第19話 ステラは全能シェフ

 ブルーボアの襲撃から数時間、日が落ちるまで旅路を進めた俺たちは、この森林地帯にて野営することとなった。

 森林の静けさの中に、パチパチと焚き木の音が良く聞こえる。


「さぁ~みなさん~できましたよっ!」


 その静けさを破るように、天使の元気なお声が聞こえてきた。


「ブルーボアの特製スープですっ!」


「ふわぁああ! ステラ! 魔物って食べられるの?」


 見習い女神のミーナが、ステラのかき混ぜる鍋をまじまじと見つめながらほげ~と声をあげる。


「もちろんです! 日常の食卓にはあまり出ませんけど、ちゃんと食べられるんですよ! 私、教会で修行していたころは、なんでも料理しちゃうので、【全能オールマイティ料理長ステラ】って呼ばれていたんです。お肉を捨てるなんてもったいないですから!」


 おお…全能オールマイティ料理長だとぉ。最高の呼び名じゃないか……ステラの指示で、何頭かブルーボアを荷馬車に積んでたもんなぁ。


 銀髪の美少女ステラが、天使の笑みで皆にスープを取り分けてくれる。肉の分量とスープのバランスが大事なんですっ! とか言って、自らせっせとスープを器に入れていく。


 なんだか俺の想像していた王女さま像とはずいぶん違うな。いや、ステラが特殊なのかもしれない。


「ショウゴさまの水魔法があったので、スープを作ることができたんですよ」


 ステラがスープを取り分けながら、ふふっと微笑んだ。

 荷馬車にも水の樽はあるが、基本飲料用である。翌日に宿場町に着くなら、ある程度の消費はしてもいいかもしれないが、野営を挟む際にはできる限り節約するのが原則らしい。


 だが俺がブルーボアから大量の水魔法をゲットしたので、夕食にもふんだんに使用することができたというわけだ。


「まあ、姫様の言う通りだ。我々に水魔法の使い手はいないからな、緊急の際には飲料水として使える。良くやったぞショウゴ」


 ナターシャが俺の方を向いて、ニッコリと笑う。出会った当初は一切笑みなど見せなかったが、最近たまに笑うようになった。俺のことを多少は信用してくれているのかもしれない。


「「「「「頂きま~す!」」」」」


 魔物の肉を食べたことがない隊員も多くいるようで、初めはソロソロと口に含んでいたようだが……

 2口目3口目と食べると、もはやスプーンが止まらないといった勢いで食べ始める。

 焚き木を取り囲む騎士隊員たちから、賞賛の声が次々にあがった。


「ふわぁああ! なにこれ~超美味しい! ステラこれ、お店開けるんじゃない!」

「まあ、ミーナありがとう。魔物料理のお店なんてないでしょうから、案外流行るかもしれないですね」

「そうよ、そうよ。あたしがマネージャーしてあげる。おもにお金の保管とか……お金の使用とか……お金の消費とか~」


 見習い女神さまはお金が大好きらしい。そういえば初給料の時もテンション爆上がりだったしな。

 さてと、俺も頂くか。

 スープに顔を近づけると、食欲をそそる匂いがする。さっそく一口……


「こりゃ大したもんだ」


 俺も思わずうなってしまった。野営だと固いパンとか干し肉的なものを想像していたが、嬉しい誤算だ。

 肉独特の旨味も良いが、スープ全体から温かくて優しい香りが漂っている。飲むとほっと一息つけるような味わいだった。

 やはり料理は作り手次第だな……そう頷きながらも、俺の食欲は加速していくのだった。


「まあまあ! ショウゴさまにも気に入って頂けました!」


 銀髪の聖王女ステラが、小さな体全身を使ってガッツポーズをする。いや……可愛すぎるじゃないか。


「ステラを嫁さんに貰う男は幸せ者だな~あ~美味いやこりゃ」


 ん? あれ?


 まわりの女性騎士たちが、おしゃべりを辞めて無言になってしまった。


「わ、私……ちょ……ちょっとお鍋をみ、み、見てきます! まだ、おかわりありますから」


 そう言うと、ぴゅーとその場を去っていくステラ。何故か顔が真っ赤だ。

 その直後に、俺の隣からただならぬ殺気が飛んできた。


「ぜったいに……ぜったいに……姫様は渡さないからな……」


 ナターシャ隊長だった。低く小さな声で唸るように何かをブツブツ言いながら、顔に青筋が何本も浮いている。


 顔こわっ!


 どうした? 急に? 意味がわからん。

 まあいいか。そんなことより目の前のスープを楽しもう。俺の食欲はドンドン加速しているのだから。


「ハフハフ、ハグハグ~これ最高ね~」

「ああ、最高だなミーナ」


 俺たちは大いにステラスープを堪能した。




 ◇◇◇




 夕食を終えた俺たちは見張りを立てて、交代で就寝する。

 ステラは馬車の中でお休み中だ。


「しかし、ここまで魔物が大量に出るのはおかしい……何かしら意図的に引き起こされているなら……」


 ナターシャが就寝準備をしながら口を開いた。寝ると言っても厚めの布を地面に敷くだけなんだが。流石に寝袋のようなものは無いらしい。

 反対側に寝転がっているマイアは、すでにスヤスヤと寝息を立てている。


 そういえば、事前説明ではこの一帯は魔物が出るのは稀な地区らしい。


「てことは、誰かがけしかけた可能性があるってことか?」

「わからん、魔物がまったくいないわけではないからな。運悪くブルーウルフの群れに出くわす可能性も皆無ではない。ただの考えすぎならいいが、魔王教団が絡んでいるなど、最悪の事態も想定しておかねばな」


 魔王教団、この世界のどこかにいるという魔王。

 その魔王を崇拝する人間たちの集団が、魔王教団という裏組織を作っているらしい。


「魔王教団か……ステラから聞いていたが、いまいち崇拝というのがわからんな。だって、魔王は人間やその他の種族を全て滅ぼす存在なんだろう?」

「ショウゴは他国から来たばかりだから馴染まないかもしれんが、この国は魔力が高いほど、地位が高く優れた人間だと評価される」


 この国の人間にとっては、いかに強くて多い魔力を持っているかが重要。


「そして魔王の魔力は絶大で、人のそれをはるかに超越すると言われている。だから魔王こそがこの国の王、いや世界の王となるべきだと考えている人間がいるんだ。そして魔王が王となった暁には、その魔力を吸収してもらい魔王の一部となる事が彼らの目的だと言われている」


「なんだその狂った考え……」


 なにそれ、狂信的すぎないか? 一部になるって、ようは食べられるってことだろ。


「ふふ、確かに狂っているな。単に魔力が高いだけでは人の評価なんか決まらん。だが奴らにとっての魔力とは絶対唯一のもの、それが全てなのさ。だから魔力の頂点に立つものへの畏敬の念が強いんだ」


 だからこそ、目的達成のためにはどんなことでもする。ということか。


「姫様ほどの強力な聖属性魔法の使い手はこの世にいない。魔王討伐の重要な存在であることは間違いない。だから魔王教団にとって姫様は邪魔者だ」


 ミーナの情報では、ステラの「聖王女の涙」こそが、魔王に対抗する唯一の手段という話だったな。魔王固有の再生能力を阻むものらしい。

 ただしこの情報を知っているのは、俺が知る限りでは俺とミーナのみ。ステラに聞いてみたが、キョトンと首を傾げていた。単にステラが泣けばいいのか、なにかの条件下で涙を出さないといけないのかなどはわからない。

 現状わかっていることと言えば、魔王討伐というミッションを果たすためには、「聖王女の涙」は必須アイテムということだ。

 そういえば、転生直後に襲ってきた黒ローブのやつらは、ほぼ魔王教団で間違いないようだ。彼らは魔王と同じ黒いローブを好んで着用するらしい。もちろん普段はつけないだろうが。


「本当は、姫様にはずっと王城にいて欲しいのだが。そういうわけにもいかないからな」

「そうだな、今回の湖訪問の件もステラ自身が強く希望したんだろう?」

「ふふ、姫様らしいと言えばらしい……まあ、我々は姫様を守り抜くだけだ」


 ナターシャが、キリっと決意の表情を浮かべる。

 う~ん、こういう時のナターシャは、凛としていてカッコいい。まさに女騎士ってな感じだ。


「な…なにをジロジロと見ているっ! 次の交代は我々だ。明日は早朝から出発するぞ。い、今のうちに寝ておけショウゴ!」


 ナターシャはそう言うと、顔を若干赤らめてつつ俺の反対側に体を向け、ゴロンと寝転がった。

 こっちに向けたスカートの隙間から、ピンク色のあれがチラチラと見える。


 即座におれはナターシャの反対を向いて寝ようとするも……


 うぉ……またピンクのチラチラが。これは反対側で寝ているマイアのだ。


 もう頼むからこのスカート設定をなんとかしてくれ……まったく寝れないじゃないか。

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