第37話 急速接近

「は……はは遥……さん?」

 何を言われたのか、その真意が理解出来ずにパニクる。


 あれはどういう意味だ?

 寒いと言うから布団を用意する、と答えたのに、それを拒否して『温めて』と言われたのだ。状況から判断するのなら、これはつまり、あれだ。


「さ、む……」

 しかし、冗談で言っているわけではなさそうなのだ。遥は震えている。これは、もう、

「ああ、わからん!」

 凪人は頭を抱えたが、意を決して(?)ゴソゴソと布団に潜り込んだ。寝ている遥を後ろから包み込むように抱き締める。


「どうなっても知らないからなっ」

 小さい声で呟くと、心を無にして目を閉じる。小さな遥の体はとても熱く、小刻みに震えている。さらりと揺れる髪から、抱き締めた先にある首筋から、遥の匂いがする。これで理性を保てと?


(ここは地獄か……。いや、天国か?)


 凪人はひたすら強く、目を閉じた。

「凪人……、」

 遥が小さい声で言う。

「あ、はい?」

 緊張しながら返す。

「すまない。風邪、移してしまうかも」

「ったく、そんなこといいですよ。それより、寒くないですか? 俺、ここにいますから安心して寝てください」

「凪人がいることが……果たして、安心…なのだろうか」

 少し苦しそうに暴言を吐く。


「あのなぁ、ここまでさせといてそれはないだろうがっ」

 思わずため口になる凪人。

「ふふ、それはそうだ」

 楽しそうに笑う。

「ったく、」

「なんだか……少し甘ったれになってしまったみたいだ」

「……いいですよ、別に。俺でよければ」

「うん、」

 声が小さくなる。


「人がいる……と……安心……する」

「はいはい、いますよ。寝てください」

「凪人……なんか……喋ってて、」

「は? なんか、って……もぅ」


 凪人は溜息をつくと、沖縄でのことを話し始めた。朝、遥を見送ったあと、仕事で宣材写真を撮りに行ったこと、そこで社長に会って、沖縄行きが急に決まったこと、撮影は順調で、向こうで急に遥に会いに行ってしまって後悔したこと。

 遥はもう、眠りについている。規則正しい寝息が聞こえる。


「でね、遥さん。社長が、俺にどんどん恋をしろって言ったんですよ。俺、恋してもいいみたいなんです。だから……いいですよね」

 寝ているのをいいことにこんな発言。なんだかズルいだろうか。

「早く良くなってくださいね」

 眠っている遥の熱い首筋に、そっと口づけをした。


*****


 体の節々が軋む感覚。

 高熱を出していたのだと思い出す。


 ぼーっとする頭で記憶を辿る。確か、具合が悪くなった生徒を沖縄から連れ帰り、保護者に引き渡した。

 前日の夕方からずっと付きっ切りで看病していたせいで、たぶん自分にも移ってしまっていたのだろう。飛行機が離陸するころには発熱していたように思う。


 東京に着いて、生徒を見送って、凪人がいて、それから……、

「なんだっけ?」

 呟いて、寝返りを打つ。

「うっわ、青っ」

 目の前に広がる青に驚き、思わずベッドから転がり落ちてしまう。


「う……ん、遥さん……?」

 凪人が目をこする。

「ああ、凪人か。おはよう。何してるんだ、そこで?」

 しれっと、ビックリな一言である。


「なにして、って……はぁぁぁぁ??」

 凪人が声を荒げる。

「覚えてないんですか、昨日のことっ?」

「ええっと、ちょっと、曖昧で…、」

「マジかよ……、」


 凪人が布団から這い出る。ベッドの横に座っている遥のおでこを触る。

「まだ少し熱ありそうですね。はい、ベッドに戻って! 何か食べます? 喉、乾いてません? 着替えますか?」

「……オカン?」

 立ち上がり、首を傾げる。

「なにがオカンだっ。いいから寝ろっ」

 ピッとベッドを指す。大人しく従う遥。

「そう怒るな。いい男が台無しだぞ?」

 ニヤニヤしながら茶化す。


「今、うどん作りますから。それ食べて薬飲んだら、着替えて寝てくださいっ。結構汗かいてたし……、」

 最後はもごもごと言葉を濁す。


「凪人が着替えさせてくれたのか?」

「そんなわけないでしょ! ちゃんと自分で着替えてましたよっ。途中までだったけど……。ってか遥さん、俺以外の男にこんなことさせないでくださいよねっ」

「なんで?」

「なんで、って…、は?」


 ドキドキする。ここで言うべきなのか? きちんと、面と向かって、宣言すべきなのかと考える。たった四文字の「好きです」が言えないなど有り得ないはずだ。なのに、喉の奥が詰まって言葉が出ない。


「私は養護教諭だぞ? 具合が悪い時の対処の仕方は心得ている。一人では叶わず誰かに頼むとしても、頼む相手はきちんと選んでいるつもりだが?」

 何故か態度がでかい。

「俺は選ばれた、ってことですか?」

「んん……まぁ、そう……」

 目を逸らす。


「誤魔化したっ! まぁ、あの状況では仕方なかったかもしれませんけどねぇ、添い寝まで要求するのはっ、その、俺も男なんでっ」

「添い寝は得意だろうに?」

「くっ……、」

 言葉に詰まった凪人に、遥が優しく言った。

「私だって、誰にでも言うわけじゃないさ」

「……それって、」

「信用してるってことだ」


 答えが微妙なのである。

 それは単に、人としての話?


(俺……どう思われてるんだ?)


 信頼は得ているようだ。

 しかし、男として見られていないということ……?


「とにかく、うどん作ります」

 凪人は深く考えるのを一旦中止し、キッチンへと向かったのである。

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