第47話 攻略完了

 撮影がすべて終わり、数カ月の月日が経った。

 年明けと同時に、映画が封切りを迎える。


「興行成績、達成確実。カレントチャプター人気、急上昇ときた。よかったな、大和君」

「ありがとうございます、橋本さん」


 ケ・セラン社内、マネージャー橋本は雑誌を置き嬉しそうに凪人を見上げた。


 カレントチャプターは封切りから一気に客が入り、その後も口コミなどで継続的に客の入りがいいらしい。今までカレントチャプターを知らなかった人まで呼び込んでいるのだから、上出来だ。

 桐生大悟はその演技力を絶賛され、演技派俳優としての地位を確固たるものにしたと言ってもいいだろう。更に、イケオジランキングNo1にもなっていた。

 昴流も、期待の新人として注目を浴びているようだ。


「で、次の仕事なんだけどね」

 回想シーンでのサカキの演技は、コアなファンたちに、あれこそがサカキだ、顔がいいだけの役者が演じたのではない、魂の芝居だったと大絶賛された。そんなこともあってか、凪人の仕事は順調そのもので、モデル業に手が回らなくなるほどだ。


「バラエティは、やっぱりダメかなぁ?」

 最近引き合いが多いのはバラエティ。

「ダメです。どうせみんな俺と遥さんのこと聞きたいんでしょうけど、嫌です」


 凪人は、恋人がいることを隠すことなく芸能活動をしている。カレントチャプターが二人を結び付けた、と雑誌のインタビューで答えたのが最初だったか。それからは『聞かれれば答える』のスタンスだ。

 ファンたちも、最初から『恋人がいる前提』で凪人を見ているので、イメージダウンのような扱いもない。


「しかし、大和君のお相手が一般だったとはねぇ」

 橋本が改めて口にする。


 そう。ずっと相手は昴流だと思っていた橋本は、昴流が撮影中にヒロインとの熱愛を報じられた時も、映画の宣伝だと思って疑わなかった。裏では凪人と……そう思っていたのだ。


 実際、凪人は頻繁に昴流と会っていたので、それも誤解を確信だと錯覚させる原因だった。なんてことはない、凪人は昴流の相談に乗っていた(乗らされていた?)だけなのだが。


「え? 橋本さん、今まで俺の相手、誰だと思ってたんですか?」

 凪人の質問に、橋本がとぼけて言った。

「じゃ、バラエティは断っておくね」


 昴流が相手じゃなくてよかったような、つまらなかったような、少し複雑な気持ちになる橋本なのであった。


*****


 目覚まし時計より少し早めに目を覚ますと、変わらずの青い光景。

 遥は、しばらくその青を眺めていた。


 思えばあの日、突如目の前に現れた異星人に、興味を持ったのは確かだ。

 皆が言うようなイケメンには見えなかったが、遥にとっては『宇宙人である』ことの方がよっぽど魅力的であった。


 しかし、それはあくまでも『生態として興味がある』だけである。


 ところが、この不思議な生き物は何故か自分に懐いてきたのだ。自分が推しているカレントチャプターを同じように愛し、理解を深めようと必死になっていた。その姿は微笑ましく思えるほどだった。


