第7話 集団下校
六限が終われば、生徒たちは皆、帰り支度をする。部活に向かう子や、委員会活動がある子を除けば、皆、帰宅するのだ。
教員もしかり。
部活の顧問などの特別なことがなければ、とっとと学校を出る。
遥は急いで帰り支度をしていた。
そう。
今日は、急がねばならない用事があったのだ。
荷物をカバンに詰め込み、白衣を脱ぐと、早々に保健室を閉める。鍵を持って職員室へ。各教室の鍵は、教頭のデスクの後ろにあるキーボックスに戻すのだ。
「あ、谷口先生」
声を掛けられ振り返ると、体育教諭の
「あ、お疲れ様です」
柊は教諭仲間では遥の二年先輩で、体育教諭だけあって見た目もそれっぽい。いわゆるマッチョ系男子であり、遥とはある意味特別な関係でもあった。
そんな二人を遠くから見つめる視線。
凪人だ。
(え? なにあいつ。確か……体育教師だったっけ? ゴリゴリじゃん。わっかりやす! は? 谷口先生となに話してるわけ?)
気になって仕方がない。
(谷口先生、なんか楽しそうだし。なんだよ。何の話…ちょ、近付き過ぎじゃね?)
悶々とし始める。
(は? なに頷いてんだ? え? 二人で一緒に出ていくのかよ。は? まさかとは思うが、谷口先生の彼氏って、)
「大和先生!」
急に大きな声で呼ばれ、思わず体をびくつかせる凪人。
「あっ、はい?」
「はい、じゃありませんよ。私の話、聞いてましたか?」
目を吊り上げて怒っているのは教育指導の
「大和君ね、それじゃなくても目立つんだから、廊下であんな行動を取るのは、」
(ああそうだ。怒られてるんだな、俺)
女生徒に写真をせがまれ、一緒に写真を撮っていたところを見つかって注意を受けていたのだ。だが、そんなの生徒側に注意してくれよ、というのが正直なところだ。
「すみません、以後気を付けます。今日はどうしても外せない用事があるので、すみませんがこれで!」
言うが早いか、荷物を手に昇降口へ向かう。あの二人が気になって、説教など聞いている場合ではない。
(まだそんなに遠くには行っていないはず!)
凪人は背後から聞こえてくる声などお構いなしに、校門へと急いだ。
途中、何人もの生徒に声を掛けられるが、構っている暇などなかった。愛想を振りまくことすら忘れ、門を飛び出す。右を見る。左を見る。いた!
二人が肩を並べ話しながら歩いている姿が目に映る。
(くそっ)
凪人は早歩きで二人の後を追いかけた。
「じゃ、明日は彼に会いに?」
柊充の声が聞こえた。
「そうですよ。迎えに行かねば」
「また貢いじゃうんだ」
「彼にならいくらでも出しますよ!」
少し後ろを歩きながら二人の会話を盗み聞きする凪人の耳に入ってきたのはそんな会話。
(は? 貢ぐ? は? ……は??)
なにやら良からぬ内容に、思わず耳を疑う。彼氏ではないのか?
(まさか……ホスト……?)
面食いでぞっこん=ホスト。
ありそうな話である。
「あ、凪先生だ~!」
後ろから声を掛けられる。
その声が聞こえてしまったようで、前を歩いていた二人が振り返る。
「凪先生、今帰り~?」
話しかけてきたのは受け持っているクラスの生徒だった。
「ああ、そうだよ。課題、忘れずにやるんだぞ」
「はぁーい。じゃね~!」
元気よく手を振って路地の方へ折れた。凪人は振り向き、こちらを見ている二人に、さも今気付きましたな体で声を掛ける。
「ああ、谷口先生たちも今お帰りでしたか」
ヘラっと笑って誤魔化す。後ろをついて歩いてたことは、バレていないはずだ。
「ああ、あなたが噂の大和君ですね。なるほど、近くで見るとより一層イケメンだな」
体育教師……柊がそう言って爽やかに笑った。凪人とはまた違うタイプのマッチョ系イケメンである。
「いえいえ、そんなことは、」
内心イラつきながらも大袈裟に否定する。
「なんだ、自信満々のモテ男なんだろう?」
遥がからかうように被せる。
「やめてくださいよ」
凪人が苦笑いで言った。
自信満々のモテ男。実習が始まるまで…正確には、遥と知り合う前までは自分でもそう思っていたのだ。なのに、今は何かが違う。
「大和先生、自宅はあっちじゃなかったか?」
遥が反対方向を指し、言った。
そう。二人が歩いていた方向は、凪人の自宅からは逆方向になる。が、追いかけてきてしまった手前、上手く誤魔化さなければならない。
「ちょっと用があって、こっちなんです」
「そうか。では途中まで一緒に帰るとするか」
行きがかり上、三人で歩くことになった。本当はさっきの会話の真相を聞きたいところだが、話題はもう別のことになっているし、なんといって聞き出せばいいかもわからない。凪人は二人の会話に適当に相槌を打ち、行く宛てもない方向へと歩き続けるしかなかったのである。
「そう言えば大和君は、タケル君のお兄さんなんだよね?」
充に言われ、頷く。
「はい。どうですか、タケル。ちゃんとやってます?」
「ああ、彼はとても真面目でいい子だよ。部活も勉強もとてもよく出来るしね」
「勉強も?」
凪人が聞き返す。自分の知る限り、タケルが勉強しているところなど見たことがなかったし、頭がいいイメージもない。まぁ、家を出て三年以上別々に住んでいるから、よく知らないが。
「学年でも十位以内だぞ、確か」
遥が付け足す。
「は? あいつが……ですか?」
いつの間にそんなことになっているんだ。
「恋の力は偉大だな」
遥が楽しそうに、言った。
「どういうことです?」
「彼女にいいとこ見せたくて勉強してるらしいぞ。それで本当に成績上げてくるんだから、立派なもんさ」
「……へぇ」
(なんだそれ。あいつ、バカなのか?)
心の中で突っ込む。そもそも何もしなくたってモテるのに、どうしてそこまで恋愛にのめり込むのか。
年の差があるせいか、幼い頃の弟のイメージしかないのだ。
「お前にはそういう経験はなさそうだな」
遥の突っ込みに、
「そうですね。努力とか、あまり必要なかったんで」
ツン、とそっぽを向いて答えた。
「器用貧乏タイプだよな」
「はぁぁ?」
思わず突っかかってしまう凪人を、充が宥めた。
「まぁまぁ、大和君、気にしないでください。遥先生は頑張ってる系男子が好きなだけですよ。ね?」
「ふふふ、それだ」
ピッと充を指す遥を見て、またモヤっとしてしまう凪人なのである。
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