第20話 新居物色
「ではこちらをご記入ください」
不動産屋巡りが、まずは書類書きからだということを初めて知った二人である。
「現住所……って、俺、長野なんですけど、実家の住所の方がいいですか?」
凪人が不動産屋に訊ねる。相手はベテラン風の、少し頭の禿げかかったおじさんだ。若い人が付くよりも逆に安心感がある。
「長野?」
遥が顔を上げた。
「大学、長野なんで。まぁ、もうほとんど行く必要ないんですけどね」
「でしたらご実家の方をお願いします」
書類作成が終わると、次に物件案内だ。
「えっと、お二人で……?」
にこやかにそう訊ねられ、遥が否定する。
「いえ、別々ですよ」
しかし、そんな遥のセリフに被せるように、凪人が言葉を続けた。
「いつかは一緒に住みたいと思ってますけどね」
遥を見つめ、凪人が笑う。
「ちょ、なにをっ」
不意打ちを食らった遥が驚いた顔をした。
「俺、本気ですよ?」
真剣な顔で遥に告げる凪人。
そんな凪人を見つめ、少し照れたように笑う遥。
「そんなに長く待つつもりないんで」
遥の手を握り、指を絡める。そのまま二人は見つめ合い……、
「別です」
遥の声で、現実に戻る。
(おおおっと危ねぇ。またおかしな妄想をっ)
慌てて頭を振る凪人である。
「では、条件はこんな感じですね。あとは立地、間取りと家賃ですが……、」
話は淡々と進む。
「ねぇ、いっそ二人で住んじゃえばいいんじゃない?」
担当が少し席を外した隙を突いて、急にそんなセリフをぶっ込んできたのは奈々である。
「はぁ? 急に何を言い出すんだ」
遥が眉を寄せた。
「だって、二人で住めば家賃も浮くし、広い物件借りられるじゃない?」
あっけらかん、と言ってのける。
「それはそうだが……、奈々はそれでいいのか?」
「え? 私はいいと思うけど」
「そうか」
遥が腕を組み、悩み始める。
(え? 二人で、って…え?)
心臓が高鳴る。
そんな夢のような展開、ありか!?
「確かに二人なら心強いのかもしれないな。そういう線もあるのか」
「え? 本気ですかっ?」
凪人が心臓を押さえながら遥を見る。
「凪人は反対か?」
(呼び捨て~~~!!)
未だに慣れない凪人。
「いや、それは……本人次第というか…その」
しどろもどろになる。
「二人暮らしも楽しそうだな」
急にその気になる遥に、凪人のテンションが上がりまくる。まさかこんな急展開、誰が予想していたと?
「私が転がり込めばいいのか? それとも新しい物件を探す方がいいのか……どっちがいいんだ、奈々?」
「え?」
「は?」
凪人と奈々が二人で首を捻った。
「ん? だから、奈々と私が一緒に住む話だろ?」
ガクッ
凪人が頭を垂れる。
そうか、そりゃそうか……、そういうオチか。
「ぶはっ、やだ! 遥ったら違うわよ! 私が二人暮らしって言ったのは、遥と凪人で、ってこと!」
「え?」
遥が凪人を見た。何故か項垂れていた。
「奈々、凪人が困ってるじゃないか。そんな冗談はよくないぞ?」
真面目に説教を始める遥に、奈々が呆れて天を仰ぐ。
「んもぅ。あ、私ちょっと、トイレ」
奈々がさっと席を外した。
残された二人はなんとなくおかしな空気を感じつつ、会話を始める。
「奈々の言うことは気にするなよ」
「え? ああ、はい」
本当はそっちの線で進めてもらっても構わないのだが…等と考えつつ。
「遥……さん、は……その、」
急に名前で呼ぶことに気恥ずかしさを感じながら、切り出す。
「ん?」
「誰かと一緒に住むのとかって、アリ…ですか?」
「そうだなぁ、気の合う相手ならいいんじゃないか?」
「彼氏……とか?」
ゴクリ、と喉を鳴らす。
「ゆくゆくはそれもいいな。私もいい年だし、いい相手がいればの話だが」
(ここに、います!)
心の中でだけ立候補をする。
「お待たせしました」
物件をかき集め、担当が戻る。同時に奈々も席に着いた。
「何件か候補としてお持ちしました。お二人とも、路線や間取りなど大体同じ感じでしたので……こちらとこちら、どうでしょう?」
見せられた物件。
「これって……、」
都内某所。駅から徒歩10分以内。間取りは1DKで、家賃も手頃。そして、
「201と202が空いております。お二人ともお知り合いのようですし、隣同士、というのはいかがかと」
(隣……、隣!?)
「となりどうしっ」
凪人がひらがなで叫んだ。
「あら~、これ、いいわねぇ。何かあっても助け合えるし、二人であのアニメの話も語り合えそうだし、決まりじゃない?」
奈々が嬉しそうにけしかける。
実はこの物件をチョイスしたのは奈々である。トイレに立つふりをして不動産屋に掛け合ったのだ。同じ建物で二件空いているところを探してほしい、と。
(グッジョブ!)
担当のオッサンに視線を送る奈々。
「隣同士か……、」
遥が考え込む。
「これっ、俺もいいと思いますよっ? ほら、女性の一人暮らしって何かと物騒だし、セキュリティの面とか、あと……風邪引いた時とか色々便利なことも、ね?」
しどろもどろである。
「……まぁ、物件自体は条件がいいようだし、検討するか」
(よっしゃ!!)
思わず小さくガッツポーズをしてしまう凪人。そんな凪人を見て笑いを嚙み殺す奈々。不動産屋は、ニコニコしながら頷いたのだった。
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