第38話 初対面達

 スタジオ内、大会議室。初顔合わせはここで行われることとなった。

 カレントチャプター、ザ・ムービーである。


「では、順番に紹介します」

 司会を務めるのは助監督らしい。今日は初日顔合わせということで、関係者のほとんどすべてが揃っている。役者だけではなく、スタッフや、原作者も。到着するや否や、凪人は原作者の夜和井シャモに捕まり、サカキ役決定を祝われた。


 簡単な自己紹介という名の挨拶を終えると、大まかな撮影スケジュールが発表される。

 映画の撮影は、監督によって撮影方法も順序も様々である。ロケ先や役者のスケジュール調整などもあるので、必ずしも順番通りに撮るわけではない。


 が、


「今回、原作者である夜和井よわい先生の強い要望がありまして、最初に撮影するシーンだけは決定しております。えっと、大和君?」

 突然名前を呼ばれる。

 驚きつつも、その場に立ち軽く手を挙げた。

「はい」

「サカキの回想シーン。そこから始めることになった。まぁ、すべてはそこから始まっているっていうこともあるしね」

「あ、なるほど」


 いきなり回想シーンからとは驚きだった。しかも原作者の意向、と言われるとプレッシャーを感じてしまう。

「よろしくお願いします」

 しかし凪人は不安などおくびにも出さず、しっかりと頭を下げる。視線の片隅に一之江昴流の姿が見えた。彼は主役である。いわばこの映画の座長。大分緊張しているように見えたが……。


「監督!」

 そんな昴流が声を張って立ち上がる。


「なんだい?」

「俺も撮影見に行っていいですか?」

「え? でもこの日は一之江君のシーンは、」

「わかってます。でも、見ておきたいんです。ですから」


(こいつっ……、)


 わざとだ。

 絶対わざとに違いない。


 案の定、昴流の言葉をきっかけに、その日撮影に関係ない演者の数名が『じゃ、俺も行こうかな』などと言い始めた。


(おいおいおいおい~)


 凪人がキッと昴流を睨む。視線を受け取った昴流は、口の端を軽く上げ、視線を外した。宣戦布告だ。


「そうだな、みんなの気持ちを統一するためにも、スケジュール的に可能な人は参加するといいかもしれない」

 監督までがそんなことを言う始末。

「どう? 大和君」

 この状況で『どう?』と聞かれて、YES以外の返答があるなら教えてほしいものだ。

「そうですね。俺は構わないです」


(あああ、言ってしまった……、)


「じゃ、撮影日までに調整できそうな人はよろしく頼むわ。ってことで、次に、」

 そこから先の話は、もう凪人には関係なかった。凪人の撮影はその日だけ。ワンシーンしか登場しないのだから。


*****



「……ってことになったんですよねぇ」

 はぁ、とため息をつきながら今日のことを報告する凪人。


 日課となっているベランダでの報告会である。

 遥は目をキラキラさせながら聞いている。


「そうか、いよいよ始まるんだなっ。ああ、カレントチャプターの世界がすぐそこにっ」

 大興奮である。


「公開はまだ先ですけどね」

 今回の映画はカレントチャプターに出てくる次世代メインキャラクター、ヴィグの活躍がメインで、ヒロインであるクララとの恋なんかも入り混じる、アクション系ハートフルラブコメディのような話である。撮影にも編集にも、それなりの時間を要するはずだ。公式ではまだ『映画化決定』のところまでしか発表していない。


「待ち遠しいな」

 遥がにまにまと頬を緩める。

「俺はちょっと憂鬱です」

 正直に、告げる。


「何故? 掴み取った役なのだろう?」

 遥が訊ねる。

「だからですよ。他の誰にも渡したくなかった役です。俺がやるんだ、って。でも、だからこそ不安になるっていうか、ちゃんと出来るのか? って、」

「馬鹿だな、凪人」

 話を遮り、遥。

「他の誰よりお前が一番合ってるよ」

「……え?」

 ぽかん、と口を開ける凪人。


「さて、今日はこの辺で、」

「遥さんっ」

 凪人が呼び止める。

「ん?」

「撮影、見に来てくれますかっ?」

「私は関係者じゃないから、」

「俺のサカキを、見に来てほしいんです」

 真っ直ぐに、伝える。


「……わかった。行くよ」

 遥が困ったように肩をすくめた。

「約束ですよ?」

「嘘はつかないよ」

 そう言って笑うと、遥は部屋に戻って行った。


 凪人は空を見上げる。

 撮影が終わったら、きちんと告白しよう。そう、心に決めたのだった。


*****


 翌日。

 沖縄での宣材動画が会社のホームページに載った。


「大和君、凄いよ! あの動画の威力、半端ないって!」

 事務所で興奮気味に話し掛けてきたのは橋本マネージャーだ。

 そもそも宣材動画というのは、各テレビ局や制作会社に配るためのもの。だが、社長が出来の良さに感動してホームページにアップすると言い出した。映画出演も決まったタイミングだったから、いい宣伝になると思ったのだろう。その勘が、大当たりだったのだ。


「何かあったんですか?」

「問い合わせが凄いんだよ! モデルの引き合いもだけど、ドラマや映画も! あの、教会での泣きのシーンが評価されてるんだと思うっ」


 動画は、自分でも見た。

 プロが撮っているのだから出来はいいに決まっている。演技に関しては、自分ではよくわからなかった。ただ、綺麗に撮れているとは思うが。


「やっぱり、音楽だけじゃなくストーリー入れたのが良かったんだな」

 橋本が大きく頷いた。


 そう。ただ音楽を付けるだけではなく、今回はショートストーリーを文字として場面毎に出している。映像自体は二分程度の簡単なものだが、悲恋を乗り越える青年のショートストーリーが、まるで短編映画のように映像とよくマッチしているのだ。

「オーディションの話もいくつか来てるよ。今度はドラマだ。受けるだろ?」

「あ、はぁ」

 何やら動き出してしまった。

 仕事が入るのは嬉しい。これからもこの世界でやっていこうというのであれば。

 しかし、


(忙しくなりそうだな)


 心に一抹の不安を覚えずにはいられない凪人なのだった。

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