第5話 付き合ってから知ればいい

 この世に生まれ落ちて三十年、異性と付き合った経験がない俺にとって告白とか付き合うとかなんて異世界の出来事のように考えていた。

 そんな異世界が今現実のものとなって俺の目の前に降臨した。これってタイムリープじゃなくて異世界転生だったのかもしれない。


「…………」


 潤んだ瞳で伊吹が俺を見ている。ありったけの勇気を振り絞って俺に告白してくれたんだ。俺も誠意を持って返答しなければならない。


「――あ」


 何かを言いかけて俺は気が付いた。俺自身、自分の気持ちが分からない。

 俺は伊吹に対して苦手意識を持っていて、ついさっきまで妹との仲を円滑にする為にそこそこ会話をするぐらいしていけばいいか、としか考えていなかった。


 ところが家に帰ってきてからのドタバタで彼女への好感度が爆上がり中なのだが、それだけでこの真剣な告白に簡単に答えてしまっていいものなのだろうか?

 俺は伊吹のことをよく知らない。二年前に広島からこの町に引っ越してきて、それから妹の親友になって、何故かコギャルになって……という位しか知らない。

 好意を持たれるのは嬉しいが、彼女についての情報が何もなく自分の気持ちが曖昧なのにイエスとは言えない。


「あのさ……俺……」


 言いかけた時、結が伊吹の周囲について最新の情報を提供してくれた。


「ちなみに今日入学式だった訳だけど、既に伊吹のことをターゲットにしてる男子が何人かいたわよ。二年や三年の先輩にも伊吹を狙っている人がいるみたい」


「――よし、付き合おう!!」


「ふええええええええっ!? 本当に? でも、先輩はウチのことあまり興味なかったんじゃ……」


「そんな事はもうどうでもいい! 正直言って、伊吹ちゃんの事はほとんど何も知らないけど、こんなどちゃくそ可愛い子を他の男に取られてたまるかっ!!!」


「ふえええええええええん!!」


 そうだ。こんな可愛い方言少女で俺好みのムチムチボディで、何より俺を好きでいてくれる子の告白を断る理由なんて一ミリもない。

 よく知らないのなら、これから知っていけば良い! はい! うじうじ言ったり綺麗事並べる時間は終了! 俺は俺を好きと言ってくれる女性が好きなんだ!!


 そんなこんなで三十歳独り身のサラリーマンだった俺は、高校二年生にタイムリープした初日に彼女が出来てしまった。

 この物語は過去の自分に戻った俺と彼女――相良伊吹の身の回りで起きる日常を綴ったものである。




 ――とまあ、こんな感じでスタートした新たなる高校二年の初日であったが、伊吹を自宅まで送った後は普通に夕飯を食べて風呂に入って自分の部屋でリラックスしていた。

 何というかまだ実感が湧かない。自分が過去に戻ってきたことも、あの伊吹と自分が付き合う事になったことも。

 もしかしたら寝て起きたら元のサラリーマンの自分に戻っているんじゃないかと思い不安になる。


 誰かが一緒に寄り添ってくれる生活がこんなに温かくて安心するなんて思ってもいなかった。

 この幸せな味を知ってしまったら元の独り身だった生活には戻りたくない。戻ってしまったら……マジで孤独で泣けてしまう。


 そう思っていたら携帯のメール着信音が鳴った。枕元に置いておいた携帯を手に取って開くと画面に新規メール着信のお知らせが書いてある。


「しっかしガラケーとは懐かしいなぁ。あ、伊吹ちゃんからメールが来てる」


 スマホの利便性を懐かしく思うもこれはこれで悪くない。

 検索ならパソコンで出来るし、スマホにしたって特に使いこなしていた訳ではない。せいぜいアプリゲームで少しばかり遊んでいただけだし。


『今日は本当にありがとうございました。先輩にはたくさんご迷惑をおかけして申し訳なかったです。でも、先輩とお付き合いできる事になって凄く嬉しいです。これからもよろしくお願いします』

 

「丁寧な文章だな。文字にする時には方言出ないのか。っと返信しないと……『俺も嬉しいよ。こちらの方こそよろしくね』っと、こんな感じでいいかな?」


 よく考えたら女性に個人的にメールを打つなんて家族以外では始めてだ。そう考えたら、こんな内容で本当に大丈夫なのか不安になってくる。

 中身は三十のおっさんだが恋愛事情に関してはド素人だ。エロに対する知識には自信があるものの一般的な恋愛の作法はさっぱり分からん。


「……これじゃシンプル過ぎるな。もう少し文章を足そう」


 そうして納得のいく返信を送ることができたのは一時間後のことだった。何てこった、恋愛ってこんなに色々考えないといけないのか。

 こいつはヤバいぞ。中身は大人って言っても恋愛初心者の俺は、下手をすればそこら辺の中学生に恋愛偏差値で負けているかもしれない。

 それによく考えたらゆくゆくはデートとかする事になるよな。だとしたら資金が必要だ。高校の頃って小遣いをもらっていたはずだけど、そんなんじゃ全然足りない。


 これからどうすべきか悩んでいると携帯のメール着信音が鳴った。


『えへへ、素敵なメールありがとうございます。先輩を好きになって良かった。夢に先輩が出てきたら嬉しいな。それに朝になっても先輩に会えるから今から凄く楽しみ。それじゃ、おやすみなさい』


 伊吹からのおやすみメールを見て、俺はそっと携帯を閉じた。


「――バイトしよ」

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