『黙示録』(上・下) 池上永一

『黙示録』(上・下) 池上永一


 一七一二年、琉球王に即位した第十三代尚敬王に仕える国師の蔡温は、国を繁栄させるために王の身代わりでもある「月しろ」を探し始める。候補に選ばれたのは、踊奉行の玉城朝薫に才能を見出され全てを注ぎ込んで育てられた士族出身の雲胡くもこと、賎民出身で踊りに関しては天賦の才を持つ少年の蘇了泉だった。「月しろ」は謝恩使の楽童子の一人として江戸に上り、将軍の面前で舞い踊って琉球の威容を示した者が担うという流れになる。

 「月しろ」候補の一人として目をつけられた了泉はというと、生きることに精いっぱいで政治のことなどまるで興味はない。しかし、玉城朝薫に対抗心を持つ踊の名手・石羅吾に、江戸に上って将軍に気に入られれば病に侵されている母を直せる薬が手に入ると唆され、楽童子になるための猛特訓を受ける。様々な手段を駆使した末、了泉は楽童子になんとか選ばれたが、そこには当然天才の雲胡がいる。互いに一歩も譲ることない両者は己の技術を磨きあげながら江戸に上る──。


 というのが上巻の大まかな内容になる。

 下巻は謝恩使を成功に導き琉球に凱旋し、高い名声と士族としての身分を得るも、満足感が得られず空疎さばかり募らせる了泉の堕落や失墜、最下層からの再出発と舞踊家として大成するまでの後半生が、徐葆光ら清国の冊封使による琉球への来訪や玉城朝薫による「組踊くみおどり」を生み出すまでといった史実を元に語られる。

 上巻までの波乱万丈マジックリアリズム歴史小説から、下巻はわりと真っ当なビルドゥングスロマン歴史小説へと風合いがかわっていったので、読んでいてすこし驚かされた。

 著者の長編小説の特色である(と思ってる)、やたら濃い登場人物たちが見せるムチャクチャな生きざまのぶつかり合いを本作でも期待していた所があったのだが、上巻で殺し合いまでしていたキャラクターたちが下巻では随分大人しくなるのにやや違和感を覚えた。しかし、蘇了泉を始めとする登場人物たちが時に絶望しつつも前進してゆく様につきあうのは悪くはないもので、読み終わってからこれはこれで綺麗に閉じていてよかったなと思わされた。


 本作をざっとまとめると、琉球史を元に「月しろ」を目指す少年たちと、己の目的と野望のために裏で糸を引く大人たちによる「ガラスの仮面」といったところだろうか。「ガラスの仮面」の世界や登場人物は一定の品格を保っているように思うが、本作の登場人物のほとんどは欲と生命力が強すぎて、目的のためには暴力も卑劣な手段もためらいなく用いるし、ライバルを蹴落とすことなど屁とも思わない連中ばかりである。ついでに上巻ではただのバケモノとしか思えない人物も出てくる。

 琉球を中心に据えた東アジア史関するふんだんな知識をもとに、強烈なキャラクターを活躍させるという、そのあたりが実に池上永一の小説だなあ……としみじみ堪能しながら読んだ。私は池上永一の小説が好きなのだ。

 好きは好きなのだけど、とんでもない熱量のある小説ばかりなので読む方にも相応のエネルギーと「今なら読める!」というタイミングの訪れが必要になり、文庫版を購入してかなりの年数積んでいた。で、ようやくこの度、エネルギー充填の完了とタイミングが嚙み合ったので、ようやく読んだ次第である。そんなわけで二〇二三年の八月は池上永一の小説をよく読んでいた。


 ところで著者の琉球や沖縄が舞台になった小説群に対して、カドカワさんは「琉球サーガ」って名前をつけてたんですね……。サーガ……、サーガなあ。別に悪くはないけども。

 確かに一作だけでなくたくさん読んだ方が、氏が書く小説の世界も味わいが増すのでシリーズとして楽しんだ方がお得だとは思う。一作一作が大長編なことが多いけど。

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