『Schoolgirl』 九段理江

『Schoolgirl』 九段理江


 社会派YouTuberとしての活動に夢中な十四歳の少女には、読書が趣味で特に小説を好む母親がいる。少女は小説なんて嘘には興味はないし、フィクションなんかに頭の中を侵されている母親のことを日頃から侮っている。そんな少女がある日の配信で扱ったのは、母親のクローゼットから見つけた太宰治の「女生徒」だった。戦前の少女が朝起きて夜に眠りにつくまでの一日を語った小説について、少女は語り出す。

 かつて「女生徒」を愛読していた少女だった母親は、朝食を用意し、孫娘を案じる姑の指示に従って心療内科を訪れて娘についての見解を聞く。暗に母親を毒親として扱う医師に憤慨しつつ病院を後にし、ホテルで愛人と過ごし、帰宅する。その合間合間に娘の配信を視聴し、自分のことを批判する娘の発言を受け入れる。

 そんな母の一日の様子に、娘の配信による語りを差し込むという構成の小説。



 第166回芥川賞候補作である表題作と、デビュー作である「悪い音楽」を収録した一冊。太宰治のことは正直よくわからんが「女生徒」は好きだな、という理由から読んでみた。

『誰にも奪われたくない/凸劇』についての感想でも書いているけれど、芥川賞の候補になるような小説はセンスの良い言葉で現代の煮凝り感が書けているなと感じられるとそれで満足してしまう所がある。本作だと構成の面白みもあったけれど、自分が「母親」として大いにズレていることはなんとなく察しているがそのことについては特に悩んでる様子はない母の内面や、世界で今起きていることについて発言することに熱心な娘の配信中のいかにもZ世代風な語り口調(グレタさんのことを「グレタ」って呼ぶような所)で満足感を得られた。が、深い所まで読み込めたような自信はない。よくわからんが面白いな、という浅い関係で終わってしまった。


 どちらかというと同時収録の「悪い音楽」の方が素直に楽しめた。

 著名な音楽家を父に持つ公立中学の音楽教師、三井ソナタ。彼女は好きな楽器を思う様演奏できる年に一回の合唱祭に全精力を傾け、日々サルのような中学生に音楽を教えてる女である。それは三井ソナタにとっては自分がラクに生きるために無難な選択をしているに過ぎないのだが、ルームシェアしているアーティストの女友達をはじめとする周囲の人々は「特異な感性を持つ芸術家」「著名な音楽家の娘(“ソナタ”なんて名前をつけられてる)」として勝手に理解したりありがたがったりしている。

 そんなこんなでそれなりに日々平穏に生きていた三井ソナタが楽しみにしていた合唱祭の日に、彼女の鋭敏な耳だけが惨事の予兆を捉えていた。それは彼女が受け持つクラスの生徒たちが聞くに耐えない合唱を披露しようとしている寸前、最高潮に高まるのだった──というような内容なのだが、終盤がとにかく笑えるのである。合唱祭のためにクラスメイトを取り仕切っていた熱心な女子生徒から三井ソナタへ向けられる罵倒を読んだ時など、声に出して笑った。笑って読む小説なのかどうかは分からないが、こんな笑えるものを書く人ならそりゃ賞の候補に選ばれるなと納得した。

 あまりに面白かったので、この方の作品はしばらく追ってみることにした次第である。


 そういえば、周囲の人々とは致命的に感覚がズレている人たちを扱った作品だと「どうして私はこうなのだろう」「私の考えは何故皆に正しく伝わらないのだろう」と困惑するような小説が少し前までは多かったような気がするけれど、ここ最近は「私の考えはなんかズレてるっぽいけどそれが何?」みたいな、あらかじめ開き直ってる作品が多いように感じた。生きづらさの原因の研究が進んで、ネットを使えばそれらの名前がすぐに判り、その対処法がSNSを介して一瞬で伝わる時代に生まれた小説らしいなあ……てなことをふと思う。

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