3.言われる側はむず痒い

 トリュファイナのこういった態度はもはや珍しい話ではない。しばらくの間でアレッシアとトリュファイナは交流を深めた。頻度は少なめであったけれど、馴れ合いを好まず、顔を合わせようともしない他の候補者達よりは仲が良いと認識されている。

 意外にも世話焼きの性分を露わにしたトリュファイナは、いずれ命を奪い合うかもしれない相手だから、とは口にするものの、アレッシアの様子を確認しにくる。


「今日はくるって連絡なかったけど、なにかあったっけ」

「……あったっけ、ではないのよ」


 トリュファイナの後見たるモラリス家は、彼女のストラトス家への訪問を良く思っていない。しかしアレッシアが他の候補者より一歩抜きん出たことと、トリュファイナの命を救った事実は認識しており黙認状態だ。

 トリュファイナの護役である双子が礼儀正しく頭を垂れる。片方はルドに尊敬の眼差しを送っているが、人狼は素知らぬフリだった。

 客人を案内すると、トリュファイナは不思議そうに家の中を見渡す。

 その後も彼女達の周りにはひっそりと護役達が待機していたが、このあたりは慣れてしまったのか意にも介していない。


「うちになにかあった?」


 アレッシアが尋ねれば、乙女は気難しげに口を結ぶ。きゅっと眉を寄せる姿すら絵になる様子だったが、やがて言った。


「その様子じゃ、まだ通達も何も来てないのね」

「通達って?」

「決まってるでしょ。試練の開始よ」


 試練、とは言葉そのままだ。

 運命の女神の候補者達が次代の神の座を継承するために必要な通過儀礼だ。アレッシアは開始前にしてひとつ突破したが、それは過去に遡った行為であり、どの内容が試練突破の鍵になったのかはいまだ不明である。目を見張るアレッシアにトリュファイナは言葉を選ばない。


「わたくし達が主神に拝謁賜ってどのくらい経っていると思っているのよ、おばかさん。わたくしはこれでも遅い方だと思っていたわ」

「で、でも、私はなにも聞いてないよ」

「そうだと思った」

「ええ?」

「来てたらあんなに落ち着いているものですか。そろそろ貴女にも試練が言い渡されるでしょうから、心の準備をしておきなさい」


 わざわざ忠告しに来てくれたらしい。

 この調子では、すでにトリュファイナは試練の開始を言い渡されているのだろうか。答えは是だった。


「もちろん来たわよ。近々ロイーダラーナを出るし、他の人達も同じでしょう」


 他、とはカークルハイのディオゲネス、外套の男、人狼ギーザになる。ディオゲネスを除き、彼らは候補者同士の付き合いを良しと考えていない。

 トリュファイナはロイーダラーナを出ると言うが、その内容までは語らない。興味が首をもたげ尋ねていた。


「ねえ、トリュファイナにきた試練ってどんなのだったの」

「……ばかなの? 同じ試練が来るとは限らないし、なんで教える必要があるのかしら」

「だって教えあったら駄目とか言われてないし……私の方も連絡が来たら、内容教えるよ。それでこれから先について備えられるじゃない」

「そうね、言われてはないわよ。でも、貴女はわたくしたちの関係をなんだと思ってるわけ。言っとくけどオトモダチじゃないわよ」

「え、違うの?」


 これには本気で驚いたのだが、こちらはトリュファイナにこそ驚かれた。彼女の護役が教えてくれたのだが、トリュファイナには友と呼べる人がいないし、アレッシアを悪く思っていない。しかし素直に肯定できず、恥ずかしさが爆発して帰ろうと席を立ったところで、アレッシアが慌て引き留めた。

 

「待って待って。みんな同じ試練を一緒に受けるのかと思ってたから、ばらばらに始まるなんて知らなかった。だから知っておけるならいいなって思ったんだってば」

「学習塾じゃないんだから、同じように並んではじめ! なんてやるわけないでしょ。わたくしだってこれから貴女がどんな試練を言い渡されるのか知らないし、逆も同様よ」


 落ち着いたのか用意された茶を飲み干し、大体、とスプーンでアレッシアを指す。


「貴女はひとつ試練を突破してるし、足並みが揃うわけないでしょうに。温室育ちなのは聞いたけど、とっくに渦中の人間なのだから、平和ボケもいい加減になさいな」

「そういうつもりはないんだけど、試練を超えたのだって無我夢中でやっただけで、突破してやるぞーなんてつもりなかったし……」


 心構えはしていたが、いまいちイメージが湧かないのも事実だ。呼び出しを受け、もっと荘厳な雰囲気の中で言い渡されるとすら思っていたから拍子抜けしたのもある。


「ねえ、試練を超えられなかった人が落第するのはわかるんだけど、失敗したからって殺されるわけじゃないよね」

「巫女長様はそうおっしゃっていたわね。試練を突破できなかった者は神殿が責任を持って保護するって」


 この質問はアレッシアが改めて神殿に問うた質問だ。運命の女神の巫女長ソフィアは試練の突破が目的であり、殺し合いが主目的ではないと語ったが、アレッシアはいまいち信じられずにいる。

 

