第12話

 今にもワイヤーが切れそうなおんぼろのエレベーターで屋上に上がる。


 骨組みだけのシャッターを押しやると、かすかに潮の香りを感じた。

 室外機の隙間を抜けると、目の前にドアが現れた。

 ドアの前でルゥはポケットからじゃらじゃらと鍵束を取り出す。迷うことなく鍵を選び取って、ドアを開けた。


「入って」


 四畳ほどのキッチンだった。

 スチール製のラックには、食器がいくつか伏せられて、白い布が掛けられている。

 キッチンの向こう側は八畳ほどの居間になっていた。家具はほとんどないが、テーブルやベッド代わりになりそうな大きなソファなど、必要最低限のものはそろっていた。

 

 居間を渡り、ルゥがガラス戸を開ける。

 外は広いバルコニーになっていた。庇が長く張り出していて、雨風を防げるようになっている。


「こっち」


 とっておきの秘密を打ち明けるように、ルゥが手招きする。バルコニーの端に、ハシゴが取り付けてあった。身軽に登っていくルゥの後を俺たちも追いかける。


 ▽おぉ……

「わぁ……」

「この辺で一番高い場所なの」

 ▽まるで展望台だな。

「船の上みたい……」


 別世界が広がっていた。


 立ち並ぶビルの屋上に、別の街が広がっていた。

 屋上を庭にして、こぢんまりとした家が建ち並び、ハシゴと吊り橋で屋上同士はどこまでも接続されている。

 エアコンの室外機と銀色の貯水タンクと太陽追尾型の発電パネルがまるで庭木のように立ち並んでいる。

 縁に立って見下ろせば、地上に走る道路は渓谷の底を流れる川のようで、まるでいま自分たちが立っている場所こそが、本当の大地であるかのように思えてくる。


「元々、台湾のビルの屋上は小屋だらけだったの」


 塗装の剥げた屋上をルゥは歩く。


「夏はビルの屋上に直接日が当たらなくて暑さ対策になるし、人に貸せば家賃収入が入るし。まぁ基本的に違法建築だったんだけど、今じゃ気にする人もいないしね」


 手すりに寄りかかり、ルゥがしみじみと呟く。


「あたし、この景色がすき。お父さんが生きていた頃、よく二人でここまで登って、この景色を眺めたんだ。お茶とかお菓子とかたくさん持ち寄って……」


 屋上の大地に生きる人々が作り出す眺めを、俺たちも眺める。もうすぐ日没だ。

 あちこちの窓に、帰宅する人、夕食を準備する人、一日の終わりを迎える人々の営みが切り取られている。


「この小屋、使って良いわよ」

「……いいの?」


 予想できた展開とはいえ、さすがに気が引ける。だが、ルゥはいいのいいの、と笑う。


「宿を探している女の子が目の前にいるのに、何もしないなんて出来ないわ。しばらく使ってなかったから、ちょっと埃っぽいけど」

「そんなの、ぜんぜん」


 両手をぶんぶん振って恐縮するベルカに、ルゥは鍵を手渡す。


「あ、そうだ。枕と毛布。あたしの部屋のを貸すから、持っていって」

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