第19話 撮影再開
「で、私に協力しろってわけ?」
奈々がふんぞり返ってニヤついている。
「だって、友達なんだろ?」
ぶすくれた顔でそっぽを向く凪人。
今日は雑誌の撮影で、とある公園に来ていた。雨で中止になった分の振り替え日である。季節は春だが、既に秋物の撮影だ。まぁ、真夏に冬の撮影をするよりずっと楽だった。奈々は編集者の人間なので、顔を出している。最近ではこんな風に現場に出向くことは少ないようだが。
「そうね。遥は仲のいい友人よ?」
なぜか自慢気にそう言って仰け反る。
「だからさ、どういうところなら安全か、ってのをさ」
「はいはい、わかりましたー。ってか、そんなに心配なら凪人、一緒に住んじゃえば?」
茶化す。
「ばっ、はぁ? おま、なに言って、」
凪人の尋常じゃない反応に、奈々が爆笑する。
「やだもう、面白すぎるっ」
ヒーヒー言いながら笑い転げる奈々を恨めしそうに見つめる凪人。
「あ、そういや聞きたいことあるんだけど」
この流れで切り出すのは少し気が引けるが、情報が欲しい。
「へ? なに?」
指で涙を拭いながら奈々。
「昴流……って、知ってる?」
ずっと気になっていたのだ。同じオーディションを受ける、あの男。遥を馴れ馴れしくも『はーちゃん』と呼ぶ、遠い親戚だという男の存在。
「え? 昴流? 凪人、昴流君に会ったの?」
「知ってるのかっ?」
食い気味に、凪人。
「まぁ、そうね。知ってる。遥の従弟」
「従弟……? なんだ、従弟か」
ホッと胸を撫で下ろす凪人に、しかし奈々はチッチッチ、と指を振る。
「遥の義父、隆さんの甥っ子なのよ。遥んち、再婚なの。中学生くらいの時だったかな? だから従弟とはいえ昴流君とは一滴も血の繋がりないわよ? それに昔から昴流君は遥にゾッコン」
「はぁ?」
思わず声を荒げる。
「昴流君、可愛い顔してるじゃない? 学校帰りに、変なのに絡まれたことがあってさぁ。その時、遥が彼を助けたのよね」
(なんだその漫画みたいな展開はっ)
「それ以来、ずっと遥が好きみたい。凪人とは違って一途な子なのよ~」
いやらしい顔で凪人を見る。
「くっ、」
ぐうの音も出ない凪人である。
「凪君、出番~」
カメラマンの大原が呼びに来る。
「あ、はいっ」
凪人はパッと立ち上がりカメラの前に立った。
「じゃ、秋のちょっとセンチメンタルな感じでいこう」
「はい」
カメラの前に立てば、そこからはもうモデルの顔だ。クールで、この上なくイケている男に切り替わる。
撮影場所には人だかりが出来、誰もが皆、凪人に見惚れる。
「いいよ、凪君。ちょっと目線ずらして。そう、いいね、その表情」
カメラマンの大原大喜との息もぴったりだった。
そんな凪人を見ながら、奈々が呟く。
「ま、あんたに言われなくたってバンバン協力するんだけどさ」
チラ、と時計を見る。そろそろか。
「オッケ~! じゃ、凪君、今度は遠くに彼女がいる設定で、笑顔で手振ってみて」
大原の指示で、遠くに向けて手を振る。ファインダーを覗く大原の手が止まる。
「ん~、ちょっと足らないかなぁ」
そう言われ、凪人が違うパターンも試す。が、大原が思う表情には遠い。もっとこう、キラキラした表情が欲しいのだが……、
「ん?」
その瞬間を、大原が捉える。そして夢中でシャッターを切った。思わずズームアップしてしまう。服が映らないほどに。
凪人は大原に言われた通り、遠くに向かって手を振る動きをしていた。足りない、と言われ、少し違った表情を出してみる。が、正直これ以上どんな表情を作ればいいのかわからなかった。その時、
(え……?)
公園の入り口付近、ふわりと風に揺れるワンピース姿で立っている人物に視線が釘付けになる。
(なんで、ここに……?)
心拍数が上がる。
自然に頬が緩み、温かい何かが溢れ出す。
そこにいたのは、遥だ。辺りを見渡すと、凪人を見つけ、手を振ってきた。逆に凪人はフリーズしてしまう。心が持っていかれるような感覚。
「すごいな……その表情、」
ひとしきりシャッターを切り、大原が息を吐き出した。
「よし、ここはこれでオッケーだ」
大原からのOKが出たので、撮影はこれで終了となる。
「あ、遥。こっちこっち~!」
奈々が手を振り、遥を呼ぶ。遥が人だかりをすり抜けて奈々のところまで小走りに入ってきた。
「すぐわかった?」
「ああ、人だかりが出来ていたからな。凪人君、さすがだな」
奈々の元へ戻った凪人に向かって、からかうようにそう言ってくる遥に、しかし凪人は何も答えられなかった。学校にいた時とは明らかに違う雰囲気の遥に、ヤラれてしまっているのである。
「凪人、なに固まってんの?」
ニヤつきながら言われ、ハッと我に返る。
「あ、えと、なんでここに……?」
「この後、行くのよ。遥の新居探し」
パチ、と片目を瞑り、ピースサイン。凪人が言うまでもなく、もう奈々は遥の一人暮らしの話を知っていたということだ。
「お……、俺も行きたい!」
思わずそう言ってしまう。
「は? なんで凪人君が?」
遥が聞き返すと、揚げ足を取るように奈々が突っ込みを入れる。
「ねぇ遥、その凪人君、ってのやめない?」
「ん?」
「呼び捨てでいいわよ。君、なんて柄じゃないもん」
(お前が言うな!)
と、喉まで出掛かるが、我慢する。
「あの、呼び捨てでいいですよ」
何とはなしに口にする。
「そうか? じゃ……凪人?」
ボフンッ
凪人の心臓が小さく爆発した。(ような気がした)ただ、名前を呼ばれただけなのだ。そんなの、今までだって当たり前のように周りから呼ばれていたのに。それなのに、この破壊力は一体……?
(呼び捨て……呼び捨てすごい……、)
膝から崩れ落ちそうになるのを我慢して、凪人はグッと拳を握る。
「俺、着替えて来るんでっ」
ライトバンを指し、凪人。
「じゃ、あそこのカフェで待っててあげる」
公園脇、テラス席がある小さなカフェを指し、奈々。凪人は頷くと急ぎ足でバンへと走って行った。
「さ、行きましょ」
遥を促し、カフェへと向かう。
「奈々、本当に彼も来るのか?」
遥が訊ねる。奈々は首を傾げ、
「あら、嫌だった?」
と聞き返した。
「そうじゃないが……凪人が不動産巡りに付き合う必要ないだろう?」
ごもっともである。
だから、奈々は答えたのだ。
「ああ、凪人もね、独り暮らしする予定なのよ。彼もほら、来年から社会人だし? そろそろ家を出なきゃいけないらしくて」
でまかせである。
「なるほど、そうだったか」
遥がポンと手を叩いた。
奈々は慌てて凪人にメッセージを打ち込む。
『凪人、独り暮らし決定!』
それを見た凪人は、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶのである。
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