彼女の住むマンションへ向かう。そこで真子は、奪われた自分を取り戻そうとするために万引きを繰り返していたことを明かす──というような内容だった「誰にも奪われたくない」。

 園田の同僚である林を主人公にして、コロナ禍中に喧嘩凸待ち生配信をしている男が中卒の少年に凸られて、何故かその少年に自分がいじめられていた時のことを語り凸主に少しずつ懐かれてる間に、実生活上では腐れ縁の女との関係がめんどくさいことになっていて──といったようなことを語る「凸撃」。芥川賞候補作家による二作の短編を収録した小説集。



 作者の児玉雨子さんはハロプロのアイドルや声優に歌詞を提供する作詞家、それも「アイドルタイムプリパラ」に出てくる華園しゅうか様のキャラソンも手がけている方だと知って興味を持ち、読んでみた一冊。私はしゅうか様の持ち歌「Miss.プリオネア」を非常に好むものである。


 面白い面白くないでいえば面白かったし、入念かつ小まめなセルフプロデュースを怠らないアイドルの少女と作詞家のつかず離れずな関係だとか、コロナ禍中の生配信の世界だとか、自分が知らない2020年代前半の様相が書かれていて興味深かった。現代だ、うーん現代だ、現代の小説だ。現代を堪能したな……という感覚になったような気がする。

 しかし普段あまり芥川賞に選ばれたり候補作になったりするタイプの小説を積極的に読む方ではないので、それらに対して語る言葉をもたず、「うん、現代の煮凝りって感じでおもしろかったよ?」という曖昧なことしか言えないのだった。どちらかというと読後感がよくないけど救いがないわけでもなさそうな「凸撃」が好みだったように思う。こんな感想ですまんです。


(なんとなく考えてみたが、私が芥川賞に選ばれたり候補作になったりするタイプの小説に求めるものって「現代の煮凝り感を活きとセンスのよい言葉でどう書くか」なので、それが感じられたら基本満足なんである)


 この方の書くものはもうちょっと読んでみようかなと思う。

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