「本当だと思う?」

「疑うのは止しなさい。巫女長様のお言葉なら神々の約束も同然なのだから、疑っては不敬よ」


 などとトリュファイナはアレッシアを宥めるも、目は続きを促している。

 彼女の言葉は主神マグナリスに殺された……もとい、殺されかけたゆえに取り繕ったものだ。あの一連の事件は、さしものトリュファイナとてモラリスに隠すわけには行かなかった。結果として身内捜しというマルマーの規律破りが判明してしまったため、母捜しを止められてしまい、なおかつ神々の怒りを解くため、日々祈りの時間を増やしている。本心は悔しいはずだが、命を守るために黙っているのは明白だ。

 アレッシアは困った様子で視線を落とす。


「じゃあ、みんなが試練を超えたら、やっぱりディオゲネスが言ってたみたいに果たし合いになるの?」


 二度目のディオゲネスとの対面時に放っていた言葉だ。彼はアレッシア達がいずれ殺し合いに至るかもしれないと言っていた。

  

「……さぁ、それはどうなのかしらね」

「トリュファイナだって、いずれ私たちは殺し合いになるっていったのにー」

「あのときは巫女長さまに確認する前でしょ。貴女だって歴史を知らないわけじゃないし、わたくしがそう言った理由もわかるんじゃない」

「それはまあ、そうなんだけど」


 ストラトス家でアレッシアも様々学んだ。これまで神々によって長命を与えられた人間は、ほぼすべてが特出した才能を持っているか、さもなくば英雄的活躍によって見出されている。ルドは竜殺しの英雄らしいが、カリトンのように戦士として実力を見出された者であっても、他の者との競争を強いられているのだ。歴史書を読み解く限り、彼らの例に漏れず、神々は基本的に誰かを打ち倒し、のし上がってきた人間に祝福を与えるのが好きらしい。

 五人のうち誰か一人しか神になれないと言われてしまえば、最終的に待っているのは殺し合いではないかと疑うのも無理はない。

 主神マグナリスは候補者であったトリュファイナでさえ容易く殺して捨てようとした。

 ならばただの人間など紙くずも同然扱いだと知れるし、二人があの発言に至ったのも無理はないし、アレッシア以外の候補者達だって彼らの考えを否定していない。もし最終的に試練を超えたとして、彼らに剣を手渡し「さあ殺し合え」と言われたって驚かないはずだ。

 神々の競わせ好きは、ロイーダラーナには備わってないけれど、各都市に大抵備えられている闘技場の存在が証明している。

 憂いをみせるアレッシアに、トリュファイナは頬をついた。

 

「わたくしだって好きこのんで斬り合いたいとは思わない。でも、いざとなったら躊躇いはしないわ。理由はわかるわね?」


 アレッシアは目をそらす。

 彼女に望みがあるように、トリュファイナにも望みがある。母捜しを諦めていないから、マルマーの巫女を抜ける資格を獲得し、改めて母を探すつもりなのだろう。

 やだなあ、と心で呟く程度には、彼女はトリュファイナを好いている。

 アレッシアは、もう一つ、かねてからの疑問をぶつけた。


「試練っていくつ存在すると思う?」

「ばか。わたくしが聞きたいくらいよ」


 これはトリュファイナの本心だろう。

 なにせ候補者全員、いくつ試練があるかすら知らされていない。アレッシアの一件で、第九試練のみ、おそらく過去改変が関わっているらしいとは考えているだろうが、その内容自体はとんでもないものだ。

 自ら足を運び、警告しに来てくれた友人はこうも言った。


「貴女に届く試練の内容はわからないけど、安全とは言い難いものだってあるでしょう。心残りがあるなら済ませておきなさい」


 せめて情報共有しようと思ったが空振りになってしまい、トリュファイナを見送った後も憂鬱さを隠さない。

 無言でリベルトに振り返るも、美中年は無言で首を横に振った。


「残念ながら、いくら調べても結果は変わらない。深く探りたかったら神殿の書庫にでも潜らねば無理だろうね」

「そこにならあると思う?」

「いいや。もっと奥深くの、例えば立ち入り禁止区域や宝物殿あたりを探らねばみつからないだろう」


 カリトンが微妙な表情をするのは、アレッシアがリベルトに「過去にあったであろう運命神交代の儀」について探らせているためだ。真相は数千年前のため不明だが、いまの運命の女神も先代より神の座を継承した者ではないかと彼女は考えている。これだけでも不敬罪で処されておかしくないのだが、これも情報収集の一環と偽って頼み込んだ。

 しかしアレッシアたっての願いとあっても、ルドには断られ、カリトンには不敬だと思われているのか一発で断られた。アレッシアの試練だから口は挟まないが、いまでさえ嫌そうに顔を歪めている。

 唯一躊躇いもなく引き受けてくれたのはこの美中年だけ。そのため彼女も任せているのだけど、ふと思いだしたように言った。


「リベルト、相変わらず私のお願いはなんでも聞いてくれるよね」

「むしろ、なんで聞かないと思ったんだい」

「え、いや、わかんない」


 聞き返され、戸惑う姿にリベルトは微笑む。

 彼は元から彼女に対しては甘かった。ディオゲネスを捨ててまでアレッシアを選んだ経緯もそうだが、目元に皺を寄せる姿は、アレッシアが十四歳頃の少女の姿になってから一層見る機会が増えたと感じている。

 彼はルドと同じ神々に見出された戦士らしいが、その所作はどこか上品さがある。


「もちろん、君が私にとっての女神だからだよ」


 良い年をした男が十代の少女に「女神だ」と言う姿はなかなかマズいものがあるのだが……これも異世界だし、とぎりぎり言葉を呑み込んで、愛想笑いで誤魔化した。

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