幸せは遠くて近くにある

 あの事件の後、私の治癒の力でアデル様も騎士団、傭兵団の人たちも回復し、今は日常に戻っている。

 

 アデル様は私のことをセレナと呼んだが、意識が朦朧としていたようで、覚えてはいなかった。私の髪の色も元通りだった。あれはなんだったのかしら?


 ……記憶に無い。それで良かったのかもしれない。私は気づかれてないようなので、やはり前世がセレナということを明かさないことにした。


「まさかニーナに助けられるとは思わなかった」


 そうアデル様が言う。春祭りへ行くために私の手を取り、馬車へ乗せてくれる。


「アデル様、どうか私がアデル様と一緒にいることを忘れないでください。私は何度でもあなたの元に駆けていきますから」


 馬車の中は二人きりだ。アデル様はジッと紫の目で私を見た。


「ニーナ、オレは今回のようにいつ死んでもおかしくない。だからこの先も妻は娶らない。魔物を狩ることで自分は誰かを守ることで許されていると思いたい。未来で幸せになる資格はない。だから契約はこのままだ。約束の期間が終わればニーナを自由にする」


 私はアデル様の手と自分の手を重ねた。


「私……アデル様の罪も苦悩も丸ごと一緒に背負います。簡単なことではないと……思います。魔物はすごく怖かった。でも私………」


 後悔はしたくない。何もしないで、ただ嘆くだけの私にはなりたくない。セレナの時のような無力感と絶望を味わいたくはない。


「私が……アデル様の傍にいるかいないかの選択は自由でしょう?それを止めるものがあるでしょうか?」


「え?」


 アデル様が眉を潜めた。私は微笑む。まだ言葉で埋めていくには足りない。


「あなたに出会えて良かった」


 ガルディン様へ心で語りかける。その瞬間、アデル様の顔が泣きたいような笑いたいような顔になった。


「今日は春祭りです。しばらく何もかも忘れても良いんじゃないでしょうか?」


 馬車が止まる。


「ニーナはよく似ている……オレが思ってる人なのかも知れない。だけどその名はオレは呼ばない」


 アデル様はそう言った。私はその言葉に驚いた。もしかしてアデル様は薄っすらと気づいているのかもしれない。


 でも今はそれでいいと思った。だからそれ以上何も私は言わなかった。ただ優しく微笑み返した。


 彼が凍らせている心の綻びは少しずつできてきていて、私はそれを嬉しく思ってる。本当はあなたは叫んでる。一人では抱えきれないこの苦しみから助けてほしいって。


 前世の私のために狂ってしまった彼のしてしまったことを私は共に背負いたい。私だけ逃げたくない。


 私は自分で選ぶわ。彼のそばにずっといることを。光が見えなくなった彼のそばに。一筋の光となれたらいい。


 春祭りへ行きましょう!と私が明るく言うと、少しアデル様が少し笑った。二人で並んで歩く。今日はこの北の地の寒い冬を乗り越えた人々と共に春の訪れを喜び合いたい。明るい祭りの音楽が聞こえてくる。


 緑色の暖かな風が春祭りの楽器の音色と共に、吹き抜けていった。

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転生して二度目の結婚生活!孤児院育ちの奥様は身分違いの旦那様の凍った心を溶かしたい! カエデネコ @nekokaede

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