たった一人の生き残り



 昇たち、デスゲームに参加させられた者たち。人殺しに手を染めようと、このデスゲームに誰が、なんの目的でみんなを巻き込んだのか、わかっていなかった。

 それに、一つの回答を出したのが……レイナはだった。


「俺たちに、恨みを持つ奴が、参加させた?」


「そ」


「そんなわけ……」


「だから言ったじゃん、これは私の予想だって。

 それに、人間生きている以上、誰かから恨みを買ってるんだよ。憎まれない人間なんて、いないの」


 感情的になりかける昇は、レイナの冷や水のような言葉になにも言えなくなる。

 そんなこと、あるはずがない……自分を恨んでいる人間がいるとしても、だからといってデスゲームに参加させるなどと。


 そんな人間がいると、信じたくはなかった。


「だからさ、どれだけお金があっても、あの世界にもう、私の居場所はないの。

 疲れちゃった……この島に来る前から、きっとね」


「……それで、もう、死んでもいって……」


「そういうキミは、私の言葉を信じ切ってないんだね。

 ふふ、いいよ……そういう、まだ希望を持っている人が、帰るべきなんだよ」


 この島に来て、人の醜さを見た。自分が帰るためなら、お金のためなら平気で、誰かを犠牲にする。

 この島が人を変えたのではない……人は、元々そういう本質を持っている。それが、社会という集団生活と、法という正義の中で抑え込まれているだけだ。



『考えても見ろ。法で規制された世界でも、日々殺しは絶えない。相手への恨みから行動に移した奴もいれば、ただ殺してみたかったなんてほざく馬鹿もいる。

 それが人間の本質だ……そんな人間が、法も正義もないこんな空間に放り込まれたら、どうなると思う?』



 陸也は言っていた。これこそが、人間の本質なのだと。

 この島……いや世界では、それらが解き放たれた人間が、殺し合いを始めた。この目で見たことだけが、真実だ。


 殺しあいはしたくない……そう言っていた昇自身も、きっと他の人から見ればそう変わらないのだろう。


「もういいでしょ。私を殺して」


「!」


 もう、話すことはないと言わんばかりに、レイナは言う。

 今まで、溜まっていたものを最後に吐き出した……のだろうか。狂気を孕みながらも、その表情は先ほどよりもスッキリしているようだ。


 しかし、これまではただ死にたくないのに必死で、やらなければやられる状況で、手を汚してきた。

 だが、こうして正面から、殺してくれと頼む少女を……手にかけることは……


「なら……二人で、この島で暮らすのも、ありなんじゃないか!」


「……は?」


 予想もしていなかった昇の言葉に、レイナはわかりやすく首を傾げる。

 しかし、なにを言っているのだこいつはと思っているのは、昇自身も同じだった。


 それでも、昇の言葉は止まらない。


「わざわざ、死ななくても……元の世界に戻るのが、嫌ならさ。ずっとここで、暮らすのは、どうだ?」


「……あなた自身の生活は、どうするの。諦めるの?」


「そ、れは……」


 支離滅裂なことを言っている。その自覚が昇自身にもある以上、レイナの正論に言葉を返せない。

 その様子に、レイナはぷっ、と吹き出すように笑った。


「あははっ……キミは優しいね。

 でも……そんなのは無理、わかるでしょ」


「っ……」


「……キミが、ヤれないっていうなら……!」


 その瞬間、レイナは懐に隠し持っていた、ナイフを取り出し……自分の首へと、突き付けた。

 いったい、いつから持っていたのだろう……その動きを、予測することは、できなかった。


 彼女が武器に頼ったのは、自分には自分の【ギフト】が通用しないからだ。


「! おい!」


「ゲームの勝ち残り条件は、一人になるまで生き残ること。つまり、一人にさえなればいい」


 それは、レイナを殺す覚悟ができない昇へ、これ以上の重荷を背負わせないための、レイナの優しさだったのだろうか。

 首筋に突き付けたナイフは、ギラリと光る、夜だというのに、眩く。


 レイナは、最期ににこりと、笑って……


「楽しいことも、苦しいこともあった人生だけど……最後に、キミみたいな人に会えて、よかったかも」


「おい、待っ……」


「さよな…………」


 …………その頭が、銃弾に撃たれ、体が地面に倒れた。


「……は?」


 昇の言葉は、届かなかった。その結果、レイナの首筋に突き付けられたナイフは、レイナ自身の手により喉を掻っ切った……これならば、わかる。認めたくはないが、わかる。

 しかし、結果は違う。レイナは倒れ……頭から、血を流していた。


 流れる血は、地面を赤く濡らしていく。照らす月明かりが、憎たらしいほどに鮮やかな赤を、輝かせていた。

 レイナが喉を切る直前……聞こえたのは、一発の銃声。その直後、レイナは倒れた。


 昇は、がくがくとした動きで、首を動かした。レイナを撃ち抜いた、銃弾が飛んできた方向へと。

 その先にあるのは、森……その一部、木々が、かすかに揺れた。


「あ、当たった……よし、よっしゃ! これで、三十億はぼくのもの……! 見たかぼくの【ギフト】透明人間ステルス、これでマップにも映らずに最後の一人になるまで待ってたかいが……

 ……あ、あれ? なんでまだ一人、残って」


 姿を見せた男……なぜまだ、参加者が残っているのかわからない。だが、レイナの命を奪ったことに変わりはない。

 ……それからは、一瞬だった。無意識に引き抜いた拳銃、引かれた引き鉄、放たれた銃弾……それは、吸い込まれるように男の、額へとぶち当たった。


 ドサッ……と、倒れていく音が、響いた直後だ。けたたましい着信音が鳴る。

 まるで操られているような動きで、スマホを取り出し……画面を、見た。



『おめでとうございます。平川 昇様、あなたは見事、三十一名によるサバイバルを生き残りました。

 デスゲームを勝ち抜いたあなたには、他プレイヤーがその時点で所持していた賞金が贈られます。

 莫大な賞金、そして三十名の命の重みを手に、元の世界で充実な生活をお送りください』

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