『ヒストリア』(上・下) 池上永一

『ヒストリア』(上・下) 池上永一


 一九四五年の沖縄、十四歳だった知花ちばなれんはアメリカ軍の攻撃によって家や家族を全て失い、マブイまで落としながらも身一つで生き残る。戦火を潜り抜けなんとか生き延びた煉は戦後の闇市で実業家として財を成したが、とある事情で米軍の共産主義者リストに載ってしまい、沖縄にいられなくなってしまう。何かに導かれるように向かったのは南米のボリビアだった。

 異郷でも持ち前の商才と豪胆さを発揮し、日系人のイノウエ兄弟やプロレスの女王カルメンといった友人を得ながら生活の基盤を築く煉だったが、社会情勢の変化からまたしても全財産を失う。身一つになった煉は沖縄出身の移民たちとともに開拓者として村を築く。しかし、劣悪な環境や過酷な労働にも耐える開拓者たちの間に怖ろしい感染症が蔓延し、煉も病魔に憑りつかれてしまう。生死の境をさまよった煉だが、奇跡的に病から快癒してこれまで以上に精力的に働きだしたのだった。実は病で生死の境をさまよっていた時に煉の体は何者かに乗っ取られていたのだが、その正体は沖縄戦の砲撃のショックで地球の裏側にあるボリビアまで飛ばされてしまった煉のマブイだった。

 二人に分裂した煉の魂は、それから隙あらばおのれの肉体を取り戻すチャンスを伺いながら開拓者として生き続ける。その過程でチェ・ゲバラと恋に落ちたり、アメリカ陸軍情報部隊に匿われていた元ナチス親衛隊のバルビーの悪事に加担させられそうになったり、革命後のキューバに物資を運ぶ空賊として活動したり、キューバ危機に直面したり、中南米をとりまく歴史の荒波に揉まれながらも、新しい故郷ボリビアで強く生き抜いていくのだった。


 沖縄人によるボリビア移民の歴史と二十世紀中南米史をベースに、頭が切れて度胸もあって美意識が高く、生き続けようとする力がとにかく強い女の半生を絡めたマジックリアリズム小説。チェ・ゲバラとか元ナチスとかアメリカの諜報機関といった有名人や胸躍る要素がふんだんに登場し、プロレスから空賊活動などアクションももりだくさんで飽きさせない。

 沖縄系入植者によるボリビア移民の歴史など、今まで知らなかった世界を知るきっかけにもなった。


 ところで、池上永一の小説といえばマブイである。沖縄で魂は、魂本体の他にマブイと呼ばれるもので構成されているらしい。このマブイはちょっとした出来事で肉体からすぐ落っこちてしまい、落とした時にはユタ(民間の霊能者のような人)に戻してもらう必要があるとのこと。マブイを落とした状態の人は、現実感を喪失したような状態になってしまうらしい。

 著者の小説は主人公たちがマブイを落としてしまったことから始まり、その期間に超常的な存在や事件と遭遇したり、とんでもない冒険をするハメになったりするものが多い。その狂騒的なストーリーを毎度楽しみにしているので、本作の満足度は非常に高かった。

 主人公の知花煉も、池上作品に登場する「強くて賢くて誇り高くておしゃれ好きな女」を煮詰めて作られた感があって非常によかった。砲撃から生き残った煉が、傷の少ない遺体からブラジャーをはぎとって身に着ける所とか最高だった。あと、ボリビアの国民的大スター、カルメンも大変よかった。これを読んだ人はカルメンのことはすごく好きになると思う。

 

 さて、落としたものや失くしたものはいずれ元にもどってめでたしめでたし……となるわけだけど、となると煉の体から落ちたマブイがもともとの魂と一つになることが本作の結末となるのだろう。とまあ読んでいるうちに大体予想がつくわけである。

 ネタバレになるが、それがとんでもない形で裏切られる結末はかなり衝撃的だった。こういう終わり方を選ばれた意味や意義は、読んだ人がこれから各々考えるべきなのだろう。

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