第46話 熱愛発覚
「だから、それを俺に言うなって!」
凪人が誰かと電話をしている。
橋本は事務所の休憩スペースにいる凪人を確認した。
「いや、それは……まぁ、俺たちがそういう関係になったってのは認めるし、そこは譲れないけど……だからって昴流、」
(ああああ、昴流君と電話なんだぁぁ!)
思わず耳が大きくなる。
「え? まぁ、それは……。言わせるなよ! いや、聞きたいのはわかるけどさ。ああっ、わかったよ! 言えばいいんだろ! よく聞いとけよっ。……好きだ。一生大事にする。これでいいかっ?」
(きゃ~! きゃ~! 一生って、今の、プロポーズなんじゃないのっ?)
脳内野太い声で大興奮である。
「は? 今日、これから? ったく、面倒だなお前。え? わーったよ、行くよ。いつものとこだな? じゃ、あとで」
最後はぶっきらぼうに電話を切る。
「ったく、なんで俺が」
凪人は、そろそろ遥とのことを、と思い、きちんと昴流に伝えたのだった。「はーちゃんをどう思ってるのかちゃんと聞かせろ!」とは言われたものの、案外あっさり快諾してきたのには理由がある。昴流は今、恋をしている。そしてその相談に乗れと、何度も呼び出されているのだ。
「あ、橋本さん。おはようございます」
凪人が橋本に気付き、挨拶をする。橋本は胸を押さえ、目を血走らせながら、
「あ、うん。大和君、うん」
と、妙な返事をした。
「雑誌のインタビュー終わったんで、俺このまま上がりますね。明日は大学に行ってこなきゃなんで、一日オフいただいてます」
「ああ、そっか、うん、大学……長野だったっけ?」
「はい、もう卒業は問題ないんですけど、書類だのなんだの、やっつけてこないと」
「気を付けて行っておいで」
「ありがとうございます。では、」
ペコ、と頭を下げて、出ていく凪人。
「……昴流君と結婚するのかなぁ」
妄想が止まらない橋本であった。
*****
カラン、とドアベルが鳴る。
いつもの喫茶店。マスターに挨拶をし、そのまま中へ。二階に上がると小さな部屋があり、昴流とはいつもここで会っていた。
「よっ!」
片手を上げ、凪人を迎える、昴流。
随分懐かれたもんだ。
「んで、あの後どうなったんだよ?」
昴流が恋をしているのは、カレントチャプターの相手……クララ役の若い女優。共演をきっかけに、っていう、あれだ。
「……両想いだった」
そっぽを向いて顔を赤くしながら口を尖らせる昴流。
「だろうな。んで、何が問題?」
「撮影帰りに手繋いでるとこ、週刊誌に撮られたかも」
「はぁっ?」
好きになったかも、から始まって、告白のタイミングや場所の相談、両想いが確定したら今度は週刊誌? 面倒な相談ばかりだ。
「相手の事務所は?」
「割と奔放。映画の宣伝になるからそれもあり、って感じ」
「じゃ、それでいいだろ」
簡単に済ませる凪人に、昴流が食って掛かる。
「でもさっ、俺たちってファンがいての仕事だろっ? 恋人がいるって状況、ファンはそんな簡単にっ、」
「アホか」
途中でぶった切る。
「少なくとも俺は、遥さんとのことを世間に隠すつもりはない。大事なもん見失ってまでこの仕事やる気はないしな。まぁ、お前はまだ若いし、今後の売り方とか、事務所の意向もあるだろうからわからんけど、少なくとも週刊誌に撮られたくらいでオタオタするなよ」
「え? 凪人、隠さない……の?」
「は? 逆に、なんで隠す必要ある? 役者は仕事でやってるだけで、俺は俺だぞ」
当り前のようにそう言ってのける凪人に、昴流は肩を落とす。
「なんだよもぅ、俺、小さいなぁ」
ブツブツと呟く。
そしてパッと顔を上げると、
「なんかスッキリした。凪人はやっぱり、俺のサカキだ!」
おかしなことを言われ、眉をしかめる。
「なんだそれ、気持ち悪い言い方だな」
「気持ち悪いってなんだよ、褒めてるのに」
撮影は終盤に差し掛かっているらしい。今日はたまたまオフだった昴流。現場の様子を聞くと、とにかく役者、スタッフ共に熱いそうだ。
「誰かさんに触発されて、桐生さんなんかものすごい芝居してきてるんだぜ? 助演男優賞間違いない、ってくらいにさ!」
何故か自慢気に、昴流。
「そういうお前は主演男優賞か最優秀新人賞獲れるのかよ?」
「それは……わかんねぇ」
いちいち口を尖らせる昴流なのである。
*****
「ほぅ、昴流がねぇ?」
ベランダではない。今は、遥の部屋で並んで話をしている。毎日の日課は、時間も伸び、離れ難いものとなっていた。
「もしかしたらそのうち『熱愛』って雑誌に載るかもしれませんね。まぁ、事務所としては映画の宣伝だと煙に巻けるからいいのかもしれないけど」
「私達も週刊誌に撮られるのかっ?」
何故か楽しそうに、遥。
「あ~、もしかしたらそういうこともある……かもですね」
「おおお、週刊誌に! こりゃ、ノーメイクで外を歩けなくなってきたな!」
遠足前の子供のノリだ。
「嫌じゃないんですか? 遥さん」
「なにが?」
「いや、その、週刊誌とかSNSとか、面倒なこともあるかもしれないのに」
「何を言うか! なんでも楽しめ! 私は常に、戦闘態勢だぞっ」
何故かファイティングポーズをとる、遥。
「ぷっ、戦わないでくださいよっ」
凪人が遥に手を伸ばす。遥がその手を取り、何故かその場にねじ伏せた。
「痛っ! ちょ、ちょ、なんでっ」
甘いやつを想像していた凪人が焦る。
「私は護身術を習っていたからな。強いんだよ、凪人」
「わ、わかりましたから、放してっ」
遥は凪人の腕を離すと、馬乗りになったまま顔を近付ける。
「明日は長野か。一日会えないな」
「今夜はずっと一緒ですよ。それに明日も、遅くなっても帰ってきます」
そう言って遥の頬に触れる。
「たまには向こうに泊まればいいのに」
「俺がいないと寂しいくせに」
そっとキスを交わす。
「……遥さん、一緒に暮らしません?」
凪人が言う。
「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」
そして二つの影は、ゆっくりとひとつになってゆく。
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