第24話 審査当日
「ケ・セランから参りました、大和凪人です。本日はよろしくお願いします」
会議室のような小さな部屋に案内され、ドアをくぐると、まずは挨拶。
オーディションは、個人面談からだった。控室から一人ずつ呼ばれ、この部屋に通される。簡単なアンケートを事前に提出しているから、それについて話すのだろう。控室には見知った顔も含め、十人ほどが待機していた。昴流も……いた。
「大和君……だね。どうぞ」
勧められ、椅子に座る。
長テーブルには四人が座っている。プロデューサー、監督、脚本家、原作者…らしい。
「聞いたところによると、カレントチャプターのファンなんだって?」
プロデューサーが質問を投げてくる。
そもそもこの話は、凪人がSNSで「#カレントチャプター」を写真と一緒に拡散されたのが切っ掛けで舞い込んだ話なのだ。ここはアピールどころなのである。
「はい。知人から紹介されてコミックを読み、そこからDVDを観ました。最初は変な話だと思ってましたが、今では大好きです」
細かいくすぐりも入れつつ、話す。
「どんなところが好きなの?」
これは原作者自らの質問だった。何とか印象付けなければならない。
「自分は……こんなこと言うのどうかと思いますが、今まで一生懸命になることがほとんどなかったんです。物心ついた時からモテましたし、勉強も運動もそれなりに出来てしまったので」
はは、と四人が笑う。
「……羨ましいな、って思ったんです」
間を使いながら、続ける。
「サカキはいつも一生懸命で、愛が深く、自分にはないものを持ってるから。周りからも慕われ、愛されている。そんなサカキに、憧れがあるんです」
「なるほどねぇ」
満足そうに頷く作者。
「彼を突き動かしているのがアルロアへの愛なのだとしたら、その想いは一体どれだけのものなんでしょう? 私は、その答えを探したくて、ここに来ました」
「随分壮大だねぇ……、」
プロデューサーが目を見張る。
「でも、大和君はヴィグのオーディションを受けてほしいんだけ、」
「サカキです」
プロデューサーの言葉を押しのけ、凪人。
「サカキを、やりたいんです」
キッパリ、言い放つ。
そうなのだ。
会場に着いて初めて知ったのだが、凪人に来た話は回想シーンのサカキではない。今回の主役でもある、ヴィグのオーディションだったのだ。
「え? 君、わかってる? 今回はW主演で、ヴィグっていうのは、」
「サカキです! 自分は、サカキを演じたいんです! 確かにヴィグは今回、この映画の主役かもしれない。だけど……俺の中ではカレントチャプターの主役はサカキでしかない。なんなら、この映画を機にエピソードゼロに繋げていきたいと思ってます! そうです、次作はエピソードゼロをやりましょうよ、監督!」
思わず椅子から立ち上がり、熱弁を振るう。もはやオーディションだから印象付けよう、というより、欲望駄々洩れなだけである。
「それは……まぁ、そうなったらいいね」
さすがにプロデューサーも引いている。だが、目をキラキラさせている人物が一人……原作者だ。
「大和君! そこまでカレントチャプターを……サカキを思ってくれているなんてっ」
今にも泣きだしそうな勢いである。
「サカキはね、私にとって思い入れのある大事なキャラでねっ。でも最近ではヴィグの方ばかりがクローズアップされてしまうっ」
そりゃそうだろう。
三枚目キャラのオジサンより、若くて大人っぽい雰囲気のカッコいい二枚目、ヴィグの方が女性の心を掴みやすいのだ。
「ヴィグはヴィグでいいやつだと思いますよ。でもやっぱり主役はサカキです! 俺、絶対にサカキを主役の座に返り咲かせたいんですよっ!」
いや、それは遥の目論見か。
「大和君! 本当に嬉しいよ! これからもサカキ推し、よろしく頼むっ。生みの親であるこの私、
「シャモ先生!」
「大和君!」
二人はその場で、ガッツリと握手を交わしたのであった。
*****
控室に戻ると、昴流が声を掛けてきた。
「よぉ、どうだった?」
馴れ馴れしい。
凪人は軽く一瞥し、そっぽを向いて
「どうってこともないけど?」
と素っ気なく返す。
「あんたさ……、」
昴流が真剣な顔で凪人を見つめた。よく見ると、本当に可愛らしい系の美男子なのだ。
「なんだよ」
しかし、ついつっけんどんになってしまうのだ。
「はーちゃんのこと好きなの?」
「ぶほっ」
そのまま ズバリを聞かれ、思わず咽る。
「な、なんだよ急にっ」
平静を装いながら返す。まったく装えていないのだが。
「俺は本気だからな。お前みたいにちゃらちゃらしたやつになんか、はーちゃんは渡さないから!」
「お、俺は別にっ」
視線を逸らす。
「ほら、それだ!」
ビッ、と凪人を指し、睨み付ける。
「好きな女を好きだと認めることすら出来ないようなヒヨったやつに、はーちゃんは渡さない! 覚えておけ!」
そう言って、踵を返す。
好きな女を好きだと認めてない……?
言われ、ハッとしたのだ。
確かに自分は『好きなのかもしれない』ばかりでハッキリと自分の気持ちを表明していない。それは、うまくいかなかった時にカッコ悪いと思っているからなのか、はたまた、片思いであるということそのものをカッコ悪いと思っているからなのか……、
(そうか…、サカキだ)
凪人は唐突に思い出す。
何事にも目を逸らすことなくまっすぐなサカキ……。そんなサカキが好きだという、遥。まさに自分とは正反対の男。このままでは、ダメなんだ。
「昴流!」
凪人は部屋を出ようとする昴流の背中に声を掛けた。昴流がゆっくりとこちらを向く。凪人はその目をじっと見つめ、宣言した。
「俺、認める! 俺も(遥が)好きだ」
かなり大きな声でそう宣言したため、控室の注目を集め、空気がピリッと張り詰める。ピリッとしたのは声の大きさに、ではない。
「好きだと認めるんだな?」
昴流が聞き返す。
「ああ、(遥が)好きだ」
「……そうか。俺も(遥が好き)だ」
「同じ、ってことか」
にわかにざわつきだす控室。
「お手柔らかに頼むぜ?」
凪人がフッと微笑みかけた。
「そっちこそ」
昴流が挑発的な笑顔で返し、控室を後にした。
「……おい、なんだよ、あれって」
「まじかよ、あんなに堂々と」
「すげぇ、目の前であんなやり取り…、」
完全に誤解を生んだ瞬間である。
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