2.永遠を授かる人たちに囲まれて


 ひとりは整った顔立ちの中年男性。

 もう一人は浅黒い肌色を持つ、十代中頃の少年だ。

 前者は人好きされるような……しかしどこか胡散臭い笑みを浮かべるも、アレッシアは慣れた様子で尋ねた。


「二人が一緒なんてめずらしいね。手合わせでもしてきたの?」

「冗談を言うな」


 しかめっ面で応えたのは少年――カリトンだった。この見た目でも齢二百を超えており、中年ことリベルト曰く、彼よりも年上になる。神々が実在するこの世界においては見た目と実年齢が一致しないため、大概の人が年齢不詳になるのだが、彼らも例外ではない。

 カリトンは並び立つ男をじろりと見上げ、文句を呟く。


「逃げ回るだけの相手と戦っても訓練にはならない」

「誤解ですよ、カリトン殿。同じ女神の戦士においても、先輩にあたる貴方に向ける刃を持たないだけだ。それに護役としては、剣を抜くのはいざという時だけだ。そういった荒事はルド向きです」

「訓練はどうしているんだ。それでアレッシアが守れるとでも?」

「見えるところで励むのが必須でもないでしょう」 

「実力をはかるには時に必要だ」

「では不要ですね。悲しい話ですが、私の実力はルドに劣る。まして貴方には敵いません」


 リベルトは茶化しながら喋り、護役の相棒へ視線を送る。いざ矛先を向けられたルドは無視しようとしたものの、カリトン以外にアレッシアからの眼差しに逃げ場を失った。


「護役として託されたからには実力は保証するが、こういう男だ」

「うん。それはトリュファイナのときに色々実感してる。隠すのが好きな人だよね、リベルトって」


 アレッシアも護役達の気性を掴みはじめている。実直なのは顔や態度が怖いルドで、物腰が胡散臭いのがリベルトだ。

 なお、カリトンは運命の女神直々に命令を下され、ストラトス家の門を叩いた人だ。その任務の内容はいまだ明かしていないが、アレッシアを守ることが彼の役目に繋がるらしく、そのためルド達と肩を並べている。

 アレッシアにしてみれば他の候補者達五名より、ひとりだけ護役が増えた形になる。公平性に欠けると他の者から苦情が上がらないか心配していたら候補者達含め、彼らの後見人たる家々は何も言ってこない。カリトン曰く「女神の采配に文句など言うはずもない」らしいが、リベルトの意見は違った。


「君は特別扱いを受けて良いだけの功績を見せた。そう、第九試練の突破だね。これを下げてもらいたいのなら、それ以上の実力を見せなくちゃ」


 実力が物をいう世界なあたり、民主主義なんて言葉は厠の糞尿にも劣るのである。それでも表通りであれば子供一人で出歩いても問題ないくらい街の治安が良いのは、女神の権威の賜物なのだろうけど。

 もっとも見込みのないと思われた候補者が女神筆頭に躍り出たのは驚くべき話らしい。

 そのお陰でストラトス家は再び名声を取り戻そうとしているらしいが――アレッシアは頬杖をつき、スプーンの先端で芋をつついた。


「それよりカリトンはお出かけされたんですよね。この間お願いしていた……」

「エレンシアへの手紙だろう? ああ、心配せずとも、直接渡してきた」

「よかった。孤児院の皆は元気そうでした?」


 心配するアレッシアに、カリトンは少し微妙そうな表情になる。

 

「……なんですか、私、変なこと言いました?」

「いや、あんなに外の世界に興味を向けていたのに、やたら気にするようになったな」


 たしかに孤児院にいた頃は、転生間もないこともあって閉鎖的な孤児院にうんざりしていた。食事は不味いし、お祈りは意味不明だし、女の子達はことあるごとに運命の女神を崇める。だから外の世界に憧れていたけれど、いまの自分アレッシアになりやっとニルンに馴染んだと言おうか、特に運命の女神の神殿で巫女となった少女達に再会し、郷愁に気付いたのだ。特に孤児院を出てからは、外に夢中になるあまりエレンシアに対し、真摯ではなかったのではないかと思いはじめた。

 孤児院の皆やエレンシアは、やや言動や発言が大袈裟な部分はあったけれど、彼女達は純粋にアレッシアを心配し、良くしてくれた。それはいまも変わらないはずで、もう少し孤児院に対し真剣になるべきだ。あんなお祈りばかりの日々ではなく、教育水準を上げて勉学を学ぶ。そうすればいつかエレンシアがアレッシアの語った物語に感動したように、彼女達自身が知る悦びを得る。神々の支配する世界だから制限はあるにしても、選択の幅が広がるではないか。

 そんな思いがあったから、アレッシアは孤児院を気にかける。しかし孤児院を運営する神官長の意向で、女神になるか、あるいは試練を終えるまでは孤児院の門は開かれない。エレンシアとの文通の回数を増やしたアレッシアはカリトンに尋ねた。


