第3話

 校門でいつも通り待っていると、間もなくけたたましい自転車のベルがやってきた。

「よぉ、今行くから」

 待っていると間もなくやってきた。あまりコチラを見る者はいない。

「おはよう」

「おはよう」

 チュッ

 やはりブルッと身体全体が震える。頬への生暖かい感触はどうしても慣れない。どうしても、どうしても……。

「行くか」

 ギュ

 今日は引きずられず、横に並んで歩く。それでも、陸上部キャプテンのキングのスピードは速かった。

「今日はな、『君のココロにダイナマイト』の発売日なんだよな。一緒にまた店行くか?」

「……へ? 『君のココロにダイナマイト』って何……?」

「知らねぇか? 柳野真寛やなぎのまひろの新作だ。週刊ナイトザノベルの超話題作がついに書籍化されるんだ」

「……柳野真寛……? あぁ、小説?」

「そうだ。心っていう主人公と継道っていうヒーローのすごい特殊な恋の話だ。早く読みてぇ!」

 ――え?

 この人、小説なんて読むの? マジで?

「ま、いいや。ひとまず、まあまた後でな」

「はぁ」

 頭をゴソゴソと撫でられ、私は呆けた感じで教室へ向かった。




 ピーンポーンパーンポーン

 チャイムが鳴った。

「気をつけ、礼、ありがとうございました」

「ありがとーございましたー」

 間抜けな声。

 すぐに、ストーブを求めて男子たちが動き出す。

「はぁ……」

 十分間の休み時間が一番ヒマだ。真矢が話してくれない限り、私は抜け殻になる。“意思”だけは別のところでプカプカ浮いて何かを考えているのだ。

「おい! ハルヒはいるか!」

 ――マズい!

 抜け殻に付いたセンサーの反応は早かった。すぐに“意思”が帰って来て、私の体は走り出す。

「何やってるんすか! ここ一年の階ですよ?」

「何で三年が来てるの?」

「待って、この人不良とかじゃねぇの?」

「うっせぇ! 早くハルヒを出せっ!!」

 ――あぁ、この声は……どうしよっかな。

「ん? お、ハルヒ。おい、さっさ来い。早くしろ!」

 ざわめく人の塊の中でも彼のセンサーは優秀らしく、ささっと私を見つけ出す。

「え? ちょっと、誰か知らんけど、この子ハルヒちゃうで……」

 ――ダメ!

 この特徴的な関西弁は彼女しかしない!

「あぁ? ハルヒじゃねぇ? 何を言ってんだ、誰だか知らねぇが俺の熱愛を邪魔する奴は生かしては半殺しにしてやるからな、おぉ?」

 キリリとした目でじろりと睨まれると、野次馬たちはそれこそ蛇に睨まれた蛙のように、完全に岩になってしまった。

「ハルヒ! ホームルーム終わったら一階の像の前にいろ!」

 大声で叫ぶと同時にチャイムが鳴る。

 キングは普段使ってはいけない非常階段でへと姿を消し、残った私たち一年は全員遅刻となった。




 ――ハァッ……。

 ホームルームが終わればすぐに像へと向かうつもりでいたが、二組担任の熊みたいな先生に呼び止められ、随分遅れてしまった。

 ――冬馬とは絶対に関わるな。たとえどんな理由があったとしても、だ。

 彼は教師からも相当悪くみられているらしく、絶対に、とまで念を押された。はぁ……と曖昧な回答をしたが、もしかかわっていることが見られたら何と言われることか。もちろん、替え玉として付き合っていることは言っていない。

「おい」

「……ほ、ほわえっ?!」

 と、ドンと顔が誰かの胸に正面かぶつかったと思えば、それは不機嫌そうに顔をしかめているキングだった。

「あ、ごめんなさい、ちょっとそのなんか先生に怒られて……」

「分かった。今日の休み時間のことだろ。まあ、いつものことだけどよ、そろそろセン公もしびれを切らしたのかもな」

「……線香? 誰か亡くなったの?」

「ちげぇよアホ。セン公は先生のことだよ。ったく、こういう天然なとこが可愛んだよなぁ、ホントに」

「あ、アリガトウゴザイマス……」




 バババババと砂埃を立てて女子の人が走っていく。今日、陸上部はリレーの練習らしい。

「よぉ」

「あ、ハルちゃん! 今日も大変だねぇこんな怖い怖い先輩に連れ回されて」

「おい、川崎かわざき。来んじゃねぇこんにゃろ」

「あ、すんません、キング先輩!」

 川﨑と呼ばれた、関西の漫才師を連想する顔の男が言った。多分私と同じ学年だろう。

「お、ハルちゃん。今日も練習しますか……ん?」

 と、目の前の先輩は何かを気づいたようだった。


「……ちょ、ハルちゃん……整形した?」


「あぁ? 川端、お前ハルヒが整形なんかする必要があると思うか? この可愛さだぞ? 整形なんかせずともアイドルでもなんでも出来るだろうが」

「……ああ、はい、はいはいそうですね」

 と言いつつも、何か不服のようだ。何が不服なのか。整形したという時点でもう分かってる。

 ――ヤバい!

「ハルちゃん、こっち来て」

 先輩に連れられ、私はトラックの内側、高跳びのマットへ向かう。

「……キング、見てないよね」

「はい」

 実際確認はしていないが、まあこう言っておけばいいだろう。ここから、どうする。どう切り抜ける。


「……あのさ。単刀直入に聞くけど、あんたハルちゃんじゃないでしょ」


「……ええ……そうですかね?」

 我ながら答えになっていない答え。

「似てるけど、顔が違う。何でキングが気付かないのか不思議だけど。あんた、ねぇ。なんか事情でもあるの? ハルちゃんはどうしてるわけ? さぁ、答えて」

 この人の釣り上がった目は真剣だった。

 なぜか、私の心は「この人は信頼していい」と言っている。

「……あのさ、私は信頼していいから。誰にも言わない。私は嘘はつかない。この目を見て」

 言われなくともとっくに見ている。

「はぁ……」

 私は、観念した。

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替え玉にも、愛を注いでいいんですか? DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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