『海神(わだつみ)の島』 池上永一

海神わだつみの島』 池上永一


 一九九九年の沖縄、花城家の三姉妹、みぎわ、泉、澪の三姉妹は祖母の蓮オバァにキャンプ・キンザー内にある「海神の墓」と呼ばれる聖地をお参りする道中で、自分たちの曾祖父に纏わる話を聞かされる。役人をしながら考古学の研究をしていた曾祖父は、沖縄が戦場になる直前に「海神の島」を訪れ、海神の秘宝を発見した。しかし、戦中戦後の過酷な体験から、曾祖父は失意のうちに死んでしまったのだという。

 二十年後の二〇一九年、大人になった三姉妹はそれぞれ銀座の高級クラブのママ、新進気鋭の海洋考古学者、炎上と舌禍で干されている地下アイドルとしてそれぞれ活動していた。子供時代から折り合いの悪かった三姉妹はそれぞれ好きに生きていたのだが、蓮オバァが余命いくばくもないことを知らされ、故郷の沖縄で顔を合わせることになった。三姉妹に遺言の内容が伝えられる。それは三姉妹のうち誰かがキャンプ・キンザー内にある「海神の墓」の祭祀者になること、祭祀者にオバァの遺産を相続させること、祭祀者になるのは三姉妹の曾祖父が発見したという海神の秘宝を発見した者だと定められていた。

 海神の墓守などやってられないと三姉妹たちは即座に相続を拒否するが、蓮オバァが年間五億以上の地代収入を得ていたことを聞き一斉に目の色を変える。それぞれに大金を必要としていた三姉妹は、己の目的のために海神の秘宝の争奪戦を開始する。


 ポルシェビルを丸ごと手に入れんとする高級クラブを切りまわす銀座の女の長女、研究機関に属さずフリーで活動する一匹狼の海洋考古学者の次女、なんにでも練乳をかけて食べるロリ顔で身体能力だけは図抜けている地下アイドルの三女という、それぞれキャラが濃くて仲が悪い三姉妹による宝探し冒険小説。三姉妹の秘宝探しにアメリカ、中国、台湾も巻き込まれるという派手な展開になりあわや有事に発展しかけるような派手さが読みどころと言えよう。

 狂騒的な宝探しと並行して、三姉妹の曾祖父が見たという海神の秘宝の正体が少しずつ明らかになっていく。戦後から現代における沖縄の置かれた状況の難しさや領土問題など、今日無視できない諸問題について語られている特色か。このあたりのむき出し感は気にはなったというか、池上先生グレタさんがそんなにも苦手なのか……とはなった。

 ともあれ色々とややこしく頭の痛い問題を核にして史学や考古学などの知識をふんだんに盛り込んだ上で、「欲深い三姉妹の秘宝争奪戦」というストーリーを走らせられるな! と驚かされる小説あった。

 とにかくキャラクター小説としてすでに十分おもしろい。

 己の欲望とお互いへの蔑視を隠さずに、目的のためには共闘しつつも秒で裏切り互いを出し抜く、血が血で洗う仁義なきバトルが繰り広げられるというだけでもう面白い。特に着道楽で色気の塊で、幼い頃から培った接待術であらゆる人間をとろかし情報を引き出す長女の汀が面白い。これぞ池上永一の小説に出てくる女! という塩梅で素晴らしい。心なしか汀の出てくる場面は文章のノリもいい気がする。

 次女の理知的で豪胆なところや、驚異的なアホの子でもある三女の場を引っかき回す所なども、それぞれにこの著者が得意としていそうなキャラクターの主要要素を分割してそれぞれ強化した趣があって楽しかった。特に本作は『黙示録』『ヒストリア』では抑えめだったスラップスティック成分が強化されていて、笑える小説好きとしても楽しかった。ちなみに今回はマブイを落とさなかった(マブイについては『ヒストリア』についての章をお読みください。こちらhttps://kakuyomu.jp/works/16817330656533448395/episodes/16817330665417982133)のでマジックリアリズム要素はないが、汀と澪のキャラクターそのものが十分魔術的と言えるかもしれない。


 というわけで二〇二三年八月は『黙示録』『ヒストリア』『海神の島』と池上永一の小説を読んでいた。

 著者の小説を読んだことないわ、という方にこの三作から一作お勧めするとしたら、キャラクターが濃くて文庫本一冊で収まっている『海神の島』が妥当だろうか。でもこの三作以外ならデビュー作の『パガージマヌパナス』が一番いいと思う。できれば『風車祭カジヤマー』『レキオス』『シャングリ・ラ』あたりも読んでみてね。面白いよ。

 

 

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