 関わっているうちに、意外な一面も見えてくる。

 実は努力家で、期待には必ず応える。人の嫌がることはせず、従順で、寂しがり屋。なんとまぁ、可愛らしいではないか。

 今にして思えば、そんな彼をいつしか自分は受け入れ、愛でていたのかもしれない。


 告白された時は少し驚いたが、嫌な感情は一切なかった。青いこと以外、宇宙人である要素はほぼ何もないし、年下だとはいえ社会に出ているせいかしっかりしている。


 凪人の瞼がぴくっと揺れる。

 ゆっくりと目を開けると、遥を見て少し驚いた顔をした。


「やだな、遥さん起きてたんですか?」

「ああ。凪人の可愛い寝顔を見ていたんだ」

 遥が冗談めかしてそう言うと、凪人が布団を頭から被る。

「何故顔を隠すんだ?」

 遥が意地悪く布団を剥がそうと引っ張る。

「恥ずかしいっ」

 おいおい、逆だろうお前ら、と突っ込みを入れたくなるような朝の光景である。


 もぞもぞと顔を出し、凪人が微笑む。

「おはようございます、遥さん」

 凪人が遥を抱き寄せる。

 視界が、青になる。


「ああ、今日も青いな」

「だからっ、いい加減それやめてくださいってばっ」

 耳元で凪人が言う。

「いいじゃないか、何色だって」

 くすくす笑いながら、遥。


「本当に?」

 遥の目をじっと見つめ、叱られた犬のような目で見つめてくる凪人。

「なんだ。まだ気にしてるのか?」

「そりゃ、少しは……、」


 視線を外し、言い淀む。なにしろ今までの自分は見た目だけでモテていたのだから。見た目で勝負できない遥相手では、どうにも自信が持てないままなのだった。


 大学卒業を待てずに、凪人が遥にプロポーズをしたのは昨夜のこと。

 答えはもちろん、Yesである。

 まぁ、結婚はもう少し先だが。


「可愛いな」

 遥が凪人の頭を撫でる。サラサラの髪が揺れ、触角が嬉しそうに跳ねた。


「私はね、多少の努力はするが、結局私でしかないよ? 人の思うような理想の私とはきっと違う。でも、それはそれでいいと思っているんだ」

 真剣な眼差しで話を聞く、凪人。

「凪人も同じだ。そのままでいい」


 きゅ~~ん


 胸のどこかで何かが鳴る。

 締め付けられるような痛みと、包み込まれるような安堵感。苦しいのに心地いいような、どうしようもなくもどかしいような、刺さる棘の向こうにある痺れ。


「世界なんか滅びてしまえばいいと思っていても、世界は美しいと言うことが大事なんだと思うんだ」

 遥が放った言葉の意味が分からず、凪人が首を傾げる。


「ああ、サカキの話だが。自分の愛した人が目の前で死んだとき、彼の絶望たるや、それはもう想像を絶する状態だったはずだ。そんな中、彼は自暴自棄にはならず、生きる選択をしただろう?」

「そうですね」

 確かに、サカキを演じていた時のあの痛みは相当なものだった。

「世の中は二律背反、紙一重で出来ている。どちらかを選ばなければならないのなら、優しい方を選べばいい」

「はぁ、」


「私が何を言いたいか、わかるか?」

 じっと凪人を見つめる遥。ここまでの話は理解できた。しかし、遥が何を言わんとしているかはさっぱりわからない。

「えっと……わかりません」

 正直に答える。


「……だろうな。私にもさっぱりだ」

 あっけらかんと言い放つ。


「ちょ、遥さんっ?」

 呆れる凪人を見て、遥が笑う。


「まったく。俺からしたら、遥さんの方がよっぽど宇宙人だ……」

 凪人が息を吐く。

「そうか?」

「まぁ、そういうところも全部含めて好きなんですけどね」

 頬を撫で、キスをする。

「まだ先は長いんだ。焦らずやっていけばいいだろう」

 そう言ってふぁぁ、と欠伸をする遥。


「一生掛かって攻略しますよ!」

 拳を握る、凪人。

「間に合うといいな」

 挑戦的な視線を向ける遥。

「本当はもう俺に夢中なくせに」

「ふふ、甘いぞ、凪人」

 遥が手を伸ばし、凪人の触角を、ぷに、とつまんだ。

「はぅっ」

 凪人が変な声を出して脱力する。


「ここが弱点」

 くすくすと笑いながら、凪人を見つめる遥であった。



 こうして無事、青い青年は養護教諭にのである。



(完)

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青い青年は養護教諭を攻略したい にわ冬莉 @niwa-touri

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