デスゲーム終了



「はぁ……はぁ……」


 スマホを持つ手が、カタカタと震える。届いたメッセージに書いてあることが、理解できない。

 同時に、抑えていた怒りが、ふつふつと湧いてくる。


 なにがおめでとうございますだ、なにが賞金だ、なにが充実した生活だ!

 今すぐ、スマホを地面に叩きつけてしまいたい。しかし、そんなことをしてもどうしようもないと、残った理性が必死に止めた。


 ただ、一つ確かなことは……


「き、さらぎ……」


 目の前で、頭から血を流して倒れている如月 レイナ……彼女は、もはや動くことも、声を上げることもなく、倒れている。

 まだ、かろうじて生きているのではないか。メッセージの内容が、なんだというのだ。


 そう思って、体を仰向けにさせ、口元に手をかざした。息は、していない。

 腕を取り、手首に指を当てた。脈は動いていない。

 胸に耳を当て、心臓の音を聞こうとした。心臓の音は、聞こえない。


 信じたくはない光景だ……しかし、嫌でもこの島で数々の死体を見てきた昇には、わかってしまった。

 彼女が、もう死んでいるのだと。


「なんで……」


 レイナは、死ぬつもりだった。最終的にはこうなることを、彼女は望んでいたのかもしれない。

 しかしレイナは、最期の瞬間を昇に委ねようとした。昇がレイナを殺せないことを知って、彼女は自ら命を絶とうとした。


 しかし、それは叶わなかった。無情な弾丸が、レイナの頭を貫き、その命を奪った。

 それをやったのは、昇もレイナも気づかなかった……正真正銘、最後の男だ。


 ……彼は、その【ギフト】『透明人間ステルス』により、デスゲーム開始時点からずっと姿を消していた。これは、物理的に姿が消えるだけではなく、マップ上からも姿が消える。

 これにより、彼は今まで誰に気づかれることもなく、息を潜めて忍んでいた。しかしにおいまで消えるわけではないので、においを辿る化け物に見つかる可能性もゼロではなかった。


 最終的に、最後の一人に生き残ったレイナを射殺しゲームクリア……となるはずだったが、昇とレイナが一緒にいたためマップ上には点が一つしか見えず、また夜の暗さが人影を消していた。

 そのため、レイナを射殺し油断して姿を見せてしまった。それが、彼の敗因……いや死因だった。


「くっ……なんだよ、くそ!」


 生き残りを賭けたデスゲーム……それを勝ち抜いたのは、平川 昇。平凡な、大学生だ。

 死にたかったわけではない、必死に生きたかった……だが、三十人もの人間の死の上に生きていくのかと、そう聞かれれば……


 とたんに、不安になる。この島で会ったのは、初めての人ばかり……会ってすぐ殺し合いの空間だった。自分を殺そうとした人間に、情はない。

 だけど……それでも……


「死んでいいわけないだろ、くそっ……!」


 いやいや人を殺していた人間もいたし、殺し合いを楽しんでいる人間もいた。三十人もの人間がいた、その中身は様々だ。

 だが、みんなに共通していたものがある。死にたいなどと、誰も思っていなかったこと。死んでいい人間など、誰もいなかった。


 なにもかもが自由なこの島で、人間の本質は露わになった。その結果が、あの醜い殺し合いだ。


「……そりゃ、疲れたって言いたくなるよな」


 レイナの言葉を思い出し、昇は渇いた笑みを浮かべた。

 もはや、なにをする気力も起きない。それはデスゲームが終わったからか、それともレイナが死んだからか。


 如月 レイナのことは、共に行動していた以上の関係はない。会ってたったの数時間、はじめの頃は警戒は怠らなかった。

 テレビの中で見ていた、有名人以上の感情を、抱いてはいなかった。


 なのに、どうしてこうも、悲しいのだろうか。

 ……人が死ぬのは悲しい。それだけのことだ。


「もういっそ、俺も……」


 このまま死んでしまおうか……そう、考えがよぎった瞬間だ。

 手にしていたスマホの画面が、激しく輝き……その光は、どんどんと輝きを増していく。突然のことに画面を見たが、すぐに目をそらす。


 なにが起こったのか……そもそも、デスゲームが終わったからと言って、どうやって元の世界に帰ることができるのか。

 その答えが、ここにある気がして……昇は、思わずスマホを放り投げた。


「如月!」


 たまらず、レイナの死体へと駆け寄り……もはや動かないその体を、抱きしめた。

 柔らかく、そして……まだあたたかいその体は、まだ生きているんじゃないかと、思わせる。


 非現実的なことが数多く起こったこの島で、これ以上なにが起ころうと驚きはしない。だが、自分がこの島から元の世界に帰ったとき……いったい、残された人たちはどうなってしまうのか。

 ここで、死体となってしまった人たちは……ちゃんと、元の世界に帰るのか? それとも、ここに残されたままなのか?


 どちらにしても、あんまりだ。こんな訳の分からないデスゲームに参加させられ、殺し殺され……変わり果てた姿と、なってしまった。

 レイナは、恨みのある誰かが自分たちをデスゲームに参加させたのではないか、と推理した。だが、それが本当だとしても、それが全てではないだろう。


 恨みのある人間がいるかもしれない。でも参加させられた人には、家族が、友達が、恋人が、大切に思ってくれる人もいるはずで。

 だから、だろうか……せめてレイナだけでも、一緒に、元の世界に帰そうとして、抱きついたのだろうか。


「……くっ!」


 そんな、確証もなにもない……考えるよりも先に、体が動いた。

 そんな昇の気持ちを知ってか知らずか、スマホから輝く光は、周囲を囲んでいく。


 当然、それは昇の体をも覆い包んでいき……白い輝きの中、昇の意識は、そこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る