#27 Growth

 サニーと出会ったのは、彼がちょうど釣りからこの街の小さな漁港へ戻ってきた時のことだった。

 彼は散歩中の僕とレイネを見るやいなや「久しぶり」と言ってにこやかに挨拶をした。

 僕と年が変わらないサニーに向かってこんな感想を抱くのはなんだけど、しばらく見ないうちに、彼は見違える程に大人らしくなっていた。心なしか背も伸びたような気がする。

 今思えば、双子の弟として生まれたというだけで、僕達は彼を執拗に可愛がってきた。もし僕がサニーの立場だったら「子供扱いするな」とみんなに反発したかもしれない。

 

 「今日は何が釣れたんだ?」

 

 サニーに訊いた。

 

「色々沢山だよ」

 

「抽象的すぎるなぁ」

 

「さかな」

 

「あれ? そういやシャンクさんは今日いないのか?」

 

「家で寝てる」

 

「たべたい」

 

「寝てる? あー、本当にあの人は怠惰だね」

 

「そのお陰で、僕はようやく独り立ちできそうだよ。今まで泣きべそかいてばっかだったから、背筋伸ばさなくちゃ」

 

 彼は言った。言った通り背筋を伸ばして凛と。

 

「お前、やっぱり変わったよ」

 

「さかなたべたい」

 

 僕らの会話に混じってレイネがしきりにそう言うので、今日の晩ご飯は焼き魚に決めた。

 サニーは午後からも仕事で忙しいので、彼とはその場で別れた。

 

「サニーの成長っぷりにはびっくりだよ」

 

「せいちょう」

 

「レイネ、僕は今まで、ルーンプレナが当たり前にあって、そこに住む人々が当たり前にいて、その中で暮らすのが当たり前だって、心のどっかでそう自分に言い聞かせて安心しようとしていたんだ。でもやっぱりそれは違っていて。人とはいずれ別れが来るし、別れなくても一人一人は変わり続けていく。サニーを見て、それが現実なんだって思った」

 

「せいちょうはつらいこと?」

 

「成長はとってもいいことさ。でも、少しだけ切ない。今の君を見てもそう」

 

「せつない」

 

 歩きながらこうやって話すと、自分の気持ちを整理できる気がして好きだ。昔から僕は思い悩む性格だったから尚更だ。

 

「フィリオ! 会いたかった!」

 

 大浴場の前辺りを通り過ぎた時、突然野太い声がどこからともなく聞こえた。

 

「ん?」

 

 はっとなって後ろを振り返ると、タウルさんが驚いたような喜んだような絶妙な顔をして立っていた。

 

「タウルさん! お久しぶりです!」

 

 タウルさんは、人を包み込むような包容力がある。物理的にもそうだけど、彼は人の心を癒してくれる、そんな気がする。

 それにしても驚いた。大体一年くらいの期間が空いたから、まずはお互いの近況を報告しあった。流石にレイネが月の人間だったなんて言えないけど、レイネともうすぐ別れなくちゃいけないことを話した。

 タウルさんも色々なことを話してくれた。自分の背丈よりも大きい動物に遭遇してなんとか仕留めた話なんかは、彼の話のうまさも相まって、思わず身震いするほどだった。

 会話の熱気も冷めた頃、今日食べる晩ご飯の話題になった。

 

「晩ご飯は焼き魚にする予定です。レイネが食べたがってるので」

 

「焼き魚か……そりゃいい。俺はまだ決まってなくてな。そこで提案なんだが、今日お前の家で一緒に夕飯食べないか? 俺は料理が大得意だって何度も言っただろう。まだふるまったことがなかったから、いい機会だと思うんだが……」


 それめっちゃいい提案! と思った。僕らは迷わず賛成した。そんな訳で、タウルさんを初めて家に入れることになった。

 いつものお店で材料を買った。タウルさんはきっと沢山食べるだろうなとか、この魚はサニーが獲ってきたんだろうなとか思いながら、みんなで料理をするというごく小さなイベントにワクワクしていた。

 まさに巨人と言った所だろう。タウルさんはドアを開け、かがんで中に入った。彼の握ったドアノブは小さく見えた。もし誰かが「ドアを開ける瞬間の絵を描こう」と思って、彼の手とドアノブのようなバランスで構図を決めたら、僕は「縮尺がおかしい」と文句をつけてしまうかもしれない。それくらい、この図には現実味が無い。

 不思議な彼だが、料理の腕は一流だと自負している。階段を上がる彼の足元から響くギシギシという木の悲鳴を聞きながら二階に上がり、唸る腹の虫を抑えながら僕らはキッチンについた。

 

「んー。やっぱりこの包丁は俺には小さすぎるな。すまんが、この野菜は二人に任せる」


 家で唯一の包丁は、彼には扱えなかったようだ。流石。

 

「レイネ、包丁で野菜を切る簡単な仕事なんだけど、やってみるか?」


「やってみたい」


 思い切った提案だと感じてはいるけど、過保護すぎるのはよくない。どうせ別れるなら、少しでも成長したレイネと別れたいんだ。


「その様子だと、レイネは包丁使ったことないってことだな。それじゃ、基本のアドバイスなんだが、利き手で包丁を持って、逆の手は丸める」


 タウルさんがやって見せながら説明を始めた。


「丸めた手で野菜を抑えながら、真っ直ぐ切る。切り方にもよるが、今日の所は、今言ったことをやれば問題ない」


「やってみる」


「レイネ、やる前に僕からもアドバイス。その野菜は柔らかいから、あんまり力を込めて押す必要はない。すっと刃を動かすんだ」


「わかった」


 ストン、ストンと、丁寧に野菜を切っていくレイネ。成長、それはいいこと。だけど、どんどんやれる事が増えていくにつれて、見守る側はどことなく、切なさを覚える。

 僕の肩くらいにあったレイネの頭は、今や僕の顎くらいにまで迫ってきている。

 別れというのは、そういう事なのかもしれない。

 レイネが月に帰るまで、後三日。

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