第15話 脇役参上
翌朝。
奈々からメッセージが届く。
『実習終わるまでにきちんと遥と繋がりを作っておくこと! そのためには必然を偶然に変えることも必要!』
意味の分からない文章だ。
しかし、すぐに続きが送られてきた。
『本日の遥の予定』
「おおっ?」
昨日二人で出掛けた時にでも聞き出したのか、そこには今日、遥が何をする予定でいるかが書かれていたのである。
それによると、午後から出る先は遥行きつけの喫茶店らしい。奈々の情報が正しければ、予定のない週末はその喫茶店でのんびり読書などするのだそう。これは…、
「必然を……偶然に」
奈々が言っている意味がわかった。なるほど、偶然を装って会いに行けばいい!
「ナイス、アシスト!」
ガッツポーズを作ると、早速支度を始める。これほどまでに気分が高揚するのはいつぶりだろう? 高揚しているのに、同じくらい緊張もしている、おかしな状態だ。
準備をし、まずは事務所へと向かう。昨日の電話の話を詳しく聞くためである。
*****
凪人が所属する芸能事務所『ケ・セラン』は、モデル事務所としてスタートしたこじんまりした事務所だった。今でこそ俳優部門もあるものの、始めた当初はモデルの仕事だけを専門的にやっていたらしい。
そんなこともあり、モデル業界の中ではそこそこの知名度である。
「おはようございます」
事務所の入り口をくぐると、受付に座っていた女性が立ち上がる。
「おはようございます、大和さん。今日も素敵ですね」
心持ち顔を赤らめ、軽く頭を下げる。芸能事務所の受付なのだから、いわゆる「いい男」など沢山見ていると思うのだが、どうやら彼女は凪人に気があるようだ。つい最近までは、それを知りつつ、いいように彼女にちょっかいを出していた凪人だったが、今はまったく興味がなかった。
「橋本さんて、来てる?」
「あ、はい。上に、」
「そ。ありがと」
いつもなら手を握ったり髪を触ったり、なにかと手を出してくる凪人が何もしてこないことに疑問を抱きつつ、その背中を見送った。
凪人は事務室のドアを叩き、中に入った。
休日の朝、事務所にいるのは橋本くらいのものである。社長は週末、仕事をしないし、事務員もほとんどが休みか、所属タレントに付いて現場に行っているかのどちらかだ。
「橋本さん」
凪人が声を掛けると、パソコン画面から顔を上げて橋本伸也が手を上げた。
「大和君、来たのか」
「はい、昨日の話、ちゃんと聞いておこうと思って」
芸能界ではマメさが大事だ。
細かく事情を把握しておくこと。これは戦略を練る上でとても重要なのである。
「おお、そうだったな。これ、詳細」
凪人はその紙を受け取り、目を通す。
「え!? これって…」
そこに明記されていた内容を見て、思わず目を見張る。
「これって公式発表されてます?」
「あー……、確か昨日の夜、SNSで、って言ってたと思うけど?」
「……橋本さん、俺、これ絶対取りたいですっ!」
いつになくギラつく凪人に、橋本が驚いた顔をする。
「珍しいね、大和君がそんな風に言うのって」
「そうですか?」
「そうさ。何かに固執したことなんか今までなかったろ? 何か心境の変化でもあった?」
鋭い指摘だ。凪人は少し間を置き、
「大学も卒業の年なんで、足場固めたくなってるのかも」
と、いかにもなことを言っておく。
「なるほどね。確かに不安だよな」
何の疑いもなく、橋本が頷いた。
「じゃ、とりあえず頑張ってみようか。日程的には問題ないよね?」
「はい、この日程なら教育実習も終わってるし、問題ないですよ」
「オッケー」
凪人はそれから少しだけ雑談をし、事務所を出た。時計の針は正午を一時間ほど回ったところ。携帯を確認すると、遥が行くはずの喫茶店へと足を向ける。
*****
見えてきた店は一本路地を入ったところにあり、隠れ家的な装い。落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
「ランチやってるのか」
店の前には看板が出ており、今日のランチが数種類、イラスト付きで描かれている。
ふと、窓から中の様子を覗き込む。
「あっ、」
見知った横顔を見つけ、胸が高鳴る。知らず、頬が緩むのを感じる。
ピッと背筋を伸ばし、凪人は店内に入って行った。
「いらっしゃいませ~」
中から出てきたのは少し小柄な、しかし均等のとれた顔立ちの、ゆるふわ系男子。
「お一人様ですか?」
「えっと、」
チラ、と店内を見渡す。
いた!
「あ、あの席で」
遥が座っている席を指す。と、何故か途端に顔を歪める店員。
「……あなた、誰です?」
「え?」
「なんではーちゃんの席に行こうとしているんだっ」
(……はーちゃん?)
「あの、」
「お前、はーちゃんの何なんだ!?」
声が、でかい。
騒ぎを聞き、中の客が数人、揉める二人を気にし始める。しかも二人ともタイプの違うイケメンなのだ。目立つことこの上ない。
「こら、お客様相手に何をしてるんだ」
奥から出てきたのは、その風体からして、店のマスターだろうか? 黒の開襟シャツにハンチング。腰にはアースカラーのエプロンを付けている。年のころは四十代といった感じか。落ち着いた、いわゆる『イケオジ』タイプだ。
「マスター! だってこいつが、」
「こいつ、ってお前……、」
凪人がムッとすると、マスターが頭を下げる。
「こら、
「あ、いや、」
入り口付近ですったもんだしていると、
「何をしている?」
声を掛けてきたのは、遥。騒ぎが耳に入り、凪人の姿を見つけて寄ってきたのだろう。
「あ、谷……、」
「はーちゃん、知り合い!?」
昴流、と呼ばれていた男が遥の隣に並ぶ。
(はーちゃんって、谷口先生?)
「昴流、彼は大和君、今、私のいる学校に教育実習生として来ている大学生だ」
「初めまして。大和凪人です」
行きがかり上、自己紹介をする。
「ああ、そうなんだ。俺は
「……は? こんっ、え? はぁ?」
パニくる凪人。
「おかしなことを言うな、昴流」
隣で遥が呆れたように突っ込む。
「だってぇ」
可愛らしく拗ねる昴流を、凪人は無意識に睨み付けていた。
「昴流は私の親戚なんだ。……で、大和先生はどうしてここに?」
遥にそう言われ、我に返る。
「あ、えっと、たまたまです。お昼でも食べようかとウロウロしてて…、」
少し嘘臭いだろうか?
「そうか。ここのランチはなかなかいいぞ。私も今からなんだ。一緒にどうだ?」
パァァ、っと凪人の顔が緩む。
「はい!」
そうして、楽しいランチタイムが始まる……はずだった。
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