第35話 偶然再会

 雨は、残念ながら止むことがなかった。

 教会での撮影を終え、監督が考え込んでしまう。さっきの画が想像を超えてしまったため、最初にイメージしていた撮影の内容を大幅に変えたくなってしまったのだ。


 ホテルのロビーで待機していた凪人に、橋本が声を掛けた。

「……あのさ、大和君、一ノ江君とはその……何かあった?(喧嘩でもした?)」

「え? 何か、って……ああ、すみませんさっきは。なんだか年甲斐もなくあんな」

 頭を掻きながら、凪人。

「いや、まぁ、色々あるんだろうけどさ、うん」

 あまり首を突っ込むのもよくないか、と改める。


「突っかかってこられると、つい。大人気ないですよね、俺」

「いや、でも彼、大和君の撮影風景見てかなり刺激受けてたみたいだし、お互いいい関係なんだよね、きっと」

 さりげなくフォローする。

「あいつには負けられないんで」

 決意を固める凪人を、橋本が微笑ましく見守る。


 と、撮影スタッフの一人が走り寄ってきた。手にはラフ画のようなものを持っていた。

「あ、お疲れ様です。すみません、これ監督からなんですけど、なんか、火がついちゃったみたいで、映画張りの画コンテ書き始めちゃったんですよね」

 テーブルにざっと並べられた画コンテは、10枚近くある。

「うわ、すごいね」

 橋本が一枚ずつ捲る。

「橋本さん的にはどうですかね?」

「そうだなぁ……さっきの教会のシーンと繋ぎたくなったってことだよね。だとすると……これとか、いいね」

 選び出したのは、空港での一コマ。飛び立つ飛行機を眺めている画と、飛行機に乗り込もうとするショットだ。

「あ、やっぱり!? 監督もそれ推しなんですよ!」

 だったら聞かなきゃいいのに、とも言えず、橋本は笑顔で返す。


「でも、これって、」

 凪人が素朴な疑問を返す。

「飛行機に乗るってことですよね?」

 まさか搭乗シーンだけ撮らせてほしい、なんてことは無理だろう。だとしたら精一杯お願いしたとしても、搭乗する瞬間を一発撮りするしかないような気がするのだが。

「そうなんです。これ取ったら、クランクアップです!」

 そのまま東京へ帰るってことだ。

「ええっ」

 凪人が思わず声を上げる。

「もう……、帰るのかぁ」

 遥に会えたのは一度きり。お互い仕事で来ているのだから仕方ないとはいえ、もう一度くらい会いたかった。


「じゃ、監督に伝えて来ます!」

 嬉々として去っていく。

「もう少しいたかった?」

 橋本がにまにまとした顔で聞いてくる。

「いや、まぁ。サンセットビーチで爽やかな俺とか、撮ってないんで」

 ちょっとだけカッコつけてみる。


*****


 空港のロビーには人だかりが出来ていた。何かの撮影をしている、と人が集まってしまったのだ。橋本が頑張って呼びかけなどを行っている。長くは持たないだろうから、早めに撮影を終わらせなければならないだろう。凪人は監督、カメラマンからの細かい指示を頭に叩き込み、位置に着いた。


 ロビーのベンチに座り、道行く人を見つめるシーン。誰かの姿を見つけ、驚いた顔で立ち上がり、追いかけようとするも、人違いだと気付き、またベンチに座り直す。


 無事、一発で撮り終わると、そのまま外へ向かった。飛び立つ飛行機を見上げるシーンである。これは実際に飛び立つ飛行機との兼ね合いがあるため、展望台で時計を見ながらタイミングを計る。雨が小降りになってきた。


「そろそろ準備お願いしまーす」

 凪人が傘を持ち展望台中央へ。


「スタート!」


 合図とともに、手すりまで歩く。離陸する飛行機を見つめる凪人。飛行機が飛び立つ。カメラが後ろに引く。後姿の凪人と、その向こうから飛行機。凪人が手にした傘を後ろに放り、両手を広げる。頭上を通り過ぎる飛行機。完璧なタイミングだった。


「OKです! 最高だ!」


 パチパチとギャラリーから拍手が上がる。

 凪人がぺこりとお辞儀をすると、キャーという黄色い声援が飛び交った。


*****


 搭乗シーンは短い時間で済ませなければならない。なんとか空港側に頼み込み、最後に搭乗すること。撮影は長くても10分、という約束で撮らせてもらえることになった。そして撮影クルーは機材の関係で同じ便には乗れないとのこと。先に乗り込んだ橋本と、凪人だけがこの便で帰ることになる。


 次々に搭乗ゲートを潜る乗客たちを見送りながら、時を待つ。

 と、そこにまさかの人物が現れたのだ。


「へっ?」

 見間違いかもしれないと目をこする凪人。いよいよ幻覚が見えたのか、と。しかし、向こうもこっちに気付いたようで、驚いた顔をしている。そして歩み寄ってきた。


「なんでここに?」

「それは俺のセリフですよ、遥さんっ」

 思わず頬が緩む。もうこっちで会うことはないと思っていたのだから。


「ああ、私はこの便で帰ることになったんだ。病人が出てな」

「えっ? この便で!?」

 凪人が顔をほころばせる。

「凪人は、撮影終わったのか?」

「これから一本だけ撮って帰るんです。俺も、この便で」

 凪人に尻尾があったならブンブン振っているに違いない。満面の笑み。隠すことなく!


「すごい偶然だな。これは……、」

 遥が凪人の耳元に口を寄せる。


「運命かもな」


 ゾワゾワゾワッ


 凪人の全身を鳥肌が駆け巡る。

「なんてな」

 遥がクスリと笑うと、手を振ってその場を後にした。


(うん……め……い)


 頭の中に花畑が広がる凪人。もう、すっかりどっぷりゾッコンラブなのである。


「大和君、そろそろ準備…、って、え?」

 あまりにもデロデロの顔をしていたせいで、監督にドン引かれた凪人なのであった。


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