第10話

「こっち!」


 突然、見知らぬ女の声が響いた。

 ベルカが振り返る。ビルの壁に洞窟のように穿たれた入り口から、細い腕が手招きしている。


 どうするべきか、俺が悩んでいる間に、ベルカは腕が飛び出る暗闇に飛び込んでいた。

 ベルカが飛び込むと、即座にドアが閉じられた。

 路地裏から射し込む光が消え、俺が拾い上げる光学情報量が一瞬激減する。フィルターを切り替え周囲を走査する。


 そこはごく一般的な家庭の台所のようだった。

 流しとガスコンロがあり、テーブルと椅子が四脚。

 俺たちが飛び込んだ扉の反対側に奥へと続く廊下があるが、今は扉で閉ざされている。


「あの、」

「静かに」


 ベルカの声をぴしゃりと遮った直後、ドアの向こうから、路地を走る足音が三人分近づいてきた。


 先頭を走る足音がドアの前を通り過ぎた。続いてもう一人も、そして最後の一人が通り過ぎる直前で、足音の歩幅が小さくなった。


「おい、これ」


 ドアのすぐ向こう側で声がする。走り去ったはずの足音が戻ってくる。

 ベルカが身体を強張らせた。ベルカの恐怖を感じ取ったのか、引き込んだ人物がそっと彼女の頭を抱き寄せる。

 ベルカより少し大きな女性の手が、俺の身体に触れる。


 バチッ、と静電気が弾けるような感覚に、俺は首を捻る。

 

 ……あれ? 


「この帽子、あのガキが被ってたやつだよな」

 ▽やべ。


 帽子を落っことしていた。それも、ドアの目の前に。


 もうダメだ。仕方ない。奴らがドアを開けたところで無力化するしかない。

 これは不可抗力だ。そう自分に言い聞かせ、反撃のタイミングを測り、


「クソッ、面倒なとこに逃げ込みやがって……」

「どうする、踏み込むか?」


 妙に尻込みした男たちの声が聞こえてきた。


「馬鹿野郎、そんなことすれば足が付いちまう」


 ▽……お?


「引き上げるぞ」

「チクショウ、大兄ダーシンになんて言ゃいいんだよ……」


 そんなセリフと共に、足音は遠ざかっていった。


 ……助かった、のか?

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