「……エレンシアも元気でした?」

「元気も元気だ。あそこは女神の戦士が守っているのだからどこよりも安全だし、日常が脅かされることはないのだから安心しろ」

「そりゃあ安心はしてますけど、カリトンが抜けちゃいましたし……あっカリトンが抜けた代役は誰が務めたんですか?」


 彼は神によって人から長い命を授かった戦士だ。戦士というだけあって相当の実力者であるし、だからこそ孤児院のある神殿の守りは絶対だ。しかし彼が抜けた穴は誰が埋められるのか……アレッシアの問いに、カリトンは苦虫をかみつぶしたような顔で視線を落とす。


「ペイサンドロスだ」


 普段であれば「誰ですか」と質問するところだが、彼の表情に思い当たることがあった。初めてロイーダラーナの神殿を訪ねた際、彼に絡んだ男だ。アレッシアを観察するような眼差しに覚えがある。


「もしかして赤毛の大きな人ですか」

「……そうだ。あれも一応僕の仲間だからな」


 その割に嫌そうな態度を隠さないが、仲間、と発する際は無理やりその言葉で相手を受け入れようと感じる。

 ここでルドが「ほう」と感嘆の声を上げた。


「獅子殺しのペイサンドロスか。古都ヘレネディーテの侵略戦争において活躍した英雄のはずだが、運命の女神の戦士になっていたとは初耳だ」

「その認識は間違っていない。あいつは元々大地の女神ヘレネ様によって見出された男だったが、後になって我らが女神に下げ渡された」

「下げ渡しだと?」

「稀にあるんだ。ただペイサンドロスの場合は……いや、あいつの話はどうでもいい」


 アレッシアがルドに目配せを行う。これでカリトンとペイサンドロスの関係が悪いのだと悟り、それ以上の質問を避けた。

 空気を読んだパパリスが給仕を行い、アレッシアのお茶が足されたところで、リベルトに顔を向ける。


「ルドもどこかの有名人だし、ここじゃ本で読むような英雄って案外いるみたいだけど、リベルトはどこの都市出身なの?」

「……? アレッシア、なぜその質問を私にするのかな」

「だって神々から寿命をもらうくらいだし、凄い働きをしてるんじゃないの。ルドみたいに服だって違うし」


 神々が管理する都市ごとに営む文化が違ってきて、その違いは服装に現れる。

 街を歩けばわかるが、観光客を受け入れるロイーダラーナは外の都市から訪れる者が多い。アレッシアやカリトンをはじめとした、ロイーダラーナ出身の住人は基本的に肌の露出が多く、また薄着なのだが、これらに比べルドやリベルトは着込んでいるし、衣類の種類が違う。いわゆる映画で好まれる大衆向け西洋ファンタジーの装いで、驚くべきことに彼らのような衣装の者は少なくない。

 彼らが上手にとけ込んでいるロイーダラーナもまた不思議だが、これが「異世界だ」と思えば納得できるのだから便利な言葉だ。

 ゆえにリベルトがどの神が管轄する都市出身なのかが気になっていたら、彼は答えずはぐらかした。


「さて、それは秘密にしておこう」

「そうやってまーだ隠すんだから。ルドみたいに竜殺しみたいな異名があれば……」


 アレッシア、と人狼が彼女を呼ぶ。

 抑圧的な呟きが耳朶を打つと、アレッシアは素知らぬふりで、吹けもしない口笛を出すように唇を尖らせて視線を逸らす。

 トリュファイナのところの護役からルドの異名は聞いていたが、どういうわけか彼は人々から敬愛される二つ名を嫌っている。いまのように口にするのもタブー扱いで、音にすればこの有様だ。

 ぼそっと「ケチ」と呟くと、気を取り直して話を続けようとしたが、そこでストラトス家の使用人が来客を告げた。


「モラリス家の蝙蝠が報せを持って参りました。間もなくトリュファイナ様を乗せた馬車がこちらに到着するそうです」


 これを受け、パパリズの無言の問いがアレッシアに流れた。羊の角を持つ美女は、時に客人のアレッシアが当主以上の権限を有すると知っている。

 執事から問われるアレッシアは名残惜しそうに皿を離し、口元をナプキンで拭う。


「会いますので、支度をお願いします」

「アレッシア様の御心のままに……ところでバターケーキを用意できますが、いかがいたしますか」

「……おねがいします」


 食べ足りないのを見透かされていた。

 頬を赤らめながら立ち上がると、姿見の前で衣類を整える。くるりと翻り、後ろ姿まで問題ないと確認を客人を出迎えるために廊下へ躍り出る。

 サンダルは道路の歩道橋にある白線を踏まない要領でタイルを踏み越える。ルド達が後ろをついてくるのは慣れっこだけれども、まったくどこのお姫様……あるいは漫画で見るような極道の送迎なのか。

 玄関ホールに到着すると、ちょうど玄関扉が開いたタイミングだ。

 自動的に二枚扉を開かれると、陽の光を浴びながら登場したのは、双子の女性を従えた金髪の美少女だ。

 都市に見合わぬ威厳を備えた少女は毅然とアレッシアを見たけれど……。


「やっほ、いきなりどうしたの?」


 アレッシアが呑気な挨拶を交わすと共に、マルマーの巫女トリュファイナは頭痛を堪える面持ちで眉を寄せ、眉間を解すために指で押さえた。

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