第16話 焼肉定食
「そういえば、公式、見ました?」
凪人が切り出す。このセリフを言うのにそこそこの緊張があった。もしかしたら遥はまだ知らないかもしれない。
「ん? 公式?」
「はい、カレントチャプターの」
「ああ、もしかして映画化の話か? 早耳だな、大和先生」
ふふ、と笑って、遥。
(可愛い……やっぱ可愛い)
デレる凪人。
カレントチャプターの映画化。
しかもアニメではなく実写だ。
「推しが映像化されるって、谷口先生的にはどうなんです?」
映像化をよく思わないファンだっているだろう。イメージが壊れる、とか、配役が悪い、とか、好きだからこそ譲れない、というやつだ。もし遥がそうだったら…、
「そうだなぁ、私は純粋に嬉しいかな。作品がそれだけ世間から注目されているということだしな」
「そうですか、よかった!」
ホッと胸を撫で下ろす。
「主演の
桐生大伍。確か四十代だったと思うが、見た目も若々しく、二枚目も三枚目もこなす中堅演技派俳優。パッと見が二枚目すぎる感もあるのだが、それをどう崩してくるか、そんなことも楽しみな遥だった。
「公式まで見てるとは、随分
(ええ、あなたにね)
いつもならサラッとそんなセリフが言えただろうに。
「はい、漫画もDVDも、すごく面白かったし…それに、」
「ん?」
「実は俺、」
意を決して言いかけたその時、
「はい、お待たせ~」
二人の会話を邪魔するかのように昴流が今日のランチを持って割り込む。
(チッ)
心の中で舌打ちをする凪人。
「なになに? カレントチャプターの話?」
「そうだよ」
「はーちゃん、楽しみにしててよ、マジで」
ニカッと笑いながら、昴流。
「今からそんなに期待させるな、昴流」
(ん? なんだその、秘密の会話みたいなのはっ?)
「何の話です?」
さりげなく、聞く。が、
「あんたには関係ない」
昴流がムッとした顔で言い放つ。
「昴流。どうしてそんな言い方しか出来ないんだお前は」
呆れた顔で遥。
「だぁってぇ」
拗ねたように唇を尖らせる昴流は、なんというかとても愛らしいタイプのイケメン男子である。
「そういえば大和先生も芸能界の人になるんだよな? 実は昴流もなんだ」
遥がそう、説明した。
「は? こいつもそうなの? まぁ、確かにちょっとそれっぽい感じはあるけどぉ」
昴流が嫌そうな顔で凪人を見た。
「ま、そんなことはどうでもいいじゃん。ね、はーちゃん、俺、絶対はーちゃんを撮影現場に連れて行ってあげるからね!」
「まだ決まってもいないのに大きなことを言うなよ、昴流」
(……ん?)
「撮影現場って…カレントチャプターの?」
凪人が訊ねると、昴流が自信満々に仰け反って見せた。
「おうよ。俺様はオーディションに出るんだ。そこで必ず役を勝ち取って、はーちゃんをカレントチャプターの世界に連れて行ってあげる約束なのさ!」
「ほほぅ……、」
凪人がにんまり、笑う。立ち上がると、懐からさっき事務所でもらったオーディションの明細が書かれた紙を取り出し、広げた。
「奇遇だなぁ、俺もそのオーディションに出るんだよ。言っておくが、お前になど負ける気がしない!」
「ええ? そうなのか、大和先生!」
遥もつられて立ち上がる。
「本当ですよ。待っててください。俺が、谷口先生を撮影現場に連れて行きますから!」
「はぁぁ?」
「なんだよ」
「あぁん?」
一触即発の事態である。が、遥はちっとも聞いていなかった。
「……確率が上がった」
撮影現場に興味津々なのである。
「目の前でサカキが……ラ・ドーンやレイナ、カルロが見られるというのかっ? ああ、楽園の風景だ……」
拳を握り、悦に入る。
「お前、事務所何処だよ?」
昴流が訊ねる。
「ケ・セランだけど?」
「はっ! なんだ、心配して損した!」
馬鹿にしたような笑顔。
「モデル事務所じゃん」
「今は俳優部門もあるが?」
「でも、浅いだろ?」
そう。オーディションに事務所の力が左右されることは往々にある話だ。沢山の役者が所属している大手は、業界に顔が利くことも多いから、有利なのだ。何のコネもツテもない凪人にとっては、オーディションを受けられるだけでも奇跡に近い。
「そういうお前は?」
昴流に訊ねる。
「俺はギグナスだ」
……大手だ。しかも、ここ最近若手の育成に力を入れていることでも知られている。なるほど、自信満々なのも頷ける。
「絶対取ってやるからな!」
昴流が想いを馳せる。第二期を題材にした映画、カレントチャプター。一期から十年が経った設定で、主人公サカキの養子となったヴィグ役がメインの話。相手役のクララと、ダブル主演なのだ。狙うは、ヴィグ!
「いいや、俺が取る!!」
凪人が想いを馳せる。現サカキ役はさすがに無理だが、回想シーンに出てくる若かりし頃のサカキ役……。遥の想い人であるサカキを演じることが出来れば。狙うは、サカキ!
と、まぁ、若干ずれている二人なのである。
「サカキに……会えるかもしれないんだな」
遥がうっとりと目を細めた。別に撮影現場になど行かずとも、映画館の中で会えれば充分だと思っていたのだ。が、これは、またとないチャンスになるかもしれなかった。
そんな遥を前にメラメラと闘争心を燃やす二人なのであった。
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