第33話 定期連絡
夜。
ゴルフ戻りのルーク柴崎社長も合流し、凪人の役者デビューを祝う、ちょっとした食事会が行われた。
「いやぁ、ほんとにすごいよ、凪ちゃん」
アルコールが入ったルークはこの上なくご機嫌だった。
「映画デビューかぁ。うん、いいねぇ」
「ありがとうございます、社長」
凪人も、自分を拾ってくれた事務所への恩返しが出来たようで、嬉しかった。とはいえ、撮影はこれからなのだが。
「なんか欲しいもんあったらプレゼントしちゃうけど?」
赤い顔でニコニコしているルーク、酔うと羽振りが良くなりすぎるのだ。
「いえ、それは上映後の評判を見てからにしますよ」
謙虚に、答える。
「それより、今日はどなたと一緒だったんです?」
接待先の誰かも一緒になるのかと思っていたのだが、誰も来ていない。ホテルのレストランに集められたのは、凪人と橋本、それに撮影クルーと現地スタッフだけである。
「ああ。今日一緒にゴルフしてたのはギグナスの社長。あいつも誘ったんだけどさ、忙しいって東京帰っちゃったのよ。ほら、凪ちゃんが出る映画、メインはギグナスの若い子に決まったんでしょ?」
ピク、と橋本、凪人が同時に肩を震わせる。
「しかもさ、その子、修学旅行で今沖縄なんでしょ? 偶然だよねぇ」
ああ、と橋本が胸を押さえる。チラ、と凪人を見ると、眉間に皺を寄せ、険しい顔をしていた。
「俺、絶対負けませんからっ」
凪人が低い声でそう言った。
「演技経験のない俺は不利かもしれない。そもそも向こうは主役で、俺は端役です。だけど、この映画を見た全員に、俺はサカキを印象付けたいんですっ。つまり、あいつは俺にとってライバル!」
熱弁を振るう凪人を、ルークはキラキラとした瞳で見つめていた。そして橋本はそんな二人を見ながらハラハラしていた。
(そっかぁ、社長にバレないように、そういう設定で行くんだね大和君っ)
てなもんである。
そこへ、今日撮影した写真を見せにカメラマンの戸田がタブレットを片手にやってきた。
「社長、見てくださいよ、今日の出来!」
「お! 戸田ちゃ~ん、忙しいとこ急に悪かったねぇ、こんな遠くまで」
「やだなぁ、俺と社長の仲じゃないですか! それより、ほら、これ!」
指でスライドさせながら、写真を見せる。
「おお、いいじゃな~い」
調子よく返事をしながら写真をスライドさせていく。
「これとか、よくないですか?」
それは雨の中で撮った一枚だ。憂いの表情が印象深い。
「うん、これいいね」
ルークの声が変化する。
元々はモデル出身である。写真の良し悪しは、その辺のカメラマン以上に肥えているつもりだった。
「……ん? これは?」
沖縄ではない写真を見つけ、訊ねる。
公園で微笑む凪人のバストアップなのだが、なんというか……、
「ああ、これ大原さんにもらったんですよね。今日から大和君の撮影だって言ったら、こんな顔も出来る子だから、漏らすな、って」
「ちょっと、凪ちゃん」
真面目な顔で、凪人を呼び寄せる。
「はい?」
「これって、いつの?」
タブレットを見せられ、思わず赤面する。
(嘘だろ。なんだよ、この顔っ)
今まで見たこともない自分の顔を突き付けられ、焦る。これは…、奈々のとこの雑誌撮影だろう。バストアップなんて、ファッション誌では撮らない。が、この顔を見せられて大原が思わずシャッターを押したのだろうと理解する。
「え!? なにこれ、凄い!」
横から割って入ってきた橋本がタブレットを凝視する。
「大原さんが撮ったの? さすがだなぁ、大和君からこんな顔引き出すなんてなぁ。あ、でも今日の写真もいいですよねぇ、ほら、これとか!」
急に饒舌になって写真をスクロールさせる橋本を完全に無視し、ルークが言った。
「凪ちゃん、恋してるね?」
「ええええ!?」
声を上げたのは橋本である。
ルークは大袈裟に驚く橋本を更に無視し、凪人をじっと見つめた。射貫かれそうなその視線に、しかし凪人は怯むことなく向かう。
「はい。そうです」
キッパリ、言い切って見せたのだ。
橋本だけが、背中に変な汗をかいてオロオロしていた。
と、怖い顔をしていたルークが、フッと顔をほころばせる。
「そっか~! そっかそっか、恋、してるんだなぁ、うんうん、いいぞ凪ちゃん。恋愛は色気をもたらす重要な要素だ! どんどん、トキメキなさい!」
凪人をバンバン叩き、ご機嫌だ。
「……いいんですか?」
あっけにとられた顔で、凪人。てっきり怒られるものとばかり思ったのだが。
「なに言ってるの、若い時に恋愛しないでどうするのよ? 凪ちゃん、そっち系疎そうだったから心配してたんだよ? 身を焦がすような恋ってさ、人生でそうそう出来るもんじゃないし、大事にしなさいな」
にこやかに笑うルークに、凪人もつられて笑顔になる。
「ありがとうございます、社長!」
「でも、中途半端はダメだぞ」
「はい!」
そんな二人を見ながら、橋本は溜息をついたのだった。
*****
その日の夜、凪人は遥に電話をした。どうしても顔が見たかったので、わざとビデオ通話にしたのだ。
『もしもし?』
眠そうな声で遥が出る。
「あ、すみません、もしかして遥さん、寝てましたか?」
さすがに時間が遅かっただろうか。時計を見ると、23時を回った辺り。
『いや、どうやら少し転寝してしまったみたいだ。このあと見回り当番もあるし、ちょうどよかったよ』
そう言って、ふわぁ、と欠伸をする声。
『あれ? これ、ビデオ通話か?』
画面が切り替わり、遥の顔が映し出される。Tシャツ姿でスッピン。眼鏡もないその顔は、あどけなさすら感じるほどだ。
「かわっ、」
言いかけて、慌てて口を閉じる。
『ん?』
まだ少し寝ぼけ気味の遥が聞き返す。
「あ、いやなんでも。それより、今日俺の事見えてました?」
昼間、隣のビーチにいる遥にメッセージを送った。見えてるぞ、の返信に、つい張り切ってしまった自分を思い出す。
『ああ、見えたよ。さすがだな。いつもとは違う顔をしていた』
「顔って……え?」
あの距離から顔が見えるわけないのだが。
『ああ、少し近くまで行ってこっそり見てたんだ。雨の中撮影してただろう?』
「えええ、見てたんですかっ?」
なんだか気恥ずかしい。
『ちゃんとモデルの顔してたな』
ふふ、と顔をほころばせる。
「そりゃ、仕事ですからっ」
つい、そっぽを向く。
『なんだ、照れたのか? 青いなぁ』
「あ、青いって言うなっ」
おちょくられているのはわかっている。なのに、なんだか心地いい。
凪人は心の中でだけ、口にしてみた。
(遥さん、俺、あなたのことが好きです)
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