第6話 情報収集

「谷口先生~!」

 ガラガラと扉を掛けながら入ってきたのは女生徒二人組。


「なんだ、怪我か? 体調不良か?」

「ちがーう。話聞いてよ~」


(またか……、)


 とかく、JKという生き物は恋バナが好きである。そして何故か保健室に来てはどうやったら彼を落とせるのか、とアドバイスを求められる。


「で、相手はどこのどいつだ」

 さほど興味はないのだが、仕方なく付き合う。心のケアだと考えれば、これも養護教諭の仕事……かもしれない。

ゆいちゃんは、サッカー部の相田しょうくん。ねー?」

「やだ、リコ、言わないでよっ」

 唯、と呼ばれた子がリコを叩く。


(相田……、ああ、あいつか)


「相田はフリーだったはずだ。しかも仲のいい友人が彼女持ちだから、恋愛に興味はありありだろうな。押せば落とせるんじゃないか?」

「うわ! さすが谷口先生! やっぱり情報通だなぁ」

 リコが肘で遥をつついた。


「たまたまだ」

「そんなことないよぉ、先生に相談して付き合い始めた子、結構いるじゃーん」

「そうですよ。保健室はパワースポットだ、って一部の子は言ってるし」

 唯が付け足す。

「変な噂広げるなよ?」

 心配になる。

 休み時間の度に恋バナ聞かされるのなんか、ごめんだった。


「ね、先生、大和先生はどうかなぁ?」

 リコが少し抑えたトーンで聞いた。

「は? あいつは駄目だ。やめなさい」

「えー? 即答~?」

 リコが残念そうに頭を抱える。

「モテそうだもんね、大和先生」

 唯がすかさずフォローする。

「顔はいいらしいが、初恋もまだのガキになんか、間違っても思いを寄せるなよ?」

 言いたい放題である。

「え? 初恋もまだって……、」

「そうなのっ?」

 二人が同時に叫ぶ。


「ああ、私の見立てでは、そうだ。実際は知らんが。とにかくお勧めは出来ん」

「とか何とか言って、実は先生、狙ってるんじゃない?」

 リコが意地悪っぽくそんなことを言い出す。唯が目を見開き、ニヤニヤする。

「あのなぁ、私にはもう決まった人がいるんだ。変な噂立てるのはやめてくれよ?」

「え!? 先生、彼氏いるんだ!」

「どんな人なんですかー?」

 興味津々な二人。

「はいはい、私の話はお終いだ。ほら、もう授業が始まるから行きなさい!」

 シッシッ、と二人を追い出す。

「えー」

「残念~」


 二人を保健室から追い出すと、扉の前で腕を組み天を仰ぐ。亜理紗に口約束とはいえ凪人のことをお願いされた手前、どうやって情報を引き出せばいいか、考えを巡らせていたのだ。

「さて、どうするか……、」

 本人に聞くのが一番手っ取り早いか、という結論に達するまで十秒。なんてことはない。遥は直球勝負なのである。


 と、保健室の前を通りかかった人物を見て、閃く。

「その手があった!」


 遥は会釈をし、通り過ぎようとしたその人物の腕を掴み、そのまま保健室に連れ込んだ。

「ちょ、え? な、なんですかっ?」

 遥が連れ込んだのは、凪人の弟。タケルである。


「いいところに来たぞ、大和君」

 獲物を狙う目でタケルを見る遥。

「あの、僕、職員室に用が……」

「なぁに、手間は取らせん。とっとと吐けばすぐに解放してやる」

 悪の帝王のような口調で生徒に迫る、遥である。

「どうしたんです?」

 爽やかなイケメンはいつだって真摯に向き合ってくれる。同じ兄弟でも中身は大分違うな、と遥は思った。


「単刀直入に聞く。お前の兄は、今、特定の彼女がいるのか?」

 タケルはきっかり五秒考え、

「ファッション雑誌の会社の人と、多分付き合ってますけど……特定の彼女かって言われるとなんとも」

「なるほど、そうか」

 遥はタケルの腕を放すと、

「急に呼び止めて悪かったな、行っていいぞ」

 と、扉を開ける。


「あー……、もしかして、兄に気がある…とか?」

 タケルが半笑いで、探るような視線を向け遥を見る。遥は口の端を少しだけ上げ、

「そんなわけないだろう」

 と、秒で否定した。


「あ、そうです……よね」

 タケルは一礼すると、急いで職員室へと向かった。



 途中、今度は凪人とすれ違う。

「よぉ!」

 軽く手を上げるチャラい兄を見て、改めて思う。


「……ないよな、そりゃ」

 口に出していた。


「は? なんだよ、人の顔見ていきなりその言い草はっ」

 凪人が顔を曇らせた。

「ああ、さっき谷口先生がさ、…いや、なんでもない」

 余計なことを口にしてしまう。凪人の眉がぴくっと動いた。

「谷口先生が、何?」

 グッとタケルの腕を引き寄せ、顔を近付ける。声を潜めて、凪人が訊ねた。

 タケルはこれ以上絡まれるのが面倒だったので、さっさと口を割ることにする。

「さっき、兄貴に彼女はいるのか、って聞いてきたから」

 タケルの言葉を聞き、凪人の鼓動が跳ね上がる。

「え? 谷口先生が……俺のこと…?」

 完全に、勘違いをしている。


「そっかー、へぇ、谷口先生がねぇ」

 わかりやすくニヤつきながら、フラフラと歩きだす兄の背に向かって、タケルはきちんと、

「ないって言ってたけどね!」

 と伝えた。が、

「ふぅん、谷口先生がねぇ」

 凪人の耳には入っていないようだった。


「なんだかおかしなことになってるなぁ、兄貴…、」

 タケルは軽い足取りで歩く兄の姿を見て、そう呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る