第31話 繋がりと異変


「あて? あてって私たちは地道に情報収集してたのに!?」


 突然の大声に、ルドの耳がぺたんと平らになる。


「落ち着け。あいつにはあいつにしかできない方法がある」

「だって一言くらい言ってくれてもよくない?」

「確証はなかったんだろう。お前を連れ回すわけにも行かん。あいつはそういうやつだから諦めろ」


 それにしたって一言あってもよかったのではないだろうか。最近は親しみを覚えていただけにアレッシアは少し不貞腐れる。


「仲間はずれみたいでちょっと寂しい」

「子供か?」

「子供でーす」


 とはいえ、文句ばかりは言っていられない。リベルトの場所へ案内してもらおうとするのだが、道中のルドはなんともいえない表情で深い鼻息を吐いている。


「本来であればお前を行かせたくはないのだが……しょうがあるまい」


 諦めに似た呟きの意味は、到着する頃には理由を知った。彼が連れて行ってくれたのは大通り沿いの、賑わいのある酒場だ。アレッシアが驚いたのは、時間的にいえば昨日ルドがヴァンゲリスを殴った酒場である。

 酒場は少し汗っぽさと酒が混じった臭いがする。腕の太さが木の幹くらいの男達が幾人も木製のジョッキを持って乾杯をしていた。

 人狼の登場は、案の定酒場を騒がせた。カウンターにいる酒場の主人は迷惑そうに顔を顰めたが、全員がルドを知っているわけでもない。フードを真深くかぶっているものの、身長や覗き出る細身の腕から、子連れなのは明白だ。子連れか、とルドを揶揄する男に、昨日の騒ぎを知っているらしい誰かが忠告していた。

 アレッシアも、ついトリュファイナに身を寄せる。


「ね、ねえ。ここ大丈夫なのかな。昼だからとおもったけど、思ったより怖い雰囲気」

「そ……そうね……いえ、堂々としてなさい」


 トリュファイナもこういったところは初めてらしい。動揺を隠せずにいるも、ドリが言った。


「大丈夫ですよ。まだ拓けた場所にあるだけ、ここは落ち着いている方です」


 トリュファイナの護役達も容姿は優れている。彼女達に邪な視線を向ける輩は多かったが、不審な視線を浴びる一行が向かったのは、一番奥まった席だ。そこには昼間っから悠々と酒を飲んでいるリベルトがいる。

 アレッシアらを伴ったルドに、彼は咎めるような視線を投げるも、人狼は「知らん」と一蹴した。


「俺が待てと言って大人しく待つ娘ではない」


 護役達の手前黙っているが、アレッシアがトリュファイナにどんな言葉を吹き込まれるのか、警戒しているのもあった。みんなといるから大丈夫、と彼の幼い主人は言いそうだが、原則的に彼女達を信用しないことにしたのがルドの方針だ。また、リベルトはこんな風に視線で物申しておきながら、いざアレッシアを置いていっては笑顔で皮肉を飛ばす男である。

 リベルトと向かい合って座っていたのは、貧相な体つきの男だった。明らかに栄養の足りていない目つきで、アレッシアにはへらりと口元を緩めてみせる。


「その子たちが、あんたの雇い主?」

「そうだよ。妙な真似はしないようにね」

「するわけないよ。僕ぁ子供には手を出さないことにしてる」


 格好がぼろぼろだから間違えそうになるが、アレッシアはそこまで警戒していない。ぼろを纏うわりに臭いがないし、指先は綺麗だ。リベルトを警戒しているだけちゃんと理性がある。これはブラフだな、と出ていたおつまみに手を伸ばし、味の付いていない胡桃を囓った。

 アレッシアの態度に男は目を丸め「へえ」と口角をつり上げた。


「ヴァンゲリスのところにいる、お嬢ちゃんにしては度胸があるね」

「あなた、ヴァンの知り合いなの?」

「知り合いも何も、仲のいい友人だよ。もっとも、それも昨日、そこの旦那の登場で関係が台無しになったけどさ」


 意味深にルドに含み笑いを投げると「なるほど」と返される。


「金貸しだな。襤褸を纏って、紛らわしい」

「貸した金を返せない馬鹿と金のやりとりをしない主義なんだ。その点、彼はとてもいい友人だった」


 騙しやすかったとでも言いたいのだろうか。

 良い人を装っているけれど、ヴァンゲリスをよろしくない道に誘った人だ。彼がトリュファイナの母探しにどう関係しているのかは、甚だ疑問だ。

 リベルトは懐から金貨を取り出した。

 大体市場に流通しているのは銅貨か銀貨だから、金貨一枚でも相当の価値がある。

 一枚、男の前にカチリと置く。

 

「じゃ、私が尋ねたことをもう一度最初から話してもらえるかな」

「もちろんだとも。大体十七年前に大金を手に入れた女だっけ?」

「そう、娘を売った親だ。売り先が神殿とわかっていたらもっといいね」

「神殿かどうかはわからないね。あそこは大金はたいてくれるから、むしろ周りにバラしたら最後、むしり取られるのがオチだ。どんな阿呆だって漏らすはずないさ」


 彼も老婆と同じ事を言う。現代日本でも大金の入手を人に言いふらしはしないが、それと比べても、直接的な命の危機を踏まえれば、こちらの世界の方がもっと危険だ。

 男は続ける。


「ただ、子供を売ったんだろ。僕の子供の頃の話だけど、ちょっとつついたら簡単に出てきたよ。……そこのお嬢さんの親ってなったら、容姿も飛び抜けて良かったんだろうしね」

「え、なんで知ってるの?」


 思わず尋ねてしまい、トリュファイナの親探しだとばれてしまった。しかし男は「そりゃあね」と笑って済ませる。


「昨日は綺麗な娘さんご本人が女を知らないかって尋ねてたみたいだし、人狼の登場で台無しになった。ちょっと精査したらそのくらいわかるって」

 

 ばればれだったらしい。感心するアレッシアをよそに、男はさらなる情報を与える。


「心当たりはいくつもあるけど、生まれてしばらくの子供を手放した美人だったらもっと少ない。踊り子のドゥエンナって女が有力だな」


 その踊り子は大層な美人で、この酒場よりももっと末の、質の悪い酒場で働いていたらしい。途中男が酒場の主人を呼び寄せ、トリュファイナの顔を確認させるのだが、金髪である点も含め、似ているのではないか……との判断だ。これで一気にトリュファイナの顔つきが変わった。

 男曰く、隣に住んでいたドゥエンナの隣に住んでいた夫婦が、いまも鍛冶場で働いているらしい。確認は後で取ると良い、と教えてくれる。

 曰く、ドゥエンナは悪い男に引っかかったらしい。


「僕よりもっとタチの悪い金貸しなんだけど、もっと運の悪いことに、そいつは頭も良くなかったらしいね。家に金は入れずに、ドゥエンナに生活費は稼がせてたみたいだ」


 ──ろくでなしじゃない。

 アレッシアは内心で独りごちる。

 それでもトリュファイナにとっては親かもしれない人なので、黙ってはいるが……。

 ドゥエンナは悪い男に引っかかって、子供を産んだ。ただ当然、そんな状態で生活がうまく行くはずもない。

 相手の男は金遣いも荒く、妻子のことなど気にもしない男だった。金は尽き、生活は立ち行かなくなる。明るく近所づきあいも良かったドゥエンナは次第に思い詰めて行き、行方不明になる前は、それこそ死んでしまいそうなほどだったという。

 一家は突然姿を消した。

 その頃、相手の男が仕事でヘマをしていたから、諸共消されたかと噂されていたが、奇妙なことを口にしていたともいう。

 

「なんでも、子供を安全な場所に預けるしかないかも……ってね」


 一方で夫の方は、近々大金が手に入る、と喜んでいた証言があるそうだ。それまで生まれた娘を疎んじていたのも、途端、その子に感謝するようなことも口にした。これで周囲の者は子供を売るかも……と思ったそうだ。実際、夜逃げのように一家が消えてしまったから、ドゥエンナの友人達は行く末を嘆いたらしい。

 黙っていられなくなったトリュファイナが、胸元を強く握りしめる。


「あの……その夫妻は戻ってこなかったの?」

「あんたらは金払いもいいし、戻ってきてたら居場所を吐いてる」

 

 つまり知らないのだ、と大仰に手の平を見せて身振りで示す。


「一家はロイーダラーナを出て、それっきりだ。僕らみたいな金貸しは、一度でも失敗したら中々やり直しも難しいし、まして大金を手に入れたんなら新天地でやり直すとか、考えたくもなるんじゃない?」


 ロイーダラーナで成功しないなら他も難しいけど、と皮肉を吐くのは忘れない。直近で思い当たるのはそれくらいらしいから、他に話せる情報はないそうだ。

 もう少し調べれば仔細くらいはわかる、とリベルトに視線を寄越し、リベルトはトリュファイナとその護役達を見やった。彼女は思い詰めた眼差しで眉を寄せている。


「その情報、でたらめだった場合は容赦しないわよ」

「嘘を吐くほどの情報じゃあないが、信じられないなら他に当たってくれ。この程度だったら他のヤツでも集められる」

「……乗り気じゃないのかしら」

「いや? 金払いのいい友人は僕は大好きだ。ただね、僕はヴァンゲリスのオトモダチだから良くしてあげたのさ。他の連中は、君らみたいな金持ちはあんまり相手にしたがらないよ」

「わ、売り込みだ」

「売り込みは大事だろ? お金持ちのおちびさん」


 アレッシアににっこり笑ってみせる。食えない人だなあと感心する一方で、その瞬間、頭が殴られたかのようにぐらりと揺れる。

 視界がにじみ、人物が三重、四重にも重なって見えるのだ。

 ――なに、これ。

 まるでおかしな感覚に、倒れかけた上体をそれとなく支えるのが精一杯なのだった。

 

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