流す血と涙

 嫌な予感は的中するものだった。夜明け近くになり、魔物達を撃退した人達が帰ってきた。どの人も疲れ切った顔をしている。


「皆さん、お怪我は!?アデル様は!?」


 ジノの姿を見つけ、私は走っていく。アデル様の姿が見えない。


「ニーナ様………今回の襲撃は数が今までとは比べ物にならず……」


 明らかにジノの顔色が悪い。次の言葉を聞かなくてもわかる気がした。


「アデル様も怪我を負いました」


「アデル様はどこ!?どこにいるの!?」


「落ち着いてください。今、他の負傷者と共に騎士団の居住区の方で手当てを受けてますから大丈夫ですよ」


 私がバッと駆け出そうとすると、ジノに手を掴まれた。


「奥様!行かないほうが良いです!今回は傷を負った者も多く、見ないほうがよろしいです!」


「行くわ!どんなものを目にしようとも、私は何も見ず、知らずにいるのは嫌なのよ!そんな無力で世間知らずな自分なんて……もうこりごりなのよ!」


 手を振り払って、私は走る。奥様!と後ろからの制止の声がする。


 私の姿を見て、騎士団や傭兵団の人達が驚く。しかし、アデル様のいる部屋を教えてくれる。


「今、治癒魔法の使える者と医師たちが手当をしてます」


 負傷者のいる部屋は血の匂いがした。ところどころに血が床に落ちている。


「アデル様は!?」


「奥様、こんなところまでいらして……」


 医師らしき一人がそう言う。カーテンの向こう側を指差す。


「今、傷は塞ぎましたが、容態はあまりよろしくはありません。体力との勝負というところでしょうか。魔力も枯渇しているので目は覚まされないと思われます」


 そう震える声で話した。私はカーテンの向こう側へ行く。ベッドに寝かされているアデル様の服、顔や手には血がついていて、目を閉じて、いつも以上に白い顔をしている。ピクリとも動かない。


「アデル様!?そんな……」


 私はこんなことが起きるであろうということを覚悟をしていなかったことに今さら気づく。危険な場所だとわかっていたけど、アデル様や皆が傷つくことがどういうことなのか現実に見るまでは、大丈夫と思っていたのかもしれない。


「アデルバード様は皆を守ろうとし、単身で魔物へ突っ込んで行きまして……それも何度も………お守りできず申し訳ありません」


 誰かがそう言う。


 私、こうやって眺めてるだけなの?そっとアデル様の頬に触れる。冷たい。体温が感じられない。アデル様の冷たい血のついた手を握る。


 周囲にはまだ怪我をした人達がいるようだった。痛みに叫んだり、はやく治療を!と言う慌ただしい声がする。


 私にできることはないの?泣きそうになるが、泣いている場合じゃないわよと気持ちを奮い立たせる。セレナはやっとあなたに会えたのに……ニーナの私だってアデル様のこと好きなのに、こんな形で失うなんて嫌よ。


 あなたとの二度目の結婚もこんなふうに終わるなんて絶対に嫌!


「セレナ、どうかその想いと共に私に力を貸して欲しいの……私も一緒に頑張るから……」


 私はそんなことを呟いていた。なんだってやってみなきゃわからない。私にもできる。できるはずよ。


 強い人に生まれ変わり、体や力だけじゃなくて、心も私はきっと強い。絶対大丈夫。そう言い聞かせる。アデル様の手を握ったまま、強く願う。


 もう一度、目を開けてほしい。もう一度、ちゃんと夫婦として結婚生活をしたいの。


 時を越えて再び会えた空の下で過去から逃げず耳を塞がず、人のために命を賭けて戦う彼が笑顔になれる日……その日まで一緒にいたい。


 なによりも……一緒に過去を乗り越えたいの。まだ私の眼の前からいなくならないで!


 私は歌を口ずさむ。ガルディン様が大好きだった曲を。自分の内にあるすべての魔力が無くなってもいい。どうかここにいるアデル様もアデル様が守ろうとした大事にしている人達も助かってほしい。


 歌は癒やしの力となり、キラキラとした金の粒の光が辺りを照らし出す。


 私は自分の髪が茶色からブロンドに青味がかった色に変化していることに気づいた。心のどこかでセレナの髪の色だと冷静にそう思った。


「なっ!?なんだこれ!?傷が治っていく」


「こんな広範囲の治癒の術を使うなんて、どうやって!?」


「痛みがひいていくぞ!」


 周囲の人達がそう叫んだり喜んだりしているなか、アデル様の手を握った私の手をギュッと力をこめて握り返してきた。目が薄っすらと開いた。


 私は驚き、歌を止めようとしたが、目覚めたアデル様は力のない、かすれた声で言った。


「セレナ……歌って欲しい……その声を聴きたかった」


 そう言った彼の言葉通り、私の声は響きを増して満ちてゆく。頬に涙が伝っていく。


「ずっとずっと夢に見続けるくらい会いたかった。歌ってくれてありがとう」

  

 そうお礼を言うアデル様は限界だったようで、スゥと眠った。規則正しい寝息を立てている。もう大丈夫だと思う。


 私はホッとしたと同時にアデル様の体に倒れ込み、魔力の使いすぎで気を失った。遠くで奥様!と慌てる声がした。

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