第24話 主神神殿にて


 主神マグナリス=ソルの名を冠した首都は世界の中心だと定められている。

 人が知恵を持たぬ生物であった頃に名を持たぬものによって道具を使うことを覚え、栄えたが、名を持たぬものには寿命があった。闇に溶け消えてなくなるまえに名を持たぬものは、自らの子供達である六人にあらゆる権能を授け、大地を任せると長い眠りについたのである。

 その六人のなかの頂点に立つのが主神マグナリス=ソル。この神と神の子供等達を含めた十三柱が現在の世界を支えている。


「でもその十三の中に運命の女神は入ってないの、不思議だよね」

「神は他にも無数に存在している。ただその中でもさらに強力なのが十三柱の神々だね」


 首都に向かう空飛ぶ馬車内。アレッシアのぼやきに、出立頃にさりげなく戻ってきたリベルトが教えてくれた。

 ルドとヴァンゲリスは聞き役に徹している。

 大きくあいた窓から流れる白い雲を眺めながら、神々の特殊性をアレッシアに語る。


「ただアレッシアが疑問を感じたように、神々の面々でも運命の女神が特殊なのは事実だ。十二柱を除き、他の都市持ちを許されるのは特別な功績をのこす神のみだ」

「そのいい方だと、うちの都市の女神はなにもしてない?」

「なにもしてないということはないだろうが、主神に特別役目を任されていないのはたしかだね。他の神々は、やっかいごとが起きればなにかしら対処に動く」


 それはアレッシアが最初に出くわした戦神の青年であったり、と様々だ。神の世界、人界、境界線はぼやけ定められていないが、人の世界の平和がおびやかされようとするとき、あるいは望まぬ異常が起こるとき、主神は他の十二柱に命じて事態の収拾を命じる。

 運命の女神だけがその役を持たず、ただ〝在る〟ことだけを望まれているから、奇異には映るらしい。理由はかの女神は神相手にすら未来を予測し、神託を授けるからだと言われているが、真実は不明なままだ。

 これに口をへの字に曲げた。


「謎なのにだーれも疑問に思ってないんだね」

「疑問? 思う必要はないさ」

「なんで?」

「神は事実としてそこにいる。なにより主神がそう定めたのなら、大概の者はそうはそれで良い、と考えるからさ」


 神学者以外は特に目立って疑いはしないようだ。むしろ疑問を抱く方が、一般市民の中では変人扱いだ。この頃には皆まで言われずとも悟れるようになったが、下手な猜疑など信仰の敵だと疑われるのだろうから、長い間神々に統治されてきたこの世界では仕方ないのだろう。同様に疑問をもった彼女をルドが諫め、リベルトが喋るのを止めたくらいだ。アレッシアの疑問にも淀みなく答えた姿、つまりリベルトは神に対しいくらか疑問を持ったことがあるのだと窺えるが、それをこの場で問うほど愚かではない。

 ルドはリベルトがディオゲネスの守役だった事実が初耳だったので、いくらか疑いの目を向けている。

 リベルトは相棒に肩をすくめてみせた。


「ルド、そう疑わないでほしい。黙っていたのは無用な疑いを招きたくなかったからで、私は間者ではないのだから」

 

 カークルハイのディオゲネスは、始め交流のためにと候補者達だけで乗り合いをする提案をしたが、他三人は無視、アレッシアは申し訳なさそうに遠慮した。ディオゲネス自体は話しやすく好ましいのだが、リベルトの件があって、なんとなく気まずさを覚えたのだ。

 真実を本人に直接確かめたら、あっさりとと認めてしまった。ルドは場所が場所でなかったら詰問をはじめそうな勢いだったくらいだったから、これでも落ち着いた方だ。

 

「リベルトって変な人だね。私、一番勝ち筋ないって思われてるっぽいのに」

「私は私の信じる勝ち筋にしか乗りたくないのさ。あの面々の中ではディオゲネスがもっとも神に近しい存在だったけれど、アレッシアが現れた以上は、私が守るべきは君しかいないから」


 大変胡散臭さがにじみ出る台詞だが、アレッシアはほだされた。両手を組み、ぐぬぬと呻りながら、納得してあげるふりをした。

 まともに答えるつもりがないと思っていたら、ことのほか真面目な調子で返したからだった。

 大人しいヴァンゲリスを含め一同はなにごともなく、世界の中心都市に到着する。降りたのは、まるで空中に浮かぶように建設された、切り立った崖に建設された塔の頂上だ。ヘリポートじみた建造物だが、すべての素材が石でできている。

 では、ロイーダラーナの導き手として、女神の右腕ソフィア巫女長の姿があった。

 巫女長は彼らを待っていた神殿からの迎えと話すのだが、それが終わると振り返り、候補者達に告げた。


「では、これより主神マグナリス含めた十三神にお目通り願うため、神々の間に向かいます。くれぐれも粗相のないよう……」


 が、喋るのを止めると、アレッシアの方を見てため息をついた。

 なぜなら彼女の視線は、馬車から降りてずっと塔からの眺望に釘付けになっている。

 空中都市ロイーダラーナの眺めも素晴らしかったが、この都市は海に囲まれた都市だ。眼下には青い無限の広がりがある。海と空がひとつに融け合う調和を奏でる様には感嘆を漏らさずにはいられない。太陽は黄金の光を水面に散らし、きらきらと海を飾っては岸壁にぶつかり、波飛沫をあげている。

 首都ソルは漁業も盛んなのか、遠くにみえるいくつもの船が浮かび上がっていた。自由な鳥は風に舞い、白い羽は知られざる未知を象徴している。新たな可能性を信じさせてくれる光景は、我を忘れるには十分過ぎるほど美しかったのだ。

 安全柵なんてものは備わっていない。身を乗り出し、ふきつく風を頬に受けて喜ぶ姿を、ルドも、そしてリベルトは止めなかった。巫女長の咎める視線には素知らぬ顔でいたら、送迎の中にいた人物がアレッシアの隣に立った。


「面白い?」


 アレッシアと同年代の少年だ。きらめく金色の糸のような巻き毛が風になびき、瞳は深い大地を思わせるが如く澄み切っていた。肌は陶器のように滑らかで、そこに触れることさえ一つの幸運であるようだとも感じさせる。

 太陽そのものから生まれたようで、まばゆいばかりの輝きを放っている。

 これまで会った人々の中でも、群を抜いて存在感を放つ少年だ。アレッシアは驚いたものの、うん、と頷いた。


「海でここまで迫力のある景色は初めてみたの。船も生き物みたいに海をうねってて面白い」

「そっか。気に入ってくれてよかったよ」


 笑顔は花々が朝日に微笑むようだ。周りの空気を温かな光で満たし、少年の存在そのものが奇跡を体現している錯覚を思わせる。

 この子は誰だろう。疑問が首をもたげたところで、皆の視線が自分たちに集まっていると気付いた。

 我も忘れて眺望に飛びついたのだ。赤くなって一歩下がるのだが、少年はソフィアや皆に向かって一礼した。


「皆さま方、ようこそ主神マグナリス=ソルが治める首都にお越しくださいました。僕は案内役を仰せつかりました一人でございます。もしよろしければ、神々のご尊顔を拝する前に神殿を見学なさってはいかがでしょう」


 この提案に、予定にはなかったのかソフィア巫女長は戸惑った。


「ご提案感謝痛み入ります。しかし、わたくし共は主神にお目にかかるべくロイーダラーナから参りました。主神をお待たせするなどあっては、我らが女神に顔向けができません」

「それでしたら心配いりません。いま、我らが主神は席をお離れになっており不在です。どのみち皆さまをお待たせすることになるだろうと、そのために僕が案内役を仰せつかったのですから」

 

 にっこり笑う姿には愛嬌があるが、ソフィアをはじめ、緊張感が皆無だったあのディオゲネスまで背筋を伸ばしその顔を引き締めている。特にディオゲネスの変わり身は凄まじく、少年の提案は丁寧に辞退した。


「せっかくのお誘いを残念ではございますが、差し支えなければ休ませていただいてもよろしいでしょうか。主神にお目にかかるのに、緊張が解けないのです」

「ああ、それは大変ですね。しかし主神にお目にかかる前には、そういう方も多くいらっしゃいます。部屋は用意してありますので、ゆるりとお休みください」


 他の者には期待の目を向け、反応を待っている。

 人狼のギーザは気分では無かったのか辞退したし、これまで一切無言のフードを被った人物「星河を旅する名もなき者」も同様だ。

 せっかく神殿を見学できるのに、なぜみなお断りするのだろう。期待の眼差しでトリュファイナを見たが、彼女はアレッシアに対し顔を顰め、部屋で休む選択をした。

 がっかりする少年に、はい、と挙手する。


「私、私は見て回りたいです!」

「本当ですか?」

「はい! だって首都の神殿って、普通は立ち入り禁止ですよね。見学させてもらえるなら、それはもう是非!」


 主神への謁見を緊張しないとはいわないが、この場合は興味本位が勝った。

 予想外の散策のはじまりだった。

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