第11話

 足音が完全に聞こえなくなってから更に三十秒ほど経った頃、ベルカを抱きしめていた手が解かれる。


 部屋の明かりが灯り、俺たちを救った人物の姿が露わになる。

 黒髪をショートカットにしたアジア系の女性だった。年頃は二十代後半くらいに見える。ベルカより頭一つ分は高い、すらっと引き締まった長身。

 なんとなくネコ科動物を思わせる瞳が、興味深げに俺たちを見つめている。


「ありがとう、ございました……」

「気にしないで。女の子が追い回されてたら、助けるのは当然よ」


 頭を下げるベルカに、気取った様子も見せず、女性は笑顔を浮かべた。


「あたしはルゥ。このビルの管理人をやってるの」

「あ、ぼくはベルカ……」

 ▽こっちは人間のユーリ、なんてな。


 そこでルゥは目を丸くして、ベルカをまじまじと見つめる。


「……それにしても、珍しいもの付けてるわね」


 きょとん、と首を傾げるベルカに、ルゥはちょんちょん、と自分の頭を指さす。


「え? あッ!?」


 ベルカが頭を押さえる。むき出しになった狼耳を両手で隠そうとする。

 その慌てっぷりに、ルゥがからからと笑う。


「大丈夫、気にしなくていいわ。身体改造なんて、緩衝地帯じゃ別に珍しくもないから」

「……身体改造?」

「違うの? あたしはかわいいと思うけどな、その耳。ふにふにしてて気持ちよかったわよ」


 俺の毛並みの良さが解るとは、なかなか見所がある。


 ▽勘違いしてくれるなら、そのままにしておけ。

「そ、そうです。でも、旅人なので、隠していることが多くて」

「たしかに人造妖精だと思われたら厄介だろうしね」


 うんうん、と頷くルゥに、ベルカは冷や汗を流す。ルゥは都合良く勘違いしてくれたからいいが、誰もが同じようにおおらかとは限らない。


「一応聞くけど、どうしてあなたは追われていたの?」

「売春宿の人と、ちょっと揉めて……」

「えっ?」


 ▽ベルカ、誤解されるような言い方するなよ……

「え? あ、変な意味じゃなくて……大切な荷物が仕舞ってあった倉庫が、知らない間に売春宿になっちゃってて……」

「あー、なるほどね。わりと最近だからねあのビル……っていうかベルカ! 大丈夫なの!?」


 突然慌てた様子で、ルゥがベルカに詰め寄る。


「えっ? なにが……?」

「いやあの、追いかけられてたのよね? なにかひどいことされなかった?」

「うん、大丈夫」

 ▽どっちかっていうと、俺がやらかした側だからなぁ……


 心配するルゥには悪いが、そのへんは濁しておこう。

 ルゥはそれでも心配そうな顔で、腕組みしてしばらく考え込んでいた。


「ねえベルカ、あなた今日の宿は決まってるの?」


 そういえば、すっかり宿のことを忘れていた。ベルカがふるふると首を振る。

 ベルカの答えに、ルゥはほっとした顔になってニンマリと笑った。


「ねぇベルカ、ちょっとこっちおいで」

「どこいくの?」


 芝居がかったウィンクをして、ルゥが答える。


「いいトコロ」

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