第34話 動画撮影

 翌日はガッツリ動画撮影の日。

 にもかかわらず、朝から生憎の雨だった。


「さすがにそう晴れてはくれないか」

 撮影クルーも残念そうではあったが、午後からの晴れ間に望みを託す。


 凪人はチラッと時計を見る。遥たちは今頃飛行機だ。一行は今日から石垣島に移動。大分離れてしまった。

 もう一度どこかで会えないかと画策中ではあるが、天気次第でスケジュールが変わってしまいそうだ。仕事だから仕方がない。


「近くのホテルに移動しましょう。教会があるんです」

 現地スタッフが案内してくれる。


*****


 外は雨だったが、教会の中はさほど暗いイメージではなかった。

「うわ、綺麗」

 撮影クルーの一人が呟く。


「大和君、ここでちょっとイメージ映像撮っていいかな? コンセプトはね、」

 亡くなってしまった愛しい人を想い、結婚式を挙げるはずだった教会で彼女を思い出し涙する、というものだった。多分、カレントチャプターのサカキのシーンに繋がるようにイメージしたのだろう。


(涙なんか出るのか?)


 人前で泣いたことなんて、ないのだ。

 そりゃ、小さい頃はあったかもしれないが、少なくとも物心ついてからはない。しかもカメラを向けられて泣くなんて、不安しかなかった。

 そんな凪人の感情を察知したのか、橋本マネージャーがスッと凪人に近付き、耳打ちをする。

「大和君、好きな人を思い浮かべてやってみて。ね」

 凪人は小さく頷き、立ち位置につく。


 よーい、スタートの掛け声で、カメラが回り始める。


 入り口から中へ。そして教会の中を見渡す。誰もいない広い教会を少し歩き、マリア像を見つける。

「はい、カット!」

 一旦ストップが入り、チェック。


「うん、いいね。表情も悪くないよ。じゃ、今度はマリア像に触れて、そのまま膝を突いて、うん、そう。で、そこで涙ください」

 簡単に言ってくれるもんだ。

 しかし凪人はグッと目を閉じ、イメージを膨らませた。

「じゃ、いきますね。よーい、スタート!」


*****


「あ、なんか撮影してる~!」

 修学旅行の団体がホテルに到着する。生徒の一人が教会に目を遣り、撮影クルーを発見した。


「え? マジで? ドラマとか?」

「うそ、誰来てるのっ?」

 わらわらと数人が窓を覗く。

「あれ……?」

 あることに気付いた。

「ねぇ、昴流君、見て! あれって電車で会った人じゃない?」


 名前を呼ばれ、一ノ江昴流いちのえすばるが窓を覗く。そこには凪人が撮影クルーに囲まれている姿があった。

「おい、なんであいつが……、」

 昴流は担任のところに走ると、

「すみません、仕事の関係者が来てるみたいで、挨拶だけしてきてもいいですか?」

 と訊ねた。

「あ~、じゃ、誰かに荷物を部屋に運んでもらって。食堂でお昼だから、すぐ来てね」

「わかりました」


 昴流は同室の友人に荷物を預けると、教会の入り口へと向かう。撮影の邪魔にならないよう、音を立てずに歩き、柱の陰からそっと様子を窺う。


「じゃ、いきますね。よーい、スタート!」


 丁度スタートが切られたところで、凪人がマリア像にゆっくりと歩み寄った。そっとマリア像に触れる。そのまま脱力したように膝を突くと、肩を震わせる。


(泣きの芝居か……、)


 凪人の芝居を見るのは初めてだ。どんな顔するのか見てやろう、くらいの気持ちだった。だが、次の瞬間、昴流は体中に電気が走ったかのようにびりびりと痺れる。

「……!!」


 肩を震わせていた凪人がゆっくりと顔を上げる。

 頬を、涙が伝った。

 凪人がゆっくりとマリア像を見上げる。そして彼は……微笑んだのだ。切なそうに、苦しそうに、なのに、とても優しい、愛おしい何かを見つめるように……。

 それはとても複雑で、なのにすべての感情がきちんと理解出来る。感情が、流れ込んでくる。


(なんでこんなこと出来るんだよっ)


 その場にいるものすべてが息を呑む。切なさに支配される。指示役の監督が口を開けたまま固まっていた。


 イメージ演出のためにバックに流されているピアノの旋律だけが、静かに、小さく流れている。


「……あ、はい、カット!」


 しばしの間の後、やっとカットが掛かる。現場から「ほぅ」という溜息が漏れた。ヘアメイクの女性などは涙を拭っていた。


「大和君!!」

 監督とカメラマンが駆け寄る。

「すごいよ! 何、今のっ。これ、このまま何かのCMに使えるんじゃないっ?」

「本当に、演技未経験だなんて言うからどんなもんかと思ったら、どんでもないな」

 大絶賛を浴びていた。

「ありがとうございます」

 照れた笑顔で返す凪人。


 険しい顔で凪人を睨んでいた昴流に、橋本が声を掛ける。

「あの、一ノ江君……だよね?」

 ハッとして振り返る昴流。

「あ、はい」

「私、凪人のマネージャーをしてる橋本です」

 そう言って名刺を差し出す。


「あ、すみません、勝手に入ってきちゃって。一ノ江昴流です。修学旅行でこっちに来てて、さっきここに。知ってる顔が見えたので、挨拶をと思って……、」

 ぺこりと頭を下げる。


(ああ、いい子なんだぁ、昴流君)


 橋本は突如現れた凪人の彼氏(違うけど)にいい印象を持った。


(うん。そうだよな。若い二人をちゃんと応援しよう!)


「大和君!」

 橋本が凪人を呼ぶ。女性スタッフに囲まれていた凪人が振り向き、酷く驚いた顔をした後、思いっきり顔をしかめた。

「なんで昴流がいるんだよっ」

 そんな凪人に、昴流も返す。

「たまたま通りがかったんだよっ。わざわざ挨拶に来てやったんだから感謝しろよ!」

 なぜか刺々しいやり取りをする二人に橋本が首を傾げる。

「あの、二人は……、」

 オロオロする橋本の存在を一切無視し、二人が見つめ合う。


「映画、決まったんだよなぁ。大丈夫なのかよ、素人さんがよぉ」

「はぁ? 俺はきっちりサカキを演じて見せるぜっ。いいか、あの映画はお前じゃない、サカキが主役だ!」

「ハッ、面白い、受けて立ってやるよ!」


 バッチバチである。


「あれぇ? あの、」

 橋本は困惑していた